幽霊の心髄は大声なのか?

あばら🦴

幽霊の心髄は大声なのか?

 ある夏の日、幽霊が出ると噂の某心霊スポットに男性二人組が入ってきた。そのうちの一人が懐中電灯で前方を照らし、闇に覆われた墓地においてかりそめの安心感が生まれていた。


「なぁーんもいないんじゃねーの?」と後ろにいる男が言う。

「みんなビビりやがって。なにが怖いってんだよ」と懐中電灯を持って前を歩く男が返す。


 すると、どこからともなく声が聞こえる。しかも段々と近づいてくる。懐中電灯を持つ方の男が声の方へ光を向けると、光はその男たちに走ってくる謎の人物をあらわにした。


「うおああああああああああ!!!」


 突然現れて大声をあげながら走ってくる謎の人物に男たちは度肝を抜かれた。顔が恐怖に歪む。


「ぎゃあああああ!」

「うわあああああ!」


 情けない声で逃げ出す二人を謎の人物は追いかけ回す。


「うおおおおおおおおおおおお!!! ううううおおおおおおおおおお!!!」


「助けてえええええ!」


 ついに二人組は墓地から出たようだ。

 彼らの後ろ姿を見て幽霊は得意げに鼻を鳴らす。


「ふん、雑魚が……」



 ──────



 墓場の影で先輩の女幽霊に後輩の男幽霊は怒られていた。


「なんで怒られてるか、分かる?」

「分かりません……」

「見てたよ? あの驚かせ方。なにあれ」

「でも、結果追い返せたので……」

「いや声だけじゃん。大声出して走ってただけじゃん。そんな芸の無い……」

「で、ですが、何回も言いますけど、追い返せたからそれでいいんじゃないですか?」

「本当に言ってるの? あなたね、ただの不審者だと思われてるわよ」

「嘘っ!?」


 女幽霊のその一言は相当ショックだったようで、男幽霊は見るからに落ち込んでいる。


「お、おれ、ただの不審者……?」

「そう。今頃警察に通報してるんじゃないかしら? 不審者情報、としてね」

「そんなぁ! おれどうしたらいいんでしょうか!?」


 頼られた女幽霊はニッと微笑んだ。


「まぁ見てなさい。幽霊とはどういうものか、教えてあげる」



 ──────



 墓地に今度は女性二人組が現れた。二人ともが懐中電灯を持ち、ガクガクと足を震わせながら歩いている。


「こ、怖いね。結構……」

「肝試しに来ようって言うんじゃなかった……」

「まあまあ、いい思い出になるしね」


 その話をしている最中、二人の後ろから忍び寄る影があった。だが彼女らは気付かない。ついに真後ろに陣取った影は二人組の肩に手を置いた。


「えっ!?」


 反射的に二人が振り返ると、そこには見知らぬ女性の霊の顔。その幽霊は叫んだ。


「わああああああああああっ!!!」


「きゃあああああ!」

「きゃあああああ!」


 生きた心地がしないほど驚いた彼女らは我を忘れて一目散に墓地から出ていった。



 ──────



「声じゃないですか! 結局最後は大声じゃないですか! あれだけ大層なことを言っておいて!」

「違うから! あれは計算され尽くした大声なの!」

「計算してもどうせ大声なら、何も考えないで大声出しながら走ってった方がいいんじゃないですか!?」

「だから! あの状況の大声は効果てきめんなの! 雑にやっただけのあんたとは違う!」


 言い合いをしてゼェゼェと肩で息をする二人は、次の墓地への来訪者の出現で一旦落ち着いた。


「おれ行ってきます」

「いいけど、声だけなのはやめなさいよ」

「分かりました、分かりましたよ。先輩とは違って大声なんかに頼りません」

「ちっ。生意気な……!」



 ──────



 懐中電灯で前方を照らしながらカップルが墓地を歩いていた。男女は肩を寄せ合い密着し、恐怖なんてむしろ愛の糧だと言わんばかりにイチャついている。


「ねぇタクヤ、こわ〜い!」

「大丈夫だよヒナ。俺が守ってやる」

「や〜ん!」


 すると彼らの後ろから、ピト、ピト、と近づく足音がした。その足音は二人のすぐ後ろまで近づく。

 しかしカップルは会話に熱中していて気付かない。

 しばらくして足音は止んだ。すると今度は墓の後ろから顔を出し、カップルの方を恨めしそうにじっと見ている男の幽霊が現れた。

 しかしカップルは会話に熱中していて気づかない。

 男の幽霊がカップルの女の方の耳に不気味な笑い声を響かせる。

 しかしカップルは会話に熱中していて気付かない。


「うおおおあああああああああ!!!」


 男の幽霊は二人の前に躍り出て叫んだ。カップルは恐怖に顔が引き攣る。


「うわああああ!」

「きゃあああああ!」


 逃げ出すカップル。


「うらあああああああああああ!!!」


 追いかける幽霊。

 その追いかけっこはカップルが墓地を出るまで続いた。



 ──────



 大声に頼らないという宣言を破ったことで落ち込んでいた男幽霊だったが、何故か彼より女幽霊の方が落ち込んでいた。


「どうしたんですか?」

「気付いてしまったの。さっきのを見て……」

「はい?」

「結局、私たちには大声しかない! 凝った演出とか、怖がらせる工夫とか、怖い見た目とか、そんなものより大声じゃないの!」

「はぁ……。確かにさっきはそうでしたけどでも特殊例かと───」

「考えてもみなさい!」と女幽霊が話を遮った。「あなた、包丁持った方がもっと怖いわよ」

「……ッ!」


 男幽霊も事の重大さに気づいてしまった。彼の顔が強ばる。女幽霊が畳み掛けに入った。


「分かる!? 包丁持って大声で走る、これが怖がらせる最適解なのよ! 確かに私たち幽霊がやることも生きた人間を怖がらせると思うわ。でもね───」

「やめてください! 聞きたくありません!」と男幽霊が抵抗するように両手で耳を塞いだが女幽霊も続けた。

「結局、幽霊とか関係ない大声なのよ……!」


 塞ぎ込む二人。墓地に沈黙が支配する。

 だがそんな時、男幽霊が話した。


「だったらですよ、大声路線で行きましょう」

「え?」

「大声が一番なら大声で勝負するんです。ノドを強くして、肺を大きくして、腹筋を硬くしましょう」

「でも……」

「おれたちの使命は人を驚かせること。方法はこだわらないでいきましょうよ。それが一番です」


 男幽霊はニカッと笑った。



 ──────



 墓地に一人やってきた。懐中電灯を照らして歩くのは中年の男性。何やら真剣な面持ちだった。

 その男に男幽霊と女幽霊は一緒に近づいた。

 そして男の前に立つと叫ぶ。


「うおおおおおおおおおおお!!!」

「わあああああああああああ!!!」


 幽霊の合わせ技に中年の男は怯む。しかし脚で踏ん張ると、その幽霊共をカッと睨んだ。


アアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァッッッ!!!!!」


 二人合わさった声でも勝てない声量、まるで突風のような叫び声に幽霊二人は震え上がった。


「ひえええぇぇ!」

「助けてぇぇぇ!」


 ピューッと逃げていく男幽霊と女幽霊。中年の後ろから若い男が近づく。


「さすがです! 師匠!」

「ひとつ聞いていいか?」と師匠と呼ばれた男は言う。

「はい?」

「……除霊師の心髄は大声なのか?」


 大声でした。


【完】

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