第2話

 始業式の日、デジタルイラスト研究会で集まった後は優香と一緒に帰った。

 久々の学校で疲れたし、僕の家で勉強するのはいいでしょ、と言ったが優香は「行きます」との事だった。予告どおり、優香は一度自分の家に帰ってから、家に来た。

 いつもは勉強道具を入れた、学校と同じカバンを持っているのだが、今日はそれに加えて大きめの紙袋を持ってきていた。そういえば学校から帰る時にも持っていた。新学期で何等か荷物があるのかと思って、気にしていなかったけど。


「その袋はなに?」

「えっと……クラスのお友達が、優香にくれたんですけど……」


 優香が恥ずかしそうに、袋の中を見せてくれた。

 中にあったのは衣服で、折りたたまれているから詳細はわからないが、黒いスカートと白いエプロンのようなものだ。

 この組み合わせで思いつく服は一つだけだ。


「メイド服……?」

「はい……文化祭で使おうと思って準備してたけど、もういらなくなったので」

「ほ、ほう」

「あの、もったいないので、ここで着てもいいですか?」

「いいに決まってるじゃん」


 皆の前で目立たれるのは嫌だが、優香のメイド姿は見たい。そう思っていた僕には最高なことだった。誰かわからないが、優香のクラスの友達には感謝しかない。


「じゃあ、お風呂場のところで着替えてきますね」


 優香はるんるんで風呂場へ向かった。

 恥ずかしい、と言うのかと思ったが、女の子だしいつもと違う服でおしゃれをしたい気持ちはあるのだろう。優香が乗り気なのは、僕にとっても良かった。

 しばらくして、優香が出てきた。


「おかえりなさいませ、ご主人さま~」


 メイド姿の優香が、スカートの両端を持ち上げ、膝を曲げて礼をした。


「おお……」


 実際にメイド姿の優香を目にすると、いつもより可愛さというか、破壊力が段違いだった。小柄な優香がメイドになった姿はどこか背伸びをしているような雰囲気があって、それがまた母性のようなものを刺激した。普通に抱きしめたかったがまずは我慢した。

 優香が着たメイド服は、色合いこそ白エプロンに黒ワンピースのオーソドックスなものだったが、フリルなど細部のデザインはこだわっていて、クオリティが高かった。白いカチューシャまでついているのだ。確かにこれで皆の前に立ったら死人が出るかもしれない。


「似合ってますか?」

「ああ、うん、めっちゃかわいい」

「えへへ~」


 もうかわいいという言葉しか出てこないわけだが、そんな月並みな表現でも優香は喜んだ。

 優香は、ソファの僕の隣に座った。

 そして僕は気付いた。

 優香が座ると、身長差、というか座高差で僕が優香を見下ろす形になる。

 すると僕の視界には、優香の顔と……大きな二つの胸が、目に入った。

 そのメイド服は胸元が大きく開いていて、隠すものがなかったのだ。


「うわ、ちょっとまって」


 思わず、僕は優香から離れた。離れないと理性が飛びそうだったからだ。


「えっ? どうかしましたか?」

「やっぱりそのメイド服はだめ!」

「どうしてですか? こんなにかわいいのに」

「それは普通のメイド服じゃない! えっちなメイド服!」

「えっちなメイド服!?」

「胸が! 胸が丸見えだよそれ!」

「はっ!」


 僕に言われてから、優香は自分の胸元がどうなっているか確認したようだ。


「優香は別に、航さんにならこれくらいは見られても……」

「だめ! 僕がだめ! 我慢できないから!」

「が、我慢ってなんですか? 優香に我慢なんかしなくていいですよ?」

「とにかくだめ!」

「はう~」


 優香は慌てて風呂場へ戻っていった。

 海で水着姿を見たりもしたが、あれは海水浴で皆のテンションが高まっていた時だし、何より二人しかいない自宅でそういうことをされるとやばい。普通の服装でも、近くにいるだけでたまに理性崩壊スイッチ入りそうになるのに。

 しばらくして、最初に着ていたTシャツ姿に戻ってきた。


「ごめんなさい。サイズが合ってなかったんでしょうか。優香、小さいので」

「いや多分狙ってああいうデザインなんだと思うけど……普通のメイド服はあんなに胸元出さないと思うよ、家事で汚れるのに出す必要ないもん」

「そうですよね……ああいうデザインのメイド服もあるんですね。知らなかったです」


 優香にメイド服を準備してくれた友人のことを、僕は最初神だと思っていたが、あんなもので文化祭に優香を出そうとしていたなんて、むしろ悪魔だと呪った。


* * *


 この日は、学校で配られた最新の予定表を見て、優香が赤点を取らないための勉強スケジュールを考えるなどして、優香との会話は進めた。

 今の優香は、勉強を全部投げ出したりしなければ赤点は取らないと思うのだが、それでもまだ優香が不安がっているから、計画だけはしっかりしなければと思っていた。

 一通り勉強の話をしたあと、学校での話題になった。


「麻里ちゃん、もう佐藤くんと仲直りしてたんですね」

「うん。僕もびっくりした。けっこう深刻な別れ方だったというか、もう終わったと思ってたけど。まあ僕は佐藤くんのこと気に入ってるから、本人が幸せならそれでいいよ」

「……」


 優香は、なぜか浮かない顔をしていた。

村上さんがどんな経緯で佐藤くんのことを許したのか、ちょっと気になるところはあったが、基本的にはハッピーエンドの話だ。なにか、不安なところがあるのだろうか。


「どうしたの?」

「あの……麻里ちゃんが今日、言ってましたよね。付き合ってたら喧嘩くらいするって」

「そうだね」

「優香と航さん、まともに喧嘩したことないです」

「うん。えっ、いいことじゃないの、それって」

「そ、それはそうですけど……」


 僕も優香も、自分から喧嘩を売るタイプではないから、小さな諍いすらほとんど発生しない。僕は、それはしょっちゅう喧嘩をするよりいいことだと思っていたのだけど。


「うーん。喧嘩って、やろうと思ってやる事じゃないからなあ。中にはそういう人もいるけど……優香は僕に不満なところとか、ないの?」

「えっ、ないです、こうしていつもお勉強を教えてくれてますし、それにこんな小さくて頼りない優香と付き合ってくれているので」

「うん。僕も優香に不満なところなんてないんだよね。喧嘩のしようがないな」

「そう、ですね」


 優香はまだなにか言いたそうだったが、この日はこれで、会話が終わった。

 でも僕は、あとで知ることになる。

 本当に不満だと思っていることは、面と向かって相手に言う事自体、とても難しいのだと。

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お隣のちいさな女の子に勉強を教えていたら、お礼にご飯を作ってくれるようになった。ただそれだけの話。 瀬々良木 清 @seseragipure

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