泡沫の夢
結城 優希
泡沫の夢〜A monster〜
始末屋。
それがボクの呼び名であり、
生業であり、
生き様であり、
ボクそのもの。
何をしている人なのか?とか、
よく聞かれるのだけれど、
そんなに大層なことはしていない。
何せ出来ることをしているだけに過ぎないのだから。
いつも決まった貸し倉庫に出向き、
依頼が来ているか確認し、
依頼があれば、それを遂行する。
もしボクが異常なのだとすれば、
過去を始末する始末屋ということだろうか。
時間遡行。
タイムスリップ。
エトセトラエトセトラ。
呼び名は様々だけれど、
要はそういうこと。
時間を逆行し、指定された過去を消す。
それが事実だろうと、
出来事だろうと、
命だろうと。
心は痛まない。
そういう風に出来ているんだろう。
ボクというバケモノは。
ガラリ、と。
少し錆び付いた貸倉庫の扉を開ける。
中には無造作に置かれ、
ホコリ被った木箱がひとつ。
これはボクのデスクであり、椅子であり、
たまにベッドにもなるスグレモノ。
ボクにはもったいない逸品だ。
そんな木箱に近づくと、
真新しい茶封筒と、白い封筒。
おもむろにふたつの封筒を拾い上げ、まずは茶封筒の封を切る。
中身は、当然「始末屋」への依頼だった。
依頼主は、僕でも名前を聞いたことがあるくらい有名な人だ。
でもこれは仕事の依頼だ。
守秘義務がある。
当然名前を口に出したりはしない。
その、ある男からの依頼は、とある不祥事の「始末」だとか。
何でもフリン?というのをしてしまい、
社会的地位を失ったんだとか。
そんなものを消したとして、
果たして人間の価値が上がるのかは、
甚だ謎なのだけれど、それはそれ。
依頼されたのならば、やる他ないのがボクというバケモノなのだ。
最後の一文に、方法は問わないって書いてある。
つくづく物騒だね。
人間というのは。
もうひとつの封筒には、おそらく女性からの依頼が入っていた。
中学3年間、いじめられていた事実の「始末」の依頼。
同情はするけど、理解はできないな。
その人間を形作っているのはいつだって、積もった過去の山なんだ。
かくいうボクを形作るものはなんなんだろうか。
やりたくてこんなことしてる訳じゃない。
出来ると知られた時点で、やるしか無くなっちゃうじゃないか。
……嗤える。酷い言い訳だよね。
重なる声。
仄暗い倉庫の中から、視線をあげると
「ボク」と目が合った。
おどろかないのかい?
おどろいたさ。
ボクを終わらせるのは、神様だと思ってたからね。
ある意味、そうだとも言えるかな。
いいや、それは。
それだけはありえないよ。
キミは、ボクは神様なんかじゃない。
そんなことはボクが1番よく知ってるよ。
それはそうか。
ボクだもの。
やっぱり、ボクが何をしに来たのか分かってるみたいだね。
バカにしてるの?
そりゃもう。
……
ボクみたいなバケモノには、似合いのシナリオじゃない?
同意を求める意味があるの?
はは……キミはボクだものね。
もう語ることがないのなら、仕事すれば?
そうしようかな。
あんまり面白くないものだね。
当然だろ?
ボクは面白くない生き物さ。
否定できないな。
なんで。
なんで?
なんでキミは平気なの?
ボクとキミの違いね。
わかるはずだけどね。
どういう意味?
いつだって、誰かを誰かたらしめるのは……
積み上げた過去の山……?
ボクはね、キミより2年長く生きている。
キミより2年分多くの仕事をこなし、
キミより2年分多くの過去を消し、
キミより2年分多く……
世界を見てきた。
2年後の世界は酷いものだよ。
世界の終わりと表現したって差し支えない程に。
そんな事……
バタフライ・エフェクトって知ってる?
蝶の羽ばたきが世界の裏側でどうとかいう……まさか嘘でしょう?
ははは、驚いた振りはやめなよ。
目を背けてきただけだもの、キミ(ボク)は。
……
それでさ、匿名の依頼が来たんだ。
……
名指しで、羽ばたく前の蝶を「始末しろ」ってさ。
だとしたら、神様かなにかかって思うでしょう?
当たらずとも遠からずだと思うんだよね。
それに、もしそうじゃなくたっていい。
依頼主が神様じゃなかったとしても、
世界の救世主で、
僕の神様であることに
変わりは無いのだから。
2年で随分喋る様になったんだね。
お陰様で、大人に囲まれる日々だったんだよ。
全て、ボクのせい。
全て、キミのせい。
やたらと能力のある無能、
欠陥品のバケモノのせいでさ。
世界の裏側の街も、
行きつけのコンビニの店長も、
テレビで見た場所の絶景も、
……初めて愛した人も。
全て消えたんだ。
だから。終わらせに来たんだ。仕事だしね。
くたばれ、バケモノ。
おやすみ、バケモノ。
泡沫の夢 結城 優希 @yuukiyuuki_vc
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