12

「ネルー! あんま遠く行っちゃだめよー!」

 笛野宇佐は、娘にそう声をかけて、木陰で休んでいる旦那の横に腰を降ろした。

「静かね」

「まぁね」

 笛野希美は、本を顔の上に開いて寝ていた。

 その様子のまま相槌を打つ彼に、宇佐は呆れる。

「…………」

 静かに、彼の顔の上の本を閉じる。

「いっっ!」

 驚いた希美が飛び上がっても、彼女はまるで何もしていないかのように、遠くで遊んでいる娘を見ているのだった。

「静かね」

「え? ああ……。――あぁ」

 少し怒ったように宇佐の方向を眺めるが、彼女は全く反応を返さない。

 こういう時になれば、悪戯のことをどれだけ言ってもとぼけた振りを続けることを、希美は知っていた。

 だから、同じ様に希美も、自分の娘である祢琉美を見る。

 祢琉美は、草原にある野草や昆虫に盛んに興味を示し、あちらこちらと走り回っていた。

「……静か、だな」

「ええ」

 風が吹いた。

 宇佐の綺麗な黒髪が、不意に後ろ側に流れる。

 彼女は柔らかく髪を手で押さえるだけで、さして気にも留めていない様子だ。

 そんな自然体な彼女を眺めるのが、彼はとても好きだった。

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走る。その先に何が在ろうと無かろうと。 鵙の頭 @NoZooMe

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