幼馴染が彼女に振られたばかりの俺の彼女になった話

月之影心

幼馴染が彼女に振られたばかりの俺の彼女になった話

 俺は伊達だて昇平しょうへい

 高校2年。

 今日俺は、学生生活で最も不幸な日を迎えた。


「別れよ。」


 唐突に別れを切り出したのは、付き合い始めて半年を迎えた俺の彼女である蘆名あしな浩香ひろか

 明るい茶髪に目鼻立ちの整った美人で、ノリも良いクラスの人気者。

 付き合い始めは浩香が俺に告白してきたのだが、何故学校でもクラスでも全く目立たない俺が選ばれたのかは不思議に思ったまま付き合っていた。

 そして理由も分からないまま、今度は別れ話である。


「え?な、なんで……?」


「理由いる?」


「そ、そりゃいるだろ……」


「んー、まぁぶっちゃけ昇平はそこそこイケメンだとは思うけど、思ってた程面白い男じゃなかったって事かな。」


「な……?」


 そりゃあ俺は、どっちかと言えば陰キャではないけど進んで面白い事を言うタイプでも皆を盛り上げる事が出来るタイプでも無い。

 俺に面白さを求めるのが間違ってる事くらい最初から分かってるだろうに。


「それに、私もう他に好きな人居るから。」


「は?」


 勿論、面白くは無かっただろうけど俺と言う彼氏が居ながら他の男を好きになっていたのはショックだった。

 だが、それを霞ませるショックな事は……


「悪ぃ昇平!俺、浩香と付き合う事にしたから!」


 芳香の後ろからぬっと現れたのは、高校入学当初から仲良くしていて親友……だと思っていた大内おおうち正斗まさと


「はぁ?な、何でだよ……」


「いやぁ、昇平にはホント悪いと思ったんだけど俺も前から浩香の事は気になってたんだよな。」


「だからって……俺が浩香と付き合ってるの知ってただろ?」


「当然じゃないか。」


「何で当たり前みたいな顔が出来るんだよっ!」


「と言うわけだからさ。縁が無かったと思って諦めてね。」


「すまんな昇平!」


 そう言って呆気に取られる俺の前から正斗と浩香は仲良く腕を組んで去って行ってしまった。

 浩香は俺と別れる前から好きな奴が居て、その好きな奴ってのが俺の親友の正斗で、別れる前に正斗に告白して付き合い始めた……と。

 何だそれ?

 ともあれ、俺の彼女は『元カノ』へ、親友は『元親友』へ、それぞれクラスチェンジしてしまったわけだ。



「はぁ……」


 俺は失意のまま昼休みを迎え、購買で買ったパンと牛乳を持って学校の屋上に沈んでいた。

 ふと、人の気配に気付いて横を向くと、いつの間にか大きな二重の目に長い睫毛の美少女が笑顔で俺の顔を覗き込んでいた。


「うぉわぁぁぁっ!?……って……美緒みお?」


「やっほ!何してんの?」


 この美少女は最上もがみ美緒。

 幼稚園からずっと仲良くしてきた幼馴染だ。

 その美貌と抜群のスタイルで、入学当初から『学校一の美少女』の名を独占し続けている子……なのにいつも一緒に居る女友達も居らず、色気のある話を噂ですら聞かないという訳の分からない美少女。

 と言うのも美緒は、いわゆる『不思議ちゃん』属性の持ち主。

 会話がもう一つ二つ噛み合わないケースが多く、初めは気安く話し掛けていたクラスメートも次第に距離を置くようになってしまうようだ。

 だからと言って仲間外れにされたりする事が無いのは、それでも美緒が学校一の美少女だからだろうか。

 美緒を狙っていた男子に至っては『見ているだけなら最高だけど付き合うのはちょっと……』と言う奴が多く、浮付いた話を一切聞いた事が無い。

 ただ、俺は美緒と幼い頃からずっと仲良くしてきたので、会話が噛み合わない事はあっても付き合い切れないと思った事は一度も無い。


「色々あったんで落ち込んでるんだよ。」


「色々?付き合ってた彼女に半年で飽きられて付き合ってる間に親友に告白してて親友も昇平クンと彼女が付き合ってるの知りながら取られちゃった事とか?」


「何で知ってんだよっ!?そのまんまじゃねぇかっ!」


「えへっ!」


 がくっと肩を落とす俺の頭を美緒がぽんぽんと叩く。


「まぁそんなに落ち込みなさんな。人生楽ありゃ苦もあるさ。」


「どこの黄門様だよ。」


「ご老公の御前である!控えおろー!」


「あ、助さんの方だったんだ。」


「格さんだよ。」


 あっそ。

 美緒は改めて肩を落とした俺の隣に何事も無かったようにちょこんと座った。


「でも酷いよねぇ。」


 同情したような、少し寂し気な声で美緒が俺を慰めてくれる。


「あぁ……まぁ……うん……期待に応えられなかった俺にも責任はあるかもしれないからさ……」


「折角これから昇平クンを寝取ってやろうとしてたのに、フリーになっちゃったら寝取りにならないじゃんね。」


「美緒も大概酷い事考えてた!」


 美緒が音速で俺の方に顔を向け、ただでさえ可愛らしい顔を満面の笑顔にして見せてくれた。


「まぁそれはともかくとして……と言う事で、何の遠慮も要らなくなったので私が昇平クンの彼女になります。」


「は?」


 突然の申し出に俺も音速で顔を美緒の方に向けて絶句。


「何ハトが豆鉄砲で打ち抜かれたみたいな顔してんのさ。」


「『ハトが豆鉄砲を食う』だな。打ち抜かれたらえらいこっちゃ。」


「何でもいいんだよ。で、返事は?」


「へ、返事って……その……」


「昇平クンは私が彼女になるのは嫌なの?」


「い、嫌じゃないけど……何で……また……?」


 美緒はすっと立ち上がると、その自己主張の強すぎる胸を張って語り出した。

 シャツのボタンが弾け飛ぶぞ。


「昇平クンが振られたのは『一緒に居て面白くない』って思われた事だよ。だったら本当は一緒に居たらすっごい面白いってところを見せてやるのさ。すると元カノさんは『しまった!手放すんじゃなかった!』って思うじゃん?悔しいじゃん?元鞘に戻したいって思うじゃん?でも残念!昇平クンにはもう私っていう美少女が彼女になってて手遅れ……ご愁傷様ぁ~ってなるのよ。」


「お、おぅ……けどそれって何の為にするんだ?」


「何って、昇平クンは悔しくないの?悔しいよね?私は悔しいよ!」


 何故美緒がそこまで悔しがるのかは分からないけど、俺の為を思ってくれている事だけは伝わって来た。


「え?それじゃあ俺の彼女になるってのは悔しさを晴らす為?」


「悔しさを晴らすのはその副産物。昇平クンの彼女になるのが狙いだよ。」


「狙いを自分で言っちゃうんだ……って、え?美緒って俺の事、好きなの?」


「今更?私、お胸が小さかった頃からずっと昇平クンの事好きだよ?」


「お、おぅ……」


 思わず視線が美緒の豊かな胸元に移ってしまう。

 それはともかく、まぁ俺も美緒は昔から可愛い子で一緒に居て楽しいと思っていたし、彼女になっても今までの関係に大きな変化は無いだろうと思った。


「けど何か、別れてすぐに新しい彼女作るとかさ……軽い男に見られそうだな。」


「元カノさんは別れる前から次の彼氏を作ってたんだよ?それに比べたら何日分かは昇平クンの方が軽く無い!」


 五十歩百歩だろそれ……と思いつつ、正直言えば今の傷心を慰めてくれるのが何より嬉しく思えて美緒の申し出を素直に承諾し、俺は彼女に振られたその日に美緒と付き合い始めた。



 翌日から早速美緒は、俺にべったりくっつくようになった。

 登下校中は勿論、教室や廊下、授業中以外のあらゆる時間で濃厚接触していた。

 今は休み時間。

 美緒は俺の席で俺の膝の上に座って俺の首に腕を回して抱き付いている。

 超柔らかい物体おっぱいが押し付けられて理性がガリガリ削られてるんだが。


「あ、あの……美緒?」


「なぁに?」


「いや……ここ学校だからさ……その……節度ってのが……」


「教室で昇平クンの膝の上に座って首に抱き付いて意図的に胸を押し付けてるだけじゃん。」


「全部問題だって言ってんだよっ!胸押し付けてるの意図的だったのかっ!」


「何が問題なのよぅ?恋人なんだから別にいいじゃんかぁ。まぁお胸はこの大きさだから仕方ないさっ!」


「節度を守れって言ってんの!それに色々すっ飛ばし過ぎて頭が追い付かない!」


 俺の首に回した腕の力を抜いて俺の顔を見た美緒は、何故かきょとんとした顔をしている。


「何かすっ飛ばしちゃった?」


「何かどころか大体すっ飛ばしてるよ!もう恋人のする事殆どやっちゃってるじゃんか!」


「そうなの!?まだ指輪の交換も誓いの口づけもケーキ真っ二つもしてないよ?」


「それは恋人を通り越した更にずっとずっとずーーーっと先なっ!あとケーキは真っ二つにはしないんだぞっ!」


「え~?じゃあ恋人同士でする事の何すっ飛ばしてるのさ?婚前交渉?」


「だぁぁぁかぁぁぁらぁぁぁ!!!美少女が憚りもせずそういう事を言うなよぉぉぉ!!!」


 普通なら俺みたいな影の存在と美緒のような学校一の美少女がイチャイチャベタベタしてたら周りからの痛く冷たい視線が突き刺さりそうなものだが、話している内容が漫才みたいなノリだからか、俺たちに送られるのはほんわかした目線ばかりだった。


 一人を除いては……



「何であんなに楽しそうなのよ……私と一緒に居る時はあんな顔した事無かったのにぃっ!」


「まぁいいじゃん。昇平も新しい恋に目覚めたって事でさ。」


「いいわけないでしょっ!これじゃ私が面白くない女に思われちゃうじゃんっ!」


 美緒の思惑通り、浩香は俺と美緒のやり取りを憎々し気な目で見ていた。


「こーなったら、私の方が一緒に居て楽しい事を分からせてやる……」


「あー何か浩香が悪い顔してるなー……あはは……」


 引き攣った顏の正斗が気の毒に思う。



 放課後。

 浩香が満面の笑みを浮かべて俺の席へやって来た。


「昇平~!一緒に帰ろー!」


「え?何で?」


「何でって一緒に帰りたいから誘ったんだけど……ダメ?」


 浩香が必殺技の上目遣い&首ちょい傾げで俺を見て来た。


「悪い。今日は美緒と茶屋に団子食いに行く約束してるから。」


「は?何それ?」


「俺もよく分からないんだけど街外れに新しい茶屋が出来たから行ってみたいって言ってんだよな。このご時世に『茶屋』って洒落てるよな。」


「そういう事訊いてんじゃないわよ!」


 必殺技が通用しなかった事に浩香は動揺しているようだ。


「美緒なんかより私と一緒に居た方が楽しいのに何で私の誘いを断るのか訊いてんのっ!」


「えぇ?俺、美緒と居る時の方が断然楽しく感じてるんだけど。」


「は?」


「いや、浩香と居る時もそれなりに楽しかったよ。けど何つーか、今思えば『どこにでも転がってる楽しさ』って言うのかな?」


「ど、どこにでも……転がって……る……?」


「ほら、よくドラマや小説なんかで描かれてるようなテンプレな楽しさってのかな?普通に高校生活送ってたら味わえるみたいな。」


「そ、それは美緒とだって同じじゃん……同じ高校生なんだし……」


「美緒の場合は楽しさの次元が違うんだよ。ほら、美緒ってちょっと不思議な空間作るじゃん?あの異次元感は浩香には無いなーと思ってさ。」


「ナニ意味分かんない事言ってんのよっ!?」


「んー、まぁ理解してくれる必要は無いよ。俺も正直あんまり分かってないから。」


「わ、分かって無いのに私の誘いを断っちゃうんだ。絶対私の方が楽しいって。」


「まぁ誰だって楽しさの基準は違うだろうし、俺は今美緒と付き合って本当の楽しさってのが分かったってだけだから。」


 浩香は『ぐぎぎ……』と漫画の擬音が聞こえて来そうな物凄い形相で俺を睨んでいた。


「もう知らないっ!寄り戻そうって言っても絶対戻してやんないんだからっ!」


「あ、間に合ってるから。」


「ぐぐぐっ……」


 限界まで悔しそうな表情をした浩香はぷいっと向きを変えて何処かへ行ってしまった。



 浩香を見送った俺は校舎を出て正門で待っていた美緒と合流した。


「すまん、遅くなった。」


「いいよいいよ。」


 相変わらず可愛らしい顔で俺を迎えてくれる。


「まぁ、これでアイツも諦めて正斗と仲良くやっていくだろ。と言うか、力一杯楽しんでたの美緒の方じゃね?」


「小さい事は気にしないの。ハゲるよ?」


「うちの家系は皆フッサフサだわっ!」


「けど、私としてはちょっと物足りなかったかな。」


「物足りない?何が?」


 美緒は歩きながら顎に指を当てて空を見上げながら歩いていたが、俺の方にくるっと向き直って不満気な表情をしていた。


「だって元カノさんは浮気してた上に昇平クンを酷い理由で振ったんだよ?昇平クンと同じくらい辛い目に遭ってもらわないと納得出来ないよ。」


 確かに俺は浩香に酷い振られ方をしたのだが、ここ数日は美緒と漫才の様なやり取りをしていた為か、さっき顔を合わせたばかりなのにその事をすっかり忘れていた。


「それもそうだけど、まぁそう言うなって。アイツがあんな悔しそうな顔したの初めて見たし。それに俺はもう十分満足してるから。」


「そうなの?昇平クンがそう言うなら私は構わないんだけど。」


 俺は美緒の頭をポンポンと叩くと、そのまま美緒の体を抱き締めた。


「ふぇ?ど、どうしたのかな?」


「他人の恋愛よりも、今は美緒と一緒に居る事の方が大事って事。」


「え、えぇ~……い、今までそんな事言わなかったくせに……いきなりは……ズルい……」


 腕の中でもじもじする美緒の頬が紅く染まっていた。


「じゃあこれから毎日言い続けるよ。」


「ま、毎日は言わなくてもいいかな……それよりも……」


「?」


「これからは二人でもっと楽しい時間を過ごそうよ。」


 俺は改めて腕の中に閉じ込めたままの美緒をぎゅっと抱き締める。

 俺自身は決して楽しい人間じゃないけど、美緒となら楽しい時間が過ごせるような気がしていた。

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