暴竜の妻になったので、ケンカの腕を活かしています

仲仁へび(旧:離久)

暴竜の妻になったので、ケンカの腕を活かしています



 目の前には、凶暴な竜。


 体長何十メートルもの生物がいる。


 そんな巨大生物は、現在めちゃくちゃ暴れてて、その暴れようと同じように、周辺の地形をめちゃくちゃにしている。


 近くにあった村や町は、とっくにぺしゃんこだ。


「めちゃくちゃにやってくれたな。どこかの竜め!」


 幸いにも人死には出ていないが、このまま野放しにしていると、被害者が出るのは時間の問題。


 だから、妻となる私がとめてやらなければならない。


 お前が妻なのかって?


 ああ、そうだぞ。


 私は今日から、この竜の妻になる人間だ。


 驚くことにな。


 婚約が決まった時はさすがに、ケンカで数多の修羅場をくぐってきている私でも驚いた。


 けれど、どんと来いだ。


 普通の旦那なんてつまらないし。


 お淑やかに静かに旦那の後ろをついてまわるより、何かをどついたり殴ったりしている方が楽しいに決まっているしな。


「グオオオオオオ」


 おたけびをあげて、全く静かになる気配のない竜を見た私は、深く息を吸い込んだ。


 そして、


「近所迷惑だから、やめなさいとさっきから言ってだろ! このバカ旦那!」


 そう怒鳴って、暴竜を蹴っ飛ばした。







 私の始まりは、一週間前。


 十七歳になった私は、とうとつに婚約が決まった。


 さっきまで吹き荒れていた嵐が脈絡もなくすっぱり消え去った、そんな感じに。


 だって、うちの両親は私の婚約をとっくの昔に諦めていると思ったんだ。


 貴族令嬢とは名ばかりの、娘だったからな。


「よかったじゃないか、これで他の家の者たちに馬鹿にされずにすむ」

「子供はあなたしかいないから、家の存続が心配だったのよね」


 というのが、両親の言葉。


 子供の心配とか幸福はどうでもよくて、家の事しか考えていないのは、嘆くのを忘れて呆れるくらいだ。


 まあ、前からそういう情なんてものはなかったから、今さら衝撃を受けたりはしなかったが。








 彼等の話を適当に聞き流した後は、私と婚約したいなどと言い出す物好きの事が気になった。


 自分で言う事ではないが私は、良い所のお嬢様という身分が台無しになるくらい、ケンカが好きだからな。


 そんな奴と結婚したいと思うなんて、どんなやつかと思った。


 それで、夫となった者の事を調べていったのだが。


「竜になる、だと?」


 出てきたのは、予想外の情報だった。


 旦那が竜。


 前代未聞。


 他にそんな例は聞いた事がないというか、普通に人間が竜になるなんて話、聞いた事がない。


 夫となる人物は、私達と同じ貴族らしい。


 だが、呪われていて感情が高ぶると竜になるらしい。


 子供の頃、邪神が封印されていた祠に近づいて、その一部っぽい物を壊してしまった事が原因だそうだ。


 私とは別の意味で有名人らしく、周りの人間からは、腫れ物にさわるような扱いを受けているとか。


 その話を聞いた私は、「なんて可哀想なんだ」と思う事はなく。


「面白いじゃないか、よし妻になってやろう!」


 と思って、意気揚々と嫁入りの支度を行ったのだった。







 そして、約束の日が来たため、使用人や荷物とかを乗せて、馬車を走らせた。


 けれど、あと小一時間ほどで、夫の家につくとなった頃合いにーー


 例の場面に遭遇したわけだ。


 さっそく拳を握って、近隣住民のために暴れている竜をぼこった私は、ぼろぼろになった夫が人間に戻っていくのを確認。


 肩にかついで馬車に放り込み、嫁入り先へ一緒に運んでいく事に。


 途中、竜を捜索していた兵士と遭遇し、事情を説明。


 半時後、夫の家に到着して、使用人たちや、夫の母君や父君に大層驚かれてしまった。


 その時、なんで竜になったんだと聞けば、「妻ができるという人生の一大事で緊張し、気が高ぶったため」らしい。


 なるほど、普通なら緊張する場面だったな。 







 そんな夫は、私と婚約する事で自分の弱点を克服しようと思っていたらしい。


 竜になった時は、他の人に危害を向けないように、自分を倒してほしいとお願いしてきた。


 優しい人間だ。


 好感度が上がった。


 しかも、良い人間なのだろう。


 今まで彼が暴れた回数はたった二度しかないと聞く。


 高感度はもう漠上がりだ。


 だから、目覚めた夫のそんな言葉に、私はなるほどと頷く。


 そして、つまりこの結婚は、異性としてではなく修行のパートナーとして、一緒にいてほしいという事だったのかと納得した。


「ならば、分かった。お前が竜になった時は容赦なくぼこぼこにしてやるから安心するといい」


 特に反対する理由はなかったので、私はそう言って旦那の頼みを引き受けた。


 好きなだけ夫を、じゃなくて竜を殴れるなんてすばらしい事じゃないか。


 ちょど人間相手のケンカに飽き飽きしてきていたところだからな。


 しかし実行する前に一つだけ確認しておかなければならない事がある。


「竜って殴っても、罪にならないよな」

「えっ、ならない。と思いますよ?」


 驚く旦那はそう述べた。


 それならばいい。


 いくら人の頼みをこなすといっても、罪を犯すのでは寝覚めが悪いからな。


 罪を犯す覚悟で人を殴る時は、誰かを守る時か、自分の譲れない物を守る時のみだ。


 今まで私はそうしてきた。


 ところかまわず暴れる狂犬だなんて世間では噂されているが、それは大いなる間違いだ。


 両親は、それをそのまま鵜呑みにしていたらしいがな。






 そういった成り行きで、旦那の竜化克服訓練が始まった。


 今まで竜になった旦那を止めるには、兵士が何百人と必要だったらしいが、私なら一人ですむ。


 それを活かさない手はないだろう。


 眠っていないかぎりは、竜化してもうまく対処できるからな、私なら。


「じゃあ、まずは何をするんだ。竜の旦那」

「りゅ、竜の旦那? えっと、とりあえずとっさの時に動揺しないように色々な場面を経験してみたいなと」

「なるほど。つまりいきなり野盗に襲われたり、強盗に出くわしたりしなければならないんだな」

「えっ、そんな事あったんですか! しかも無事だったんですか!?」


 驚く旦那に「何を今さら」と笑いかける。


 私は竜をも倒す人間なのだから、ただの野盗や強盗に負けるはずがないだろうに。







 話の流れにそって私達は移動。


 近隣を騒がせている賊のアジトへ乗り込んだ。


 深い山の中。


 人工的に作られた洞窟のなかには、三十人ほどの荒れくれ者達が隠れていた。


 さっそく、下卑た笑い声を上げながら戦利品を品定めしている連中の前に出ていく。


「なっ、なんだ? 俺達のアジトに何の用だってんだ!」

「お前達をぼこりにきた! 覚悟しろ!」


 目が合ったなら、交戦の合図だ。


 こういう連中に手加減は要らない。


 目に付いたはしから、賊達を殴りつけていった。


 一人一秒で、だいたい三十秒くらいだったな。


 あっけない。


 しかし、結局は自分一人で楽しんでしまったんだよな。


「あのー、だっ。大丈夫ですかぁ?」

「うむ。すまんな竜の旦那。私一人で全部かたづけてしまった」

「いえ、まあ。いいんですけど。あまり女性の方が危ない目に遭うのはちょっと」

「何だ? 何が言いたいんだ。言いたい事があるならはっきり言うといい」

「つっ、次は最初に僕が頑張ってみますのでっ、さっ下がっていただけると嬉しいなーと」

「なるほど、これじゃ特訓にならないからな。分かった。次があったらそうしよう」






 その次は体にひもを括り付けて、恐怖落下体験をしてみた。


 深い谷底に向かって、かなりの勢いをつけて真っ逆さまに落ちていくのは、なかなかスリルがあって楽しかった。


 今までにやった事のない新鮮な体験だったな。


 そんな私とは違い旦那は、恐怖を感じたらしいが。


「うわああああああーっ」


 最初こそ悲鳴がきこえたものの、途中からぷつりと声がとぎれてしまった。


 動く様子のない旦那が、ひもに繋がれたままぶらぶら。


「おーい。大丈夫か?」

「(無言)ーー」

「気絶してしまったか。これじゃ訓練にならないな」


 動揺しないようにするには、目が覚めている状況で、突発的な状況に慣れていかなければならない。


 気絶で意識がなくなってしまっては意味がないだろう。


 すこし、この特訓は早かったのかもしれない。


「もっと、やさしい特訓方法にしてみるか」


 旦那を手早く引き上げながら、次の事を考えるのだった。


 






 それで、思いついたのがお化けだった。


 お化けに仮装して、眠っている旦那の元へ向かい、唐突に脅かす。


 これなら、適度に驚きつつも、気絶するほどの恐怖は感じないと思ったのだが。


「まっくろお化けだぞ! どうだ怖いだろう!」

「えっと、よくできてますね! 自分で作ったんですか?」

「なぜだ!」


 なぜかお化けには耐性があったようだった。


 旦那は平然とした顔で、私が作ったお化けの仮装を、褒めていた。


 一人で過ごす事が多かった旦那は、本などをよく読んでいたらしい。


 そのジャンルがホラーものだったそうだ。


 これはとんだ誤算だった。







 それからも色々やってみたが、全て思ったような効果は得られなかった。


 きっと考える頭がまずいのだ。


 私はケンカばっかりだったし、旦那は人生経験が乏しい。


 こういうのに、向いていないのだろう。


 今度はもっと、頭のいい人に話しをしたり、相談をしてみよう。


 七回目の訓練が不発に終わったあと、とぼとぼとした足取りで帰る私達。


 まったく進捗は思わしくない。


 出会ってから大して進んでいないのが心に堪えた。







 夕食が近いためか、二人そろってお腹がぐーきゅるると鳴いている。


 なぜだかむしょうに、なさけなくなった。


 私は昔からそうだ。


 頭を使おうとすると、とんでもなく不器用になって、色々な事がうまくいかなくなる。


 他のやつらのようにやろうと思う事は今までに何度かあったが、どう頑張っても、うまくできないのだ。


「すまんな竜の旦那。お前の力になってやれなくて、世間一般の定義とは違う関係だが、旦那を支えるのが妻の役目だというのに」


 だから、自然とそんな弱音が口から洩れた。


 その言葉を聞いた旦那は苦笑する。


「いえ、そんな事は。一緒に頑張ってくれる人がいるだけで、嬉しいです。今までは竜化しても、それを簡単に戻す事が出来なかったので、どこか窮屈な日々を送っていました。でもあなたと出会ってから、毎日が見違えるほど自由で、楽しいんです」


 演技ではないだろう。


 旦那は本当にうれしそうに笑った。


「そうか。私はお前の力になれているか?」

「はい、もちろんです。あなたが妻としてこちらに来てくれてよかったです」


 その言葉に少しだけ胸が軽くなった気がした。


「そうか。私もお前が旦那で良かったと思うよ」


 だから、そう本心から思って、笑いかけたのだが。


 なぜか旦那が顔を赤くして、硬直した。


 そして、次の瞬間には竜になって、暴れ始める。


 一体旦那は、何に驚いたというのだろうか。


 どこにもそんな要素はなかっただろうに。


 よく分からないが、私は肩をすくめてやれやれと口にする。


「もう少し、つきあうか。お前のような危なっかしい奴、私以外の誰かが制御できるとは思えんしな」


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