第55話 練り踊り

 開会を告げるマイクアナウンスは意外な程あっさりと終わった。

打ってかわって続いて行われた市長や運営委員長による挨拶は永遠とも思えるほど長く続いた。

心なしか各チームのフラストレーションも溜まっていくように感じる。


そんな空気を一変させたのは、運営委員長のあとに登場したご当地アイドル達だった。

勢い良く飛び出してきた彼女達は爆音と共に懸命にパフォーマンスを披露した。

そっちの方面には疎い僕は何が何だかわからなかったが、会場中が熱気に満ち溢れているのはわかる。

昨日の前日祭とはまるで違う。

今日が本番なのだ、という事実を改めて認識することになった。


「すごい人気やな」

いつの間にか隣にやってきた木澤さんが話しかけてきた。

木澤さんもこの雰囲気に高揚しているのか、いつもより少し声が高い。


「でも、今日の主役は俺たちやで」


僕は練り踊りに備えてメンバー達に集合をかけた。


続々と近くに固まり始めるメンバー達。

ふと見るとあまり馴染みのない男の顔があった。


その男は風龍と刺繍された黒い法被を纏っていた。

確か名前は横溝。

去年までチーム鳴神のメンバーだったという男だ。


「いよいよ本番だね。調子はどう?」

このタイミングで声をかけてくる非常識さには少し面食らったが、僕は存外冷静に対応できた。


「絶好調ですよ」


ふぅん、と鼻をならしながらチーム鳴神を見回す横溝。

なんとなく、この男とは相性が悪そうな気がした。


「あれ?あのショートカットの子は?」

すぐにマーヤのことだとわかった。

マーヤは車椅子に乗ってサムエル達の近くにいた。


その姿を確認した横溝はニヤリと気味の悪い笑顔を作った。


「あれ?もしかして怪我してるの?」

僕は何も答えなかった。


「残念。だったら最後の技は今日はないんだね」

少しずつ僕の神経が逆立ち始める。

早く自分のチームに戻ってくれないだろうか。


「君たちの演舞、話題になってたのね」

ついに僕の我慢が限界を迎えた。


「僕たちにはそれ以外の演舞もありますから」

横溝が声をだして笑った。


「あぁ、なんかコロコロ曲調が変わるやつね?あれ、結構大変そうだよね」

言葉に少し蔑むような暗い色を感じたのは勘違いではないはずだ。


「あれが見たいっていう人も多いだろうにねぇ」

誰も見ていなければ、僕はこの男を殴り飛ばしていたかも知れない。


言葉を返そうと思っても、なにも言葉がでてこない。


「うちは優勝狙ってるから。そっちはそっちでのんびり楽しんでね」


「うちも狙ってますから」


咄嗟に返そうと思った言葉は、僕の声より格段に高い声色で聞こえた。

振り返ると真っ赤な顔をした貴島さんが横溝を睨み付けていた。


「勝つのはチーム鳴神です」


横溝がまた気味の悪い笑顔を作る。


「へぇ?あの技がないのに??」


貴島さんは少しだけ口角をつり上げた。


「飛びます」


横溝が眉をひそめる。


「鳴神には私がいる」


そう答えた貴島さんは、とても年下には見えなかった。



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