第3話 勇者という人々
「俺たちは勇者になりたいんだよ」
その日ギルドで請け負った仕事を終え、ギルド併設の酒場で報酬の分配を済ませたところでこう切り出したのは俺のパーティの中心人物であったアンディだ。
───勇者とは、神殿に認められし裨益の提供者。
公権力に縛られず各地を回り、その土地土地の問題を調べ、ささやかな報酬の対価に問題を解決しその地を去る者。
しかしその実、近隣諸国で広く信仰される宗教『グラス教』に属する宣教師であるという側面が強い。
なんでも1000年ほど前に神託を受けし最初の勇者が現れ人々を救い、その者の功績を称えその行動を引き継ぐべく生まれたのが『グラス教』であり、グラス教神殿に能力と資質を認められ、その行動を補償された存在が『勇者』である。
と、神殿や教会なんてもののない寒村出身の俺ですら、その成り立ちを知っている程度には広く一般的になっている宗教であり役職だ。
───しかしながらその職務内容の実態は俺たちギルド所属の冒険者と同じだ。
神殿に身分を保証された者が、その地域の有力者に『何か困り事はありませんか?』と申し出、自らの判断で仕事を請け負い、報酬を受け取る。
仕事を請け負う手順に多少の前後こそあれども請け負う仕事と社会的な役割に大きな違いはないのだ。───あるのは権威と危険度の違いだけ。
勇者に依頼される仕事とはその地域の有力者が特に解決したいと思っている問題であることに外ならない。故に危険度が高い依頼であることも少なくなく、また依頼を請け負う形式の関係なのか勇者がその仕事を請け負う請け負わないに関わらず別種の危険が発生する可能性もはらんでいると聞く。
とかく自営業を側面が強いギルド所属の冒険者と比較して危険度が高いのだ。
───その勇者に、アンディは、仲間たちは、『成りたいのだ』という。
この問答は初めてではなかった。
私が反対したのだ。
出身の寒村を出て、冒険者ギルドに所属し、ギルドを経由して請け負った仕事をこなし、食うに困らない生活を送れるようになって数年。
今の生活を続けることに何の不満も抱かなかった私。
今の生活のままでは満足できなかった仲間たち。
冒険者というなんの後ろ盾も生活の保障もない存在から成り上がる手段として勇者を目指そうという人間は少なくはない。
成るのも難しければ成った後も危険度の高い勇者という役職だが、成っただけでも神殿という強力無比な後ろ盾を得られ、権力者と関係を結ぶことが容易で勇者時代の実績を背景に貴族社会に入り込んだ者もいると聞く。
「俺たちはバニシュに反対されても勇者になろうと思う」
彼らの望みと私の望み、その二つは乖離し私以外のメンバーの間では意思統一がなされていたようだった。
「バニシュはどうするんだ?」
私は決断を迫られた。
「俺は勇者にはならないよ」
勇者には、ならない。
否、成れないだろう。成ろうと思って成れるのなら世は勇者だらけだ。
相応しい人格、相応しい能力、相応しい実績、その上でソレらを認めてもらえる縁が必要だからだ。
その縁が、私には、俺たちにはないのだ。彼らもそれは分かっているはずだろう。だがそれでも彼らは行くと決めたのだろう。
「わかった。それじゃあこれからはそれぞれ別の道だ」
「俺はこのままここで仕事を続けるから、何かあったら声をかけてくれよ勇者様」
かくして、故郷の寒村より共に冒険者になった彼らとのパーティとしての関係は断たれたのだ。
方針の違いによるパーティの分割。離れたのは私一人。
いわば追放のようなものだ。
だが、それでも、私は彼らの明るい未来を願って、珍しく潰れるまで酒を飲み続けた。
【テンプレ追放ざまぁ】堅実さが売りの俺が追放されたら勇者パーティにスカウトされた件~今更やりなおしたいと言ってももう遅い~ なつうめ @notname3334
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