よっつめのお話
君が人を埋めたいと言ったので、僕は人を殺すことにした。
決意したはよかったものの、実行するとその罪深さに後悔した。
殺した手ごたえが僕を苛む。車のトランクから、今にも怨嗟の声が聞こえてくるのではないかという妄想が離れない。
きっともう警察は彼女を探している。僕の車のトランクにいる彼女を。
それでも、埋めなくては。君の計画通りの場所に。
計画通りの時間に山にたどり着く。この道なら検問はないと予想していたのは正解だったみたいだ。
ひたすら穴を掘る。スコップで掘る。邪魔な木の根をノコギリで切る。
幾度か繰り返している途中、スコップの先に違和感を感じた。ひどく抵抗がないような、虚無があるような。
穴の底にかがみこんでその違和感の正体を探ろうとした刹那、そこから穴はぼろぼろと崩れ、僕は地の底へと落下していった。
落下している途中で想像していたような衝撃は訪れなかった。
地の底は薄暗く、周りの様子がわからない。なぜ自分が生きているのかもわからない。落下時間から考えると、相当な距離を落ちたはずだ。これは夢か、さながら不思議の国のアリスのような……
「夢か。そうであればよかっただろうに」
低い声が響いた。威圧感を感じる、しかしどこか繊細な声だ。
「どれほど願ったことか、これが夢であればと」
今度は女性の声だ。いや、殺したはずの彼女の声だ。
「お前は許されざる罪を犯した」
再び低い声が呼びかける。どこから聞こえているかはわからないが、その声が呼びかけているのは僕であると確信していた。
「待ってくれ、あんたは誰なんだ。ここはどこだ?」
低い声に向かって問いかける。くっく、と微かに笑う声が聞こえた。
「ここは地獄よ、罪人さん」
彼女の声が答えた。
「あなたを捕らえて、罪を贖わせるための牢獄よ」
ばかげている。地獄? 確かに僕は彼女を殺した。だからと言って、この世に存在しないものに捕らわれるはずはない。これは夢、あるいは恐怖が見せた幻覚だ。
混乱から覚めて、怒りがわいてきた。僕をあざ笑っているのか。夢の分際で。
「ばかげている、か。お前は罪を犯しておきながら、贖罪の意識を欠片も持ち合わせておらんようだな」
低い声は冷たく言い捨てた。途端、炎が地面から吹き出し、僕を焼いた。熱い、痛い。しかし、なぜか身体は微動だにせず、その炎を受け止めていた。
「最後にひとつだけ聞かせて」
彼女の声が僕に問いかける。
「どうして私を殺したの?」
僕は完全に炎の中だったが、それに答えないという選択肢はなかった。
「君が人を埋めたいといったから」
蜜を埋める 蜂紫 @spore0814
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