彼女たちの殺意が高すぎる!

ニシ

第1話 お昼下がりの情事

 人の欲望には際限がない──などと言われる事があるが、人々は日常において一般常識にそぐわない欲望は理性で抑え込んでいるものである。およそ人とは理性ある生き物だからだ。


 だがしかし、悪徳に及ばずとも欲望を満たす手段が目の前にあったとしたら、理性の過多に関わらず手を伸ばしてしまう事を断罪する権利は誰にもないのだろう。多分。


 ※※※※※※※※※※


「せんぱーい! 準決勝、頑張ってください!」


 下級生の女子グループが遠巻きに声援を送ってくれる。


「ありがとう」


 声援を受け取った女は、凛々しい顔立ちに柔らかな微笑みを浮かべ軽く手を挙げて応えた。

 すると、下級生グループの女子はキャアキャアと黄色い声を上げてひとしきり喜ぶ。


 その声を背に、女は校舎の1つに入り建物の中央に設置された昇降機の上に立つ。


 足元に描かれた魔法陣に魔力を送り込むと、ズズ……と鈍いながらも魔法陣に込めた魔力ごと身体が上昇を始め、ある程度加速したのち安定する。


 そうこうしている間に4階に到着し、開いたドアから降りた。


 廊下に人気はない。


 今は騎士科による年2回のクラス対抗戦の真っ只中であり、他科の生徒はこぞって見学に出ているし、もしくは休日を謳歌している事だろう。


 ましてやこの校舎は魔法文化系の部活棟であり、用のある生徒などほとんどいない。


 廊下を少し歩き奥まった所にあるドアの前に辿り着く。


【人体魔法科学探求部】


 ドアの横に小さな看板が備え付けられている。


 彼女はその看板を見る度、もうちょっとマシな名称は無かったのかと思っていた。


 医療系の魔法科学を学びたいなら医科があるし、回復の奇跡についても神霊科がある。それぞれの科は他科へも広く門戸を開き、よほど専門的な授業でもなければ誰でも参加して学べる環境が整っている為、わざわざ小規模な部活動でやる意味はない。


 それゆえ、この部の部員はたった一人しかいないのだが。


 まぁ、その唯一の部員も本気で部活動をしているのではなく、ほぼ専用のエスケープ部屋として利用しているようなので、部員を増やす気はないらしい。


 コンコン……。


 部室のドアをノックするが返事はなかった。

 しかしお構いなくドアを開いて中に入る。


 部室の中は本棚や机といった基本的な設備が整ってはいるが、さまざまな私物で溢れお世辞にもキレイとは言えない惨状が広がっていた。

 そのなかで、窓際に設置された広めのソファの上で男の子が横になって眠っている。

 彼がこの部活唯一の部員であり、この部室を我が物顔で専有している男子だ。


「起きて。時間だよ」


 慣れた足つきでソファに近づき、寝ている男の肩を軽く揺さぶりながら声をかけた。


「ん、んぅ……。ふぁ、あ〜ぁ……もうそんな時間?」


 目覚めた男は大きくあくびをしながら身体を起こし、両手をググッと持ち上げて背伸びをする。


「午前中のプログラムは全て終了したよ。お昼休みの後、準決勝」

「その口振りだと、勝ったんだ? 流石は優勝候補筆頭。おめでとう」


 男はパチパチと軽く手を叩きながら称賛の言葉を口にした。


「ありがとう。でも、そう言ってくれるなら、応援にも来てほしかったな」

「応援は……まぁ……はは」


 バツが悪そうに視線を逸らす。


 男がクラス対抗戦にまるで興味がないのは分かっていたが、それでもやはり応援して欲しかったという気持ちは残る。


「まあ、いいわ。それより……」


 そう言うと、女は自分の装備に手をかけた。


 身につけていた簡易式の胸当てを外すと、押さえつけられていた胸がブラウスを押し上げる。

 そのままボタンを外していくと、下着に包まれたおっぱいが姿を表す。

 更にブラウスを左右に開くと、胸だけが完全に露出した状態へとなった。


 その豊満な乳房を見て、男はゴクリと生唾を飲み込む。


 つい先程クラス対抗戦で戦ってきた女の肌は少し汗ばんでおり、白い肌は赤みがかっている。

 そんな状態のまま近づくと、男の頭部をそっと2つの膨らみに押し付けるように抱きかかえる。


 男は目を閉じ、膨らみの谷間の中で深呼吸をした。


 それは流石にちょっと恥ずかしく、抱きかかえた腕を離す。しかし、今度は男の手が胸に伸び、左右から寄せるように揉まれた。

 もちろん顔は谷間に埋もれたままで、だ。


「んっ……くぅ♡」


 背筋がゾクリと反応する。

 男の息が熱い。

 揉まれた胸から広がる刺激が身体の芯を震わせた。


「はあ、んんんっ♡」


 背筋が跳ねる。


 男が目を開け、埋もれた谷間の中から女を見た。


 可愛い。


 男の子が喜ぶ表現ではないのかもしれないが、自らの胸の谷間から上目遣いで見つめてくる男の表情は可愛いと表現するしかない。


 あぁ、本当に、なんて可愛いんだろう。


 愛情──とでも呼ぶべき感情が最高潮に達した瞬間、女はいつの間にか手にしていた短剣を──男の首に突き刺した。


 男の首から生暖かい血液が噴き出す。


「あ……がっ……!」


 男の目が見開き、『なんで──?』そんな表情を浮かべる。


 噴き出し続ける男の血液が部室の一面を真っ赤に染め、咽るような血の匂いが充満していく。

 大量に失われ続ける血液により、男の意識がどんどんと遠のく。


 胸を揉んでいた手は、刺された瞬間こそ痛みを伴う程に鷲掴みにされたが、今はもう胸から離れ力なくダランと垂れ下がっている。

 男の顔がどんどんと青白くなっていき、まぶたが閉じ始めた。

 荒かった呼吸もヒューヒューと蚊が鳴く程に弱々しくなり、やがてそれすらも止まる。


 そうして、男は女の胸の中で死んだ。


「────〜ッ!」


 その一部始終をしっかり見届けた女は、今まで一番大きく背中を弓なりに反らし、恍惚の表情を浮かべていた。


 腰がガクガクと震える。

 足に力が入らない。


 死んだ男を胸に抱き支えとしなければ立っていられない程だ。

 しかし死んだ男の身体が支えになどなるハズもなく、そのまま一緒にソファの上に倒れ込む。


 そこまで来て、ようやく男の首から噴き出ていた血の勢いが弱まり、ドロドロと残り垂れ流すだけとなった。


 もう息をしていない、男だった塊を、血で汚れるのも構わず愛おしそうに抱きしめ、女は目を閉じる。


「はぁ、はぁ、はぁ……♡」


 未だ腰を震わせながら荒い呼吸を繰り返す女の吐息と、ぴちゃぴちゃと滴り落ちる血の音だけが部室の中に響いていた。

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