第2話 四人の危ない女たち

 数分後──


 死んだ男の目がカッと見開く。


「バッカ、お前ふざけんなよ!? 何いきなり人の首ぶっ刺してんだよ!?」


 自分を抱きしめていた女を払いのけ、刺された首を抑えながら男が叫ぶ。


「ごめんなさい、ロイド。信じていた者に裏切られて死ぬ顔というモノを見たくて、つい」

「つい──じゃあねえよ! バカかお前は!? 騎士科筆頭であらせられるアリス様のオツムはどうなってるんですかねえ?」


 男──ロイドは、ぱしんぱしんと女──アリスの頭を強めに叩く。


「痛っ。痛いよ。やめて。キミを殺す事の見返りに、頭を叩く事は入ってないんだから、頭を叩くのは筋違いでしょ?」

「なんだこいつ、頭イカれてんのか?」


 頭を叩かれて憤慨するアリスにロイドは絶句した。


 などと二人が言い合っている間に、いつの間にか噴き出した血でべっとりと汚れていた部屋が跡形もなくキレイになっている。まるで先程の出来事が無かったかのように。


 だがしかし、先程の出来事は間違いなく有った。


 この異常なやり取りを理解する為には、ロイドと呼ばれた男の特異体質について説明が必要だ。


 ロイドは生まれながらにして不死身だった。

 正確には不死身ではないが他に的確な表現がない為、不死身としておく。


 原因は不明で、突然変異としか言いようがない。

 これが物語の中ならば、例えば異世界から転生して神様に不死身のチートを貰っただとか説明できるのだが、ロイドに前世の記憶も神様にチートを貰った記憶も無い。


 ただ、生まれながらにして不死身だったのだ。


 ロイドが自身の不死身を自覚したのは6歳の時。


 入ってはいけないとされる魔物が住まう森に迷い込んだロイドは案の定魔物に出会いあっけなく殺された。それはもうぐちゃぐちゃにされて。


 そしてその数分後、ロイドは生き返った。


 五体満足の状態で、周囲に撒き散らされた臓腑や血はきれいサッパリ消滅した状態で。


 そう──ロイドは不死身と言っても死なないのではなく、死ぬけど生き返る。そういう特性を持っていた。


 ロイドには一度死んで生き返った時、死ぬ前の自分と生き返った自分が生命としての連続性が保たれているのかどうとかという哲学をするつもりはない。


 死んでも生き返る。それがロイドにとっての真実だからだ。夢を見ない睡眠と同じようなものだと認識している。


 最も、死ぬという事は死ぬだけのダメージを負っている訳で、痛いし苦しい。軽々に命を投げ出すつもりはないのだが……。


 ともかく、そんなロイドだったが半年前とある誘拐事件に巻き込まれ、そこで目の前のアリスと知り合った。


 このアリスという少女は騎士科随一の実力者で、眉目秀麗、人当たりも良く、人望厚き将来聖騎士に任命されるのも間違いなしと言われる超々才女である。


 しかしその実態は戦闘狂であり、それもずっと人を殺してみたいという殺人衝動を抑えつけて生きてきたイカれた女であった。


 ここで『死んでも生き返る男』と『殺人衝動を抱えた女』という二人の歯車が噛み合ってしまった。


 ロイドの特性を知ったアリスは当然申し出る。

『ちょっとだけ、殺してみてもいいかな?』と。


 先に触れた通り、生き返ると言っても死ぬ時は痛いし苦しいのだ。

 そんな『先っぽだけ』みたいなノリで可愛く言われても、はいどうぞと殺されてあげる道理はない。


 そこでアリスが出した取引条件が『私のおっぱいを自由にさせてあげる』事だった。


 人の命とおっぱいでは釣り合いが取れていないが、悲しいかなロイドも思春期を迎えたばかりの男の子だったので、騎士科どころか学園全体でも人気のアリスのおっぱいを自由に出来るという権利に抗えなかったのである。


 死ぬのは痛いし苦しいが、死ねばそれで終わりだ。

 痛みや苦しみに持続性はなく、死を迎えれば生き返った時には何も残っていない。


 即死ならいっかな──ロイドにとって自分の命はおっぱいよりも軽かった。


「不意打ちはやめろって前にも言ったよなあ? アリス様は頭に行く栄養が全部こちらに吸われてらっしゃるんでしょうかねえ?」


 腹いせとばかりにロイドはアリスのおっぱいを鷲掴みにする。


「あんっ♡ だから謝ってるじゃない。キミが対抗戦の応援に来てくれないから、ちょっと仕返しがしたかったんだよ」


 乱暴に胸を揉まれてアリスは見悶える。


「ちょっと仕返しで人を殺すんじゃないよ」


 これでおしまいとばかりに、最後にアリスの大きなおっぱいをぺちんと叩く。


「やんっ♡」


 不意打ちで首を刺されて殺された怒りも、柔らかく大きなおっぱいを揉んで可愛い声で喘がれたらどうでもよくなってきた。ロイドはちょろかった。


「ふぅ〜……試合で火照った身体もスッキリしたし、そろそろ行くね? 午後からの準決勝、応援に来てくれると嬉しいな」


 アリスは立ち上がって服の乱れを直す。

 最初に外した胸当てを拾い装着すると、最後に“いきなり首をぶっ刺してくるような本性”を知らなければ思わず惚れてしまいそうな笑顔でのウインクをして部室を出ていった。


 アリスが出ていった後、ロイドはそそくさとドアに向かい、少し開けて外の様子を伺う。

 アリスの背中が廊下の向こうに消えたのを確認すると、ドアを閉め鍵をかける。


 そして、ティッシュ(のようなモノ)を手に取ると、素早くカーテンを閉めた……。


 ※※※※※※


「やあやあ、そこにいるのはロイド君じゃあないかね」

「げっ」


 昼休みも終わり、まあ何となく外の空気でも吸いに行こうかと部室が集まる校舎を出た所でロイドは声をかけられる。


 声のした方に顔だけ向けると白衣を身に纏った低身長のロリがいた。


「ふっ……『げっ』とはご挨拶だね。キミは先輩を何だと思っているのかね?」

「可愛い可愛いロリ枠って所ですかね」

「ははは! わかっているじゃあないか。この歳にしてこの低身長。恐らく胸部もこれ以上成長する見込みはないだろう。うんうん、唯一無二な希少価値があるって話だね」


 どうして俺と気の置けない関係の女はこんなんばっかりなのだろう……と、ロイドは頭を抱えた。


 このロリっ娘の名前はリノ。

 ロイドの1学年上で、魔法科学全般において天才と呼ばれている。

 先のアリスが武における最高峰だとするならば、リノは文における最高峰と言っても過言ではない。

 つけ加えると、アリスは女性としての肉体美の最高峰であり、リノは最底辺だ。本人が語った通り、最底辺だからこその需要は高いのだが。


(スペックだけ見たら高嶺の花なんだけどな)


「……それで、リノ先輩はこんな所で何をしてるんですか? こっちに用なんてないでしょう?」


 リノは研究室の運営者だ。

 研究室とは優秀な生徒にのみ与えられた個別の研究機関のような物で、部活とは違い学園から潤沢な資金が提供され、研究内容は運営者の自由。研究室の所属メンバーも運営者が選定できるという、完全に独立した扱いをされる。


 要するに、部室が集まる校舎に用はないだろうという事だ。


「それはもちろん、キミに会いに来たのさ。嬉しい?」

「嬉しくない」


 思わず本音が漏れる。

 リノがロイドに会いに来たという事は、要件は一つしかないからだ。


「そうか、嬉しくないか。残念だなあ。……ま、それはともかく、コレだよコレ」


 袖にされて一瞬ションボリした仕草を見せたリノだったが、次の瞬間には全く気にしてない素振りで液体の入った瓶を取り出した。


 それを見た瞬間、ロイドが渋い顔をする。


「何ですか、それ」

「よくぞ聞いてくれた。まるで苦虫を噛み潰したような顔をしながらもちゃんと話を聞いてくれるキミの事が好ましいよ。いや、愛していると言っても過言ではない」


 ニコニコと語るリノの言葉にロイドの顔が更に歪む。


 この女の語る“愛”とは、男女のそれではなく愛玩動物に向けるような“愛”にしか聞こえないからだ。


「うーん、人間の顔とはそこまで歪むものなのか。まあいい。コレは名付けて【体内魔力爆発くん】だ」


 名前を聞いただけでロクでもないモノだとわかる。


「コレはね、体内の魔力をボクが開発した特殊な魔素によって連鎖反応を起こし、一時的に爆発的に膨れ上がらせ魔法の威力を数段階は上げる夢のようなシロモノなのさ! はい、どうぞ」


 リノはニコニコしながら【体内魔力爆発くん】をロイドの手にグイグイと押し付ける。


「どうぞじゃないんですよ、リノ先輩」

「あっ、こら、卑怯な」


 両手を高く上げ、受け取らないという断固たる意思を示す。

 しかしリノは諦めず、身体を密着させつつぴょんぴょんとはねてロイドの手に持たせようとする。

 最も、140センチもない身長のリノがいくら飛び跳ねても、170センチのロイドが掲げた手に届く訳もない。


「あっ、そうか」


 何かに気づいたリノがロイドから少し離れる。


「安心したまえ、ロイド君。この【体内魔力爆発くん】はまだ試作段階だ。飲んだら確実に死ぬ!」

「とんでもない劇薬片手にウロウロすんなよ!」


 ちょうど掴みやすい位置にあるリノの頭を鷲掴みにし、ぐりぐりと捻る。


「ふあぁぁあ〜っ!? や、やめたまへよ。乙女がセットした髪型をなんとする!」

「おっと……」


 確かに……そう思ったロイドはリノの頭を掴んでいた手を離す。


「ふぅ。 どうせなら頭ぽんぽんにして欲しいな。なんでもキュンキュンするそうじゃないか」


 リノは訳のわからない事を言いながら手櫛で乱れた頭髪を整える。

 そんなリノの手から【体内魔力爆発くん】をサッと奪い取る。


「おっ、飲んでくれる気になったのかい?」

「ま、そういう契約ですし。今すぐは飲まないけど」


 ここまでの二人のやり取りでわかる通り、リノもまたロイドの不死身特性を知っている。


 このリノという天才少女は、どうやら監視用のクリスタルを内蔵した超小型ゴーレムを学園中に配置するという暴挙を行っており、そのせいで校舎裏の人気のない木陰でアリスに心臓を一突きされて生き返る所を見られたのがキッカケだった。


 もちろん生き返ったロイドがアリスの胸を揉みくちゃにして楽しんでいる所も目撃され、その事を問い詰められた結果、彼女の危険な人体実験にも付き合う契約を結んだ。


 当初、リノは協力の対価としてアリスと同じようにおっぱいを差しだすと胸を張った。

 がしかし、アリスという巨乳の味を知ったロイドにとって、本当に膨らんでるのかも怪しいリノのおっぱいでは格落ち感は否めない。


 おっぱいの大小に貴賤なし。

 小さいなら小さいなりの良さがあるという事に異論はないが、命を賭けて揉むなら揉みごたえのあるおっぱいの方が良い。


 そんな訳で、ロイドが提案したのはお尻だ。

 胸ではなくお尻を触らせて欲しいと言うと、リノはおっぱいを拒否された事には不満そうだったが、お尻を自由に触られる事を許諾した。


「えぇ? なんで今じゃダメなんだい? 実験結果鮮度が命なんだよ。良いじゃないか、今でも。ほら、お尻触っていいよ?」


 リノはロイドに背中を向けると軽く前かがみになって小さいお尻をつき出してくる。


「先輩の薬は変な効果が出て死ぬまでのラグがあるから、飲むのも気合がいるんですよ。はい、こんな場所でお尻を突き出さない!」


 スパーン! と、リノのお尻をひっぱたく。


「あいったぁ!?」


 お尻を叩かれたリノがその場で飛び上がり、お尻を両手で揉んで痛みを紛らわせながらジト目でロイドを睨む。心なしか頬が赤い。


「ス、スパンキングとは……癖になったらどうするんだ?」


 ダメだこの天才少女、イカれてやがる。


 ロイドはもうリノの事は放って置くことにした。


「楓ちゃん」


 ロイドとリノしかいない空間で、第三者の名前を呼ぶ。


 しゅたっ──


「主殿。ここに」


 誰もいなかったロイドの斜め後ろに、風のように小柄な少女が片膝をついて姿を現す。


 彼女の名前は楓。

 遠い異国からの移住者で『ニンジャ』と呼ばれる隠密の一族出身の女の子である。


 歳はロイドの2つ下で、リノ同様小柄で胸も小さい。


 しかしその外見とは裏腹に、一族の至宝との呼び声高き天才少女だ。

 そんな天賦の才を生まれ持っだ彼女は幼い頃から徹底した暗殺術を叩き込まれ、若年ながら既に一族内でも敵うものがいないレベルで強い。


 面と向かって開始の勝負でならアリスに軍配が上がるかもしれないが、日常における何でもありの戦闘だった場合、楓の独壇場となる。


 そんな彼女はロイドの専属護衛だ。

 ロイドの実家は結構な名家なのである。


「これ、預かっといてくれる? クソ危ないモンみたいだから、厳重に」

「はっ! 畏まりました……!」


 ロイドから瓶を受け取り、左右から重ね合わせただけの上衣の胸元を少し引っ張り隙間を空けると、そこにポイッと放り込む。


 楓の一族に伝わる空間収納術の亜種だ。


 本来、空間収納に関する魔法技術は広く一般に知られているものだと、魔力維持のクリスタルを内蔵した箱と魔法陣に魔力を注ぎ、その中に異空間を生成して保存するものである。

 クリスタルの大きさと純度(備蓄される魔力量に比例する)と、箱自体の大きさ(箱の中に入らない大きさのものは収納できない)に依るのだが、楓たちの一族は特殊な方法を確立し、今のように服の隙間なんかにいくつもの空間収納術を展開させているようだ。


「やあ、楓君。同じロリっ娘枠として、キミからもロイド君にもっと優しさをもって接するように頼んでくれないかい?」


 リノが気安く楓に声をかける。


「……楓はロリっ娘枠ではありません。これからまだまだ成長します」

「そうかな? 確か楓君は13歳だったよね? まあ確かに成長の余地はあるが、現状を鑑みて成長曲線というのが……ひえっ」


 楓がギロリとリノを睨んだ。


 希代の天才暗殺者の殺気の籠もったガチ睨みに、リノも思わず口をつぐんで身震いする。


「……では主殿。楓は護衛に戻ります」

「あ、あぁ……頼むよ。いつもありがとうございます」


 ロイドに労われた楓は「えへへ」と破顔したあと、しゅたっと姿を消す。


 先程のリノへの殺気の籠もった睨みの余波でロイドもタマがヒュンしていたので、ついお礼を言ってしまったのだが、可愛い顔を見れて多少落ち着いた。


「いやはや、楓君には迂闊な事は言えないね。めっちゃ怖かった……少しちびってしまったよ。履き替えてくるとしよう。ではまたな、ロイド君! さっきの薬を飲むときは連絡してくれたまへ!」


(ふぅん……先輩、学園に替えのパンツあるんだ)


 新たに得た叡智な情報にロイドはちょっとドキドキした。


 ※※※※※※※


「うわぁ、凄い人だな」


 学園の中央に位置する第一グラウンドにやって来たロイドは、余りの人の多さに驚く。


 その大勢の人々はもちろんクラス対抗戦の見学者たちだ。

 雛壇上の観覧席が設けられ、さまざまな学科の生徒でひしめき合っている。


 出店も立ち並び、ちょっとした──どころか、立派なお祭り騒ぎだ。


 まだ準決勝は始まっていないようで、出店でも見て回ろうか……と歩き始めたロイドの先に神霊科の救護テントが見えた。


「やべっ」


 救護テントの前に一人の女性が立っているのを確認したロイドは慌てて反転し、逃げるようにその場を離れる。


 ロイドが見つけたのは神霊科のクリスティーナという女性だ。


 まだ学生でありながら既に聖女と呼ばれるシスターで、温和な性格と抜群のスタイルでアリスと並ぶ2大美少女とも言われる存在である。

 クリスとアリスで名前も似ているし。


 彼女の元には日々様々な悩みを抱えた生徒たちが相談にやってくるのはおろか、教師陣にもシンパは多い。

 一説によると、王城の貴族たちを超えて第一王子の相談まで受けているとかなんとか。


 そんな聖女様だったが、ロイドからしてみればアリスやリノを超えるヤベー奴でしかった。


 まず真っ先にヤベーの通称“ロイド様センサー”だろう。


 クリスティーナ──クリスは、およそ半径30m以内にロイドがいると何故か存在を察知してくる。

 意味がわからない。

 お互いに全く視線の通らない別々の部屋にいたとしても“わかる”らしい。


 クリス曰く『愛のなせる技ですわ』との事だが、愛をんだと思っているのかあの聖女様は。


 次にヤベーのは、ロイドの事を──


 くいっ。


 ロイド服の裾が引っ張られた。


「お久しぶりです、ロイド様」


 イヤイヤ振り返った先に、ヤベー奴筆頭のクリスティーナが立っていた。


「お、お久しぶりデス」


 ※※※※※※


「どうぞ、こちらにおかけになって下さいませ」


 救護テント裏にある詰所内の更に奥側にある部屋に通されたロイド。

 仮眠室か何なのかベッドが設置されており、そこへ座るよう促されるので座った。


 内心ではヤベー奴に捕まったと思っているのだが、紛れもなく美人のクリスに誘われてウキウキしている部分もある。


「一月もお会いすることが叶わず、寂しかったですわ」


 学園の敷地は広いので、ただ偶然出会うというのは稀だ。学科が違えば余計に。

 しかもロイドはクリスの所属する神霊科には近寄らないよう意図的に避けていたので尚更だ。


「ですが、今日こうして巡り会えたのもお導きでしょう。ああ、ロイド様に感謝致します」


 クリスは床に膝を付き両手を合わせ祈りを捧げてくるのだが、ロイドは導いてはいないし、むしろ逃げた。


「それで……そのぉ……」


 祈りのポーズは崩さないまま、クリスがチラチラとロイドの顔と手を交互に視る。


(まあ、それが目的だよな……)


 何を求められているのかを察したロイドは、右手をクリスの前に差し出した。


「まぁ……! 奉仕させて頂けるのですね」


 それを見たクリスの顔がパァッと破顔する。

 そして差し出されたロイドの手をやうやうしく両手で包み込むように握り、ちゅっ♡と軽く口づけした。


「あむ……んっ、ちゅるちゅる」


 両手でマッサージするようにロイドの手全体を揉みほぐしながら、躊躇いなく人差し指を口に咥えて吸い、舌で舐めていく。


 およそ聖女とまで呼ばれるようなシスターがする行為ではない。しかし当の本人であるクリスの表情は恍惚としている。


 聖女による手への奉仕は続き、指を一本一本丹念に口に咥えて行く。

 一通り終わったところで洗浄魔法をかけられ、クリスの唾液でベトベトになっていたロイドの指は痕跡もなくキレイになる。


「はふぅ……ありがとうございました」


 良い思いをしたのは完全にロイドのほうなのだが、クリスが頭を下げて礼を述べた。


「……では“復活の御業”を」

「わかってる。奉仕してもらったからな」


 ロイドは腰掛けていたベッドに横になる。


「失礼致します」


 その横にクリスが腰掛け、手のひらをロイドの胸に添えた。そして目を閉じブツブツと小さな声で何か呟く。


 クリスの呟きが一通り終わり一拍あいた次の瞬間、ドンッとロイドの体内に殺意を伴う魔力が送り込まれた。


「うぐっ」


 ただそれだけの事なら本来は防げるのだが、ロイドはそれを無抵抗で受け入れたため、ビクンと身体が跳ねた後、ロイドの意識はそこで途切れた。


 数分後、ロイドが目覚める。


「ふぅ……」


 ベッドから身体を起こす。

 すぐ横にはクリスが頬を赤らめながら同じように座っている。


「あぁ、素晴らしいですロイド様。まさに、まさに神による“復活の御業”でした。ありがとうございます。わたくしの信心はより高まりました」


 ともすれば涙を流して喜びそうな勢いでクリスは嬉しそうに微笑む。


「そりゃ、どうも……」


 この死んでも復活するという特性が神様の仕業なのかどうかはロイドにとってはどうでもいい事だったが、どうやらクリスにとってはそうらしい。


 なんでも聖書に伝わる“始まりの神”は一度死んだ後、復活を果たしたという記述があるらしく、つまりロイドは神であるとクリスは認識しているようだ。


 これがクリスがヤベー奴な理由その2“ロイドを神だと信じている”だ。


 クリスは何かイヤな事があっただとか、納得がいかない事があったりでストレスが溜まると“復活の御業”を見たがる。


 その為には一回死ぬ必要があるのだが、“殺す事”が目的のアリスや、“死ぬような実験”をしたいリノとは違い、“生き返るところ”が見たいクリスの殺し方は優しい。


 さっきロイドの命を奪った魔法は本来であれば致命傷を負った人間を安楽死させる為に開発された魔法だ。


 健常者にはただ魔力をぶつけられた程度の衝撃しかないが、受けた当人が受け入れれば苦しまずに死ねる。そんな魔法である。


 痛くなく、苦しくもなく死ねる──という点で、アリスやリノへな対応と違い、クリスのお願いには甘くなる。


 みんなの憧れである聖女様にされる奉仕行為は魅力的なのだ。


 ただ、近づくと他の全てを差し置いてロイドを神と崇め奉る姿が怖いのでちょっと避けているのであった。


 ちなみに、クリスがロイドの不死身特性の事を知ったのはアリスが話したからである。


 この学園の初等部で出会った二人は、その抜群の見た目と成績から他の生徒より飛び抜けて優秀であり、そのせいで一緒に行動することも多く仲が良くなったらしい。


 アリスの殺人衝動も唯一クリスには悩みとして相談していたそうで、ロイドという存在を見つけ悩みが解消された報告をしたそうだ。


 その結果が今である。


 もちろんアリスには二度と他人に話すなと灸を据えておいた。


「ロイド様。“復活の御業”の件に関わらず、いつでもお会いに来て頂けると嬉しいですわ。他のどんな用事よりもロイド様を最優先致します」


 スッキリした表情のクリスにそう誘われる。


「うーん……まあ、こっちに時間があれば、な」


 クリスのような美人に会えるのはロイドとしても嬉しいのだが、他の人間の目が気になってしまう。

 明らかに他の人間と違う対応をしてくるクリスを見られたら、変なやっかみを向けられても困る。 


 現に、ここに連れてこられる間も行き交う生徒に変な目で見られたのだ。


『なんだアイツ、クリス様と』

『手を握られてる?』

『何か悪い事でもしたんだろ。不審者っぽいし』


 男からの羨望の眼差し自体は気持ちいいが、ロイドはわざわざ目立ちたいわけではないのだ。


 という事もあり快諾しなかったロイドの返事にしょんぼりしたクリスに見送られて、ロイドは救護班の詰所をこそこそと後にした。


 ※※※※※※


 クラス対抗戦の準決勝・決勝を観戦した後、ロイドは部室へ向かう。


 対抗戦自体はやはり予想通りアリスのクラスが優勝した。


 優勝を決めた時、アリスは目ざとく観客席の隅っこにいたロイドを見つけ、軽く手を振ってきたので慌てて隠れた。周囲では『俺に手を降ってくれた?』などと色めきだつ男子もいたが、まず間違いなくロイドに対してだ。


 それはともかく、表彰式まで見るつもりは無いし、今日の用事は全て終わったので帰っても良かったのだが、昼間諸事情で部室の窓を全開にして換気していたのを思い出し閉めに向かっている。


「んっ?」


 部室の鍵を開け中に入ると、ソファの前に座り込む楓の後ろ姿が見えた。


 ドアを開く音やロイドの気配に楓が気づかないとは珍しい。よほど何かに集中しているのだろう。


「楓ちゃん、なにしてるんだ?」


 てくてくと歩いて近づきながら声をかける。


「ひゃあっ!?」


 楓がビクンと身体を跳ねさせたと思った瞬間、ロイドの視界が真っ暗になり、意識が吹き飛んだ。


 数分後。


「あれっ? 俺、今死んでた?」


 生き返ったロイドが身体を起こす。

 ソファに寝かされていたらしい。


 自分が死んだかどうかも理解できていない。何が起こったのか全く知覚できなかった。


 ただ状況的に生き返ったらしき事だけ理解できたのだ。


「申し訳ございませんでした……!」


 ソファの横で楓が土下座待機していた。

 そのまま床に頭を擦りつけた状態で謝罪の言葉を叫んでいる。


「ああ……楓ちゃんに殺されたのか。そうだな……さっきのは確かに俺の不注意だったか。楓ちゃん、顔上げて? 大丈夫。楓ちゃんは悪くないから」


 楓は幼い頃から暗殺術を叩き込まれたせいで、不測の事態が起こると無意識で相手を攻撃してしまう癖が本能に刻み込まれてしまっている。


 だからさっきのはそれを知っていながら不用意に近づいたロイドが悪い。


 実際はもう少し問題の根は深く、そのせいで暗殺者なのにロイドの護衛を任されているのだが、今は置いておく。


「主殿ぉ〜……」


 土下座のまま顔だけ上げた楓はダバダバと涙を流していた。


(律儀なヤツだな)


 顔を上げてと言ったら、本当に顔だけ上げる楓に感心する。


「でも、まあ俺の事を殺しちゃった訳だし、今日も特訓だな」

「と、特訓……! は、はい……畏まりました」


 特訓と聞いた楓はピタッと涙が止まり、顔を赤くしたモジモジし始める。


(正直、めっちゃ可愛い)


「こほん──よ、よし。じゃあ帰るか」

「はい!」


 元気になった楓と共に、部室の窓を閉めて帰路についた。

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彼女たちの殺意が高すぎる! ニシ @nishi

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