第57話 駅前広場

本日一回目の練り踊り会場である駅前広場にはすでに多くの群衆が集まっていた。

その顔ぶれは様々。

よく見るとナルカミスポーツジムの会員さんの姿もちらほら見える。

これがSNSの効果なのだろうか。


「すごい人」

僕にしか聞こえないくらいの声量でリエさんが口を開いた。

「やるしかないね。キャプテン」

今日ももちろんセンターを務める彼女の言葉に僕はしっかりと同意した。


観衆からは口々に僕たちの名前を呼ぶ声が聞こえる。

僕たちはあまりの盛り上がり、嫌でも戸惑った。


「集中しましょう!」

監督の青木さんの声がステージ上の僕たちに降り注いだ。

僕は反射的にうなずいて強く手を二回叩いた。


「集中!」

僕の声に皆がいつもの表情を取り戻し、僕たちはフォーメーション通りにならんだ。


一瞬の静寂のあと、リエさんが右手を掲げた。

その動作にあわせて聞き馴染んだ僕たちのリズムが鳴り始める。


僕たちはゆっくりと踊り始めた。

普段、僕の隣ではマーヤが踊っている。

しかし彼女は負傷中のため今は車椅子に乗り観客席の中でこちらを心配そうに見つめていた。


代わりに僕の隣には貴島さんがいた。

隣にマーヤがいるのといないとでは随分違うと思っていたが、貴島さんのしなやかなダンスは完全にマーヤの不在を補填していた。


ソーランのリズムが僕たちを走らせる。

昨日よりも幾分か冷静だ。

今日はなぜか周りの様子がよく見える。

不思議と観客たちの声も僕の耳には正確に届いていた。


「あれ?あの金髪の子がいなくない?」


僕の背中にどっと冷たい汗が流れた。

観客たちが見にきているのはマーヤのナルカミロケット。

彼女の不在に気づいた観客たちが歓声とは違うざわめきをあげはじめているのを感じた。


このままではこの演舞が不発に終わるかも知れない。

脳裏に不安が走った。


その時、センターのリエさんが加速し、いつもより踊りを大きくした。

一瞬で観客席から歓声が上がる。

彼女は振り付けの基本ラインを守りつつ、要所要所でアドリブを展開し観客たちを煽っていた。


僕は内心、驚いた。

リエさんの武器はその正確性だ。

どんな状況でも決められた動作を誰よりも完璧に美しくこなす。

そんな彼女が突然アドリブをいれた。


気づいたのは僕だけではなかった。

ソーランが終わり、ズンバに曲調が変わった瞬間、富山さんが大きな声をだした。

それにあわせて富山軍団のメンバー達が活気づいた。


みるみるうちにズンバの熱量があがる。

それに引っ張られて他のメンバーたちの動きも激しいものになっていた。


観客たちは昨日とは打って変わって荒々しくなった僕たちのズンバに少し驚いているようだ。

目を見開いてこちらを見ているマーヤが見えた。


ズンバからラインダンスに曲調が変わった。

隣の貴島さんの表情を確認した。

彼女は白い歯をこれでもか、と見せて笑っていた。


ラインダンスが始まった瞬間、木澤さんが叫んだ。

「このままいくで!」


僕たちのラインは完璧に揃った。


どんどん曲が進む。

あと一小節が終わればいよいよナルカミロケットだ。


僕たち四人はもはや新陳代謝のように発射態勢についた。

貴島さんの背中が僕の視界を覆う。


「せー、の!」

僕たちは貴島さんを空高く投げあげた。

観客たちの歓声が聞こえる。


しかし、僕は違和感を感じた。

空中で貴島さんがトゥータッチをしない。

その姿勢はまるで硬直したようにまっすぐだ。


万有引力に則り彼女が落下してきた。

僕たちは四人で彼女を受け止めた。


着地した貴島さんの顔色は真っ青だった。

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ジムにいこう! ながあき @Jessy0174

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