10

 あれから、もう体感じゃ分からないくらい、僕は走り続けた。

 これが神話か物語なんじゃないかって。アキレスやメロスなんじゃないかって。

 そう思うくらい、僕は走っていた。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 僕の声で、音楽で満たされた空間が、うなりをあげて振動していく。

 空気の振動が共鳴を呼んで、世界自体が変動していく。

 服は関節部分から破けていって、やがて真っ裸になって、何度も気が飛びそうになる。

 でも、それでも前を向いて走る。

 自分の遺伝子に刻まれた、波の様な感情に従って。

 止めれない。

 いや、止まらないんだ。この足はもう。

 人間が人生を生きようとするように、この足はもう止まらない。

 生物が1秒でも長くこの世に居ようとするように。

 走った先に何かあるのはただの結果だけでしかなくて。

 きっと人生の目標は、この波に乗って、自分達もその一員となって。

 世界を、世界の中でうねることだけなんだ。

 でも、僕たちはそこから抜け出して。

 その波の始点で、その波の終点で。

 波を作りだせたら、どれだけ幸せなんだろうと。

 そんなことを、思ったよ。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 いいじゃないか、走るだけで。

 いいじゃないか、生きるだけで。

 それがきっと楽しいのだと、今更になって気づいた。

 もう、意識も途切れ途切れで。

 ただ叫ぶだけ。ただ走るだけの機械のようになって。

 でも、反響している声と刻んでいるリズムが、作り出している音楽だけが、僕を人間だと知らしめて。

 どうしてこんなことをしているのか考えていなくて。

 君のこともぼんやりとしか覚えていなくて。

 もう、そんなことはどうでもいい気がしていて。

 楽しいことを見つけた手前では、そんなことどうでもいい気がしていて。

 ただ、その中でも大事な気がしていて。

 この靄のように、あるのかないのか分からないような君のことを、求めている気はしていて。

 はっきりと覚えているわけではないのだけれど。

 はっきりと思い出せるわけではないのだけれど。

 でも、君のことを綺麗とは。

 君との想い出を美しいとだけは、覚えている。

 そんな。

 そんな僕の目の前に。

 やっと。

 陸が見えたんだ。

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