11
桟橋は途中で途切れていて、陸までは続いていないように見えた。
ひた走りすぎて。時間の感覚も忘れるほど走っていて、僕はもう真っ裸だけれど、それが功を奏したように思えた。
跳ぼう。
桟橋と陸の間を、跳んで、あの陸に辿り着こう。
桟橋の端はどんどんと近づいてきていて、僕はそれに合わせて、いや、もう合わせるとかではなく自然に、一息に踏み込んで。
桟橋から陸に向かって、飛び跳ねた。
足場から解放された足が、前と後ろに綺麗に分かれて。
腕は大きく振って、今まで走ってきた勢いを全て預けて。
僕は、空を跳んだ。
でも、あの時みたいに、彼女に手を引かれて飛んだんじゃない。
自分の力で、人間らしく。
僕は空を跳んだ。
陸がぐんぐんと近づいて、やがて僕はそれにぶつかる。
受身は取れたけど勢いが強すぎて、僕はそのままごろごろと転がった。
視界が目まぐるしく回転する。
小石とか、地面とか、そんなものにぶつかりながら、僕は自分の体を転げさせた。
恐らく、全身を打撲した。もう、体もボロボロで、比喩でもなく一歩も動けないかもしれない。
これからどうなるのだろうという恐怖は、一切無かった。
久方振りに見る青空の下、大の字になって寝転んでいる。
とても、晴れやかな気持ちだ。
こちらに駆けよってくる人影が、視界の端に見えたから。
彼女が何か言う前に、僕は大声で言った。
「数寄者だね――君も!」
急いでいた君の足音が一瞬止んで、そして穏やかになって、こちらに近づいてくる。
僕の真横に立って、そして僕を覗き込んだ。
いつ以来か。そんなことを考えるのも意味がないかもしれない。でも、いつ以来か見る君の顔は、とても美しかった。
「心配して、損した気分だ」
少し切なそうに、君は笑う。
彼女の言葉の意味は、よく分からない。
でもただ、もう一度会えたことが嬉しいんだ。
「久しぶり」
「うん」
「君に話したいことがたくさん出来たんだ」
「うん」
「君に聞きたいことがたくさんあるんだ」
「うん、うん」
「君と歩きたい道のことに気付いたんだ」
「……うん」
「…………」
「……うん。分かってるよ。
それは私が、もう既に諦めたことだったから」
君は、僕の隣にしゃがんで、そんな言葉を紡ぐ。
「………………」
「本当に、いいの? 私とともに歩くことが、どういうことなのか」
「何でも、いいんだ。君と歩けるなら、どういうことでも」
僕の言葉に、君は笑った。
しばらく、目を閉じて。
そして開けた頃には、切なさは消えていた。
「ふふ、分かった。
まさか、こんなことになるなんてね」
「予想してなかった?」
彼女は立ち上がる。
「どうだと思う?」
そして、僕に背を向ける。
どうやら彼女の視線の中心には、この陸の奥には、靄に隠れて何かがいるようだった。
「聞いてたでしょう? ユーフテラス」
それに向けて、君は語り掛ける。
「私は、この人と生きます。行きたい方向に生きて、逝きます」
それが何か、僕にはよく分からなかった。
ついぞ死ぬまで、よく分からなかった。
でも、それが一番良かったんだと思う。
だってそれは、彼女を悩ませるものが無くなったってことだから。
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