◇11

 ◇side.テオ


「グハッ……」


「ウ”ッ……」


「ウ”ゥ”ッ……」



 只今、吐血、失神と大ダメージを受けた使用人達を担架で運ばれていく様子を見ている所だ。その原因は何か、それは……



「とてもお可愛らしいですよ、皇女様」


「ほ、ほんと……?」


「はい!」


「……」


「陛下も、きっと褒めてくださいますよ」


「ほんと!」


「ウ”ッ……」


「……テオ?」


「あぁいえ、何でもございません」



 皇女殿下のお披露目のパーティーの日が来たのだ。皇女様専属メイド達が全力を尽くして磨き上げた女神様、あぁいや皇女殿下。その素晴らしいお姿を拝見した者達があまりの神々しさに大ダメージを受けたという訳だ。


 僕もギリギリではあるが、皇女様の為だ、何が何でも今日のお披露目パーティーを成功させねば。その為にもここで倒れてはいられない。


 女神様とお会いした陛下は……皇女を見た瞬間、パチパチとまばたきをして黙ってしまった。おぉ、こんなお姿拝見した事がございません。やはり女神様を前にして正気でいられるものなどこの世に存在しないという事か。


 と、思いきやいきなり皇女様を抱き上げてしまった。



「行くぞ」


「は、はい」



 ずるい……ずるいぞ……!! どうせずっと抱っこするつもりだろ!! ならもっとお姿を拝見させてくれてもいいじゃないですか!! くそぅ、陛下めぇ……!!


 ……とは口が裂けても言えない。さすがに胴体とはおさらばしたくないんでね。


 皇女殿下は、こんなに着飾ったドレスを着る事も、パーティーに出る事も初めてだ。だから、お顔が下がっていらっしゃる。うんうん、分かりますよ、不安でしょうがないですよね。こんな陛下と一緒だともっと不安ですよね。


 声をお掛けした方が良いだろうか、とは思ったけれどその前に陛下が声をお掛けになった。



「堂々としてろ」


「え?」


「お前は皇族だ」


「……」


「私の娘だ」


「あ……」



 そんなぶっきらぼうにではなくきちんと優しい言葉をお掛けすればいいものを。そう思ったけれど、皇女様はそれでも良かったらしい、少し不安がなくなったみたいな表情だ。え、マジですか。さすが親子。悔しいけど。本当に悔しいけど。


 今日のパーティー会場にはもう既に参加者達が揃った。そして最後に会場入りするのは一番地位の高い陛下達だ。



「皇帝陛下、皇女殿下のおなーりー!!」



 その声と同時に、陛下が会場に一歩踏み出した。


 煌びやかなシャンデリアの明かり、そして、今か今かと待ちわびていた参加者達の視線を浴びた。陛下は慣れていらっしゃるが、皇女殿下は大丈夫だろうか。


 あぁ、思った通りだ。顔を陛下の方に向けていらっしゃる。怖いですよね、分かります分かります。でも、仕方のない事なんです、本当に申し訳ございません。


 やはり、乾杯後玉座に座った陛下達に声をかける者達続出。皇城で働く者やあの日謁見した者達は皇女殿下と顔を合わせてはいるが、参加者の殆どが初対面。そりゃ気になって気になってしょうがないだろう。


 だが、



「煩い」



 その陛下の一言に委縮し逃げていく参加者達。そんな顔をされている陛下に話しかけられるような心の持ち主、または馬鹿はちらほらいるけれど、陛下達の近くは静かになった。


 そんな時、


 ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~。


 はて、この音は何の音だろうか。誰かのお腹の音だ。さて、これは誰のお腹の音だろうか。



「ご、ごめん、なさぃ……」



 あぁ、お可愛らしい。お腹の音さえもお可愛らしいだなんて。しかも恥ずかしがっていらっしゃるその様子もお可愛らしくて額縁に納めたいほどだ。


 その様子を見た陛下は、何か持ってこい、と僕に指示をした。さて、何を持ってこようか。皇女様のお好きなケーキ、ベリーケーキ、フルーツたっぷりタルト辺りか。それとクッキーもお好きだ。


 と、そんな風にやっていたらお皿にはこんもりデザートが。ちょっとお皿小さかったか?



「わぁ……!」



 うん、足りなかったかもしれない。こんなに喜んでくださってるなら、もっと持ってきましたよ。


 一口一口、フォークで皇女殿下のお口に運ぶ陛下をご覧になった貴族達は……口が塞がらなかった。顎外れるんじゃないかというくらいだ。


 だが、美味しそうに食べていらっしゃる皇女殿下に釘付けになっている者達も多数。分かりますよ、うん。天使ですよね。これ見ただけで疲れなんてどこかに吹っ飛んでいってしまいますよね。


 皆思った事だろう。今度、最高級のケーキを作らせて天使に献上させていただかなければ、と。だがしかし、陛下がそれを許して下さるだろうか。



「?」


「あぁ、ダンスが始まるんですよ」


「だんす?」


「えぇ」



 曲が鳴り出し、貴族達がそれぞれにパートナーと真ん中に集まり出したことを不思議に思ったのだろう。パーティーは初めてでいらっしゃるから知らない事ばかり。不思議がるのも無理はない。



「踊るか」


「え?」


「え」



 今、何と言った? この陛下は。踊る? 誰と? 皇女殿下と? え?? 陛下が、皇女殿下と?


 持っていたお皿とフォークを僕に渡して、膝にのせていた皇女様を抱っこした陛下。



「ただ回ってるだけでいい」



 いやいやいや、え? 貴方絶対ダンス踊らないって、よくこんなことが出来るなとか、これのどこが楽しいんだかとかって罵倒していた貴方が、皇女殿下と、ダンスを? 聞き間違い? 僕、一度健康診断でも受けたほうがいいのか?

 

 皇女殿下を抱えてダンスホールに降りてきた陛下を見た貴族達は離れて場所を作り、演奏者はつい曲を止めてしまった。うん、言いたい事は分かります。うん。


 だがしかし、指揮者に怖い睨みを利かせて曲を始めさせたのだ。背の低い皇女様の手の甲に、背の高い陛下がかがめてキスを一つ。そんなあり得ない光景を、目を飛び出し口をぽかんと開けた貴族達が呆然と見ていて。


 え?? えぇえ!?


 両手を握り、本当にゆっくりくるくる回っている陛下と皇女殿下。周りの貴族ににらみを利かせて、お前らも踊れと言わんばかりの顔をする陛下に慌てて周りの者達も踊り出す。


 おぉ、演奏者たちは先程の曲とは違って本当にゆっくりな曲にチェンジしたな。うんうん、その気遣い感謝します。後で褒美を用意せねば。


 周りの踊っている貴族達は、ちらちらと陛下達の事を見ていて、踊っていない外側にいる貴族達は、陛下達に釘付けである。


 そう、皇女殿下の可愛らしさに、だ。


 ダンスは全く分からない皇女様。だからただ回っているだけ、そう、回っているだけなのにこれほどの可愛らしさを振りまけているのだ。



「はぅッ……」


「ウ”ッ」


「グハッ」


「はわぁ~」



 あるものは失神、吐血、鼻血。あるものはうっとりと目が離せずにいた。うんうん、分かります。僕だって額縁に入れて飾りたいくらいです。きっとそれは国宝になるでしょう。


 皆が思っただろう。


 あぁ、ここに天使がいらっしゃる。ここは天国か? と。



 その後、疲れてしまい寝てしまった皇女殿下を見た陛下はこう言った。



「全員、帰れ」



 と。


 え、陛下? と聞き直したら、



「寝た。ならもうこのパーティーは意味がないだろう」



 と。



 もっと天使をご拝見させてくださいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!



 このパーティー会場全員の心の叫びである。




 陛下の娘が現れた。そんな噂が流れた時、偽者では? などと言われていたが、このパーティーが終わった後にそれは一気に消えた。皇城に天使が舞い降りた、という噂に大変身したのだ。


 そしてそれは全大陸中に広まり、以前は悪魔のいる国と言われていたこの国が、後に天使の国と言われる事となるのである。



 END.

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最強陛下の育児論〜5歳児の娘に振り回されているが、でもやっぱり可愛くて許してしまうのはどうしたらいいものか〜 楠ノ木雫 @kusuta

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