第54話 貴島さんの直感
もう間もなく開会式が始まる。
今日は昨日のような挨拶は予定されていないので、少し気が楽だ。
会場に集まる各チームの緊張感が少しずつ高まっていくのを感じる。
昨日は緊張のあまり周りを見る余裕などほとんどなかったが、今日は少しだけ余裕がある。
もしかしたらマーヤと過ごした昨夜の時間で僕は少し強くなったのかも知れない。
僕は集中力を高めようと一つ大きな深呼吸をした。
貴島さんが話しかけてきたのはそんな時だった。
「タロさん、いよいよ始まりますね」
僕は素直に相づちを打った。
「昨日の話、覚えてます?」
僕の鼓動が一気に激しくなった。
「明日、大切な話があるんです」
彼女は確かにそう言った。
鈍い僕でもさすがにわかる。
その大切な話の内容がどういったものなのかを。
僕は動揺した。
昨日とは状況が変わってしまっている。
僕とマーヤの関係は明確にこれまでとは違っているのだ。
「時間、くださいね」
貴島さんが少しだけ体を寄せてきた。
僕は何も言えなかった。
貴島さんはそのまま言葉を発することなくしばらく黙っていた。
状況に耐えられなくなって、僕は彼女から体を離した。
そのまま彼女の目を見つめた。
貴島さんは驚いたように目を見開いていた。
僕と目が合うとやはり何も言わずに僕から離れていった。
僕は何もすることが出来ずにその場に立ちすくんだ。
僕は彼女の気持ちに応えることが出来ない。
無意識にマーヤの姿を探した。
彼女は車椅子に乗ったまま木澤さんや佐伯さん達と談笑していた。
僕の心は激しく揺れていた。
今すぐにでも彼女を抱き締めたい。
しかし、そんな行為が今この場で許されるはずもなく、僕は唇を噛んだ。
「タロ」
後ろから聞き馴染んだ声が聞こえた。
声の主は優しく微笑むサムエルだった。
「始まるよ」
彼の言葉に導かれるようにステージから司会者の開会を告げるマイクアナウンスが始まった。
周囲が一気に活気づく。
僕は一人このテンションについていくことができなかった。
サムエルがそっと背中をさすってくれた。
「タロ。大丈夫。やろう」
その言葉に強く頷いた。
「マーヤは逃げないよ」
小声でサムエルが囁いた。
驚いて彼の顔を見つめると、サムエルは今度は少しいたずらっぽく笑っていた。
本踊りが始まる。
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