第56話 なんのDVDかが気になってるの

 若く小柄で一見おとなしそうに見える貴島さんから突然凄まれた横溝は流石に面食らったのか、それ以上何も言葉を発する事なく去っていった。


僕も突然会話に入ってきた彼女の意外な一面に言葉を失っていた。


「あぁ、怖かった」

それまで不動明王のように睨みをきかせていた貴島さんが突然もとの彼女に戻る。


僕はなおさら驚いた。


「なんか、嫌な感じの人でしたね。でもどこかで会ったことあるような気がするな」

「彼は去年のチーム鳴神のメンバーだよ」


僕がそう言うと、貴島さんは目に見えて慌て始めた。


「えぇ!そうだったんですか!?私、去年は新人で全然関わってなかったから」

苦しい言い訳をするが、チーム鳴神のメンバーである以前にナルカミスポーツジムの会員であったはずの男だ。

完全無欠と思っていた貴島さんも、さすがに全ての会員の顔は覚えておけるわけではないらしい。


貴島さんは顔を真っ赤にしながら話題を逸らした。


「さぁ、タロさん。練り踊りですよ」


僕はその言葉にしっかりと頷いた。

メンバーを見渡すと全員がこちらを見つめている。


「では、行きましょうか」

僕の号令に誰もが力強く同調した。


今日の僕たちの練り踊りは三ヶ所で予定されていた。

まずは駅前の広場。

次に商店街の一角。

そして最後は市役所の駐車場が僕たちのステージだ。


それが終わるといよいよメインステージで本踊りが行われる。

僕たちの出番はかなり後半の方なので、いかに集中力を切らさずに待てるかも重要だ。


僕たちは早速駅前に移動し始めた。

異変に気がついたのはその道中だった。


道行く人の多くが僕たちの法被を確認すると、拍手や声援を送ってくれたのだ。

会場から駅前広場までは一キロほど。

その道中でたくさんの歓声を僕たちは一身に受け続けた。


謎の人気ぶりに殆どのメンバーは戸惑うばかりだ。

もちろん僕も例に漏れず。


なぜここまで僕たちが好意的に受け止められているのか、心の底から疑問だった。


それはサムエルに車椅子を押してもらいながら同行するマーヤも同じようで、しきり周囲を見渡していた。


「なんか、きもちいい」

サムエルがこっそり呟いた。

僕も彼の意見に賛成だ。

この状況は少し恥ずかしいが気持ちいい。

まるでスターにでもなったような気分だ。


どこかふわふわした足取りで広場までの道を進み続けると、突然マーヤが大きな声をだした。


「あぁ!バズってる!!」


驚いて彼女を見ると、マーヤはいつの間にか携帯を見つめながら目を丸くしていた。


彼女の声に周りのメンバー達が食いつく。


「バズってる?なにが??」


リエさんが恐る恐るマーヤに尋ねた。


マーヤは自分の携帯の画面を彼女に向けながら叫んだ。


「私たちが!!」


画面を確認したリエさんがマーヤと同じように目を丸くする。

僕もその画面を確認した。


すると、そこには僕たち昨日の演舞がショート動画としてアップされていた。

僕の挨拶から始まり、要所要所の振り付け、センターのリエさんのアップ。

そして極めつけのナルカミロケット。


無許可のアップロードであろうが、見事な編集ぶりだった。

しかも驚いたことにその動画は何万人という人数に再生されていた。


僕たちは改めて周りを見渡した。


すると、殆どの人がキラキラした目で僕たちを見つめていた。

すると一人の少女が僕に走りよってきた。


「がんばってね。キャプテン」


僕の全身に電流が走るのがわかった。

少女は一点の曇りもない目で僕を見つめていた。

僕は返す言葉を見つけられず、黙りこんだ。

少女は懸命に掌を掲げてハイタッチを求めてきた。

僕は自然とその小さな掌に自分の掌を軽くぶつけた。


満足したのか彼女は足早に家族のもとに戻っていった。

自分の母親に先ほど合わせた掌を見せて、なにやらはしゃいでいる。

僕は自分の掌をじっと見つめた。


「タロ、それはぎりぎり浮気になるよ」


マーヤが低い声で囁いた。

サムエルが困った顔でマーヤを宥める。


「マーヤ。タロはロリコンじゃないよ。大丈夫」

「なんで、サムエルにそんな事わかるのよ。こいつは変態だよ」

「タロの趣味なら良くしってる。一緒にDVD探しにいったときに」


サムエルがそれだけ言うとマーヤが物凄いスピードで自分の車椅子を押すサムエルの腕につかみかかった


「DVD!?なんの?いい、だいたいわかる。隠さずに言いなさい。タロは何を借りたの?」


サムエルは慌てて取り繕おうとするがマーヤの猛攻は収まらなかった。

僕は心の中でサムエルに深く謝罪しながら、気づかれないように後方の木澤さんたちの近くに移動していった。


隣に並んだ木澤さんが笑う。

「バレバレやで」

佐伯さんも同じように微笑んだ。

「まさかの送り狼か。結構やるな」

僕は精一杯シラを切った。


「そろそろつくで」


木澤さんの言葉通り、駅前広場が近づいてきた。

僕たちの最初のパフォーマンスが始まる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る