第19話『和室のポルタ―ガイスト、撃墜』

「モモちゃん! どうしたの!?」


 声と物音でヤバい状態だとすぐ判断した。そしてモモちゃんの返事がある前に、


『桃音! こっちだ!』


『お父さん!』


 モモちゃんのお父さんの声も聞こえて来た。夕方のやり取りを見た後だったので、私は嫌な予感が当たったと思った。


「もしかして、お父さんに乱暴されてる!?」


『違います!』


「え?」


『お化けが! お化けが出て——』


 そこまで聞こえた後、ブツンと通話が切れてしまった。私の方からかけ直すと『電波が届かない場所にいます』というアナウンスしか流れない。


「2人とも、聞こえた!?」


「ああ。急いで助けにいかないと!」


「ですが、なぜまた幽霊が? 剛一郎様が倒したはずでは……」


 ユウちゃんが首を傾げる。確かにそれは気になったけど、今はモモちゃんを助けないと!


「剛じい、お父さんは今何してる?」


「リビングで撮り溜めたドラマを見てるはずだが」


「それなら、今のうちに抜け出しましょう。バレたら確実に止められますからね」


「でもどうやって……」


 玄関から出入りすれば確実にバレるのでなんとか自室から出入りしたいが、ここは2階だ。


「そこは私にお任せを。奈鈴さんは早く準備を!」


「わ、分かった!」


 私は身支度をして懐中電灯を机から引っ張り出し、足音を殺して玄関まで靴を取りに行く。いつもの靴が無くなっているとバレるので、予備のスニーカーを持ってきた。


「では、こちらに腰掛けてください」


「……なるほどね」


 ベランダに続く大きな窓の外で、ユウちゃんが私の部屋の椅子に憑依した状態で待っていた。私がそれに座ると椅子は宙を浮き、庭まで私を運んでくれる。


「うむ、やはり凄いな」


「ホント便利だね。ありがとうユウちゃん」


「これくらい、お安い御用です」


 ユウちゃんは言いながら椅子を部屋に戻し行き、じばらくして本人だけ戻って来た。


「よし、行こう!」


 私は懐中電灯を点け、モモちゃんの家へ向かって駆け出した。私達が着くまでなんとか無事でいて……!




「ん、あれ江宮か? 何してるんだろ?」




 15分後、私達は再びモモちゃんの家にやって来た。途中でちょくちょく浮遊霊に襲われたが、剛じいが全部一撃で倒したので問題は無かった。


「モモちゃん! 大丈夫!?」


 玄関越しに呼びかけるが返事はない。あれから電話も繋がらないし、本格的にヤバそうだ。


「中から異様な気配が。前来たときには感じられなかったのですが」


「とにかく、中に入って確認するしかなかろう」


「でもどうやって入ろうか。鍵もかかって——」


 言いながら引き戸になっている玄関に手をかけると、少し動いた。


「あれ? かかってない」


「……尚更嫌な予感がするな。護衛は任せろ」


「よろしくね。それじゃあえっと、おじゃましまーす……」


 私は一応挨拶をしながら戸をゆっくり開けると、


「アハハハハハハハハハハハハハハ!」


 宙に浮いた日本人形が笑いながらお出迎えしてくれた。


「ぎゃあああああああああああ!」


 私は腰が抜けて座り込んでしまい、それを見てか日本人形が突撃してきた。このままぶつかる……こともなく、剛じいが片手で受け止める。


「手荒い出迎えご苦労。ここの主はいるかな?」


「アハハ! アハハハハ!」


「案内も出来ないようじゃ失格だ。消え失せろ」


 剛じいが人形を握り潰す。バラバラになって地面に落ち、笑い声も聞こえなくなった。


「奈鈴さん、大丈夫ですか?」


「う、うん平気……それよりそっちは?」


「手ごたえが無かったし、霊力で動いていただけだな。本体は別にいる」


「……やっぱり中を調べなきゃダメなのね」


 私は何とか立ち上がり、改めて家の中に入る。電気は点いておらず、スイッチを押しても反応しなかったので中は暗い。


「モ、モモちゃーん……どこー?」


 懐中電灯で辺りを見渡しながら声を掛けるが返事はない。仕方なく私達は家の中を進むが、すぐに違和感に気付いた。


「この家、こんなに広かったっけ?」


 結構歩いたはずなのに、廊下の突き当りに着かない。そもそも懐中電灯の光が届かない時点でおかしかった。夕方に来たときは全然目視できる広さだったのに。


「霊の仕業だな。空間を歪めるほどの力があるらしい」


「そんな強い霊を、なぜ私は見落として……」


 ガシャ。


 ユウちゃんが言いかけた時、廊下の奥から音が聞こえた。金属がこすれるような音だった。


「っ!?」


 ガシャ、ガシャ、ガシャ、ガシャ。


 一定のリズムで鳴り、次第に大きく、近くなっていく。それはまぎれもなく足音。


 生唾を飲み込み、私は音のする廊下の奥へ目を凝らす。体中の毛が逆立つが、それでも見ずにはいられない。


 そして暗闇から現れたのは、日本武将が着る甲冑一式だった。兜、面頬、鎧、籠手に脛当て、完全装備の状態だが肝心の着ている人物は見当たらない。


「いっ……!」


 私が思わず声を漏らした瞬間、


 ガシャガシャガシャガシャッ!!


 甲冑が走り出して迫って来た。


「うわあああっ!?」


「見かけに惑わされるな。人も霊も大事なのは中身だ!」


 私の前に迫った鎧を、剛じいが右ストレートで貫く。すると見た目の重量感に反して簡単に吹き飛び、バラバラと床に崩れて動かなくなった。


「さすが剛じい……」


「うーん……」


「あれ、どうしたの?」


「いや、これも手ごたえが無かった」


 言い終わった瞬間、近くの部屋の襖がバンッ! と開かれた。


「びゃあああ!?」


 尻餅をつきながら懐中電灯を向けるが、そこには誰もいない。うっすらと部屋の中の畳が見えるだけだった。


「ふん。お・も・て・な・し、でもしてくれるのか?」


「売られた喧嘩は買うべきですね。行きましょう」


 ビビる私とは対照的に2人はやる気に満ちている。頼もしいけど少しは警戒してほしい!


 なんとか腰を上げて中に入ると、そこは夕方にも来た居間だった。辺りを照らすがモモちゃんもご家族の姿は無い。


 代わりに、部屋に飾ってある小さな彫刻たちが揺れたかと思うと宙を舞い、私に向かって降ってきた。


「あわわわっ!」


「だから危ないと言っておろうが!」


 剛じいが全て殴り飛ばし、彫刻は襖や障子を突き破って消えていく。家がどんどんボロボロになっていくのでそっち方面でも心配だった。


「……このまま家ごと壊さないでよね?」


「おいおい、俺がそんなことするわけないだろう?」


 犬鳴村での記憶をどこに置いて来た! やろうと思えばできちゃうでしょ!


「お二人とも、後ろ!」


 ユウちゃんの言葉で我に帰り振り向くと、さっきバラバラにしたはずの日本甲冑が部屋の前に佇んでいた。


「わああっ!? 何で!?」


 悲鳴を上げる私にかまわず、甲冑は迫ってきた。武器らしいものは持っていないが、捕まったらどうなるか分からない。


「させません!」


 私が部屋の奥に逃げるのと同時に、ユウちゃんがちゃぶ台に包囲して甲冑に体当たりをした。甲冑は怯み、その一瞬の隙に剛じいが再び殴り飛ばしてバラバラにする。


「うーん、やっぱりこいつも遠隔操作で動いているだけか」


「玄関の人形や、さっきの彫刻と一緒ですね」


「ということは……」


 嫌な予感は的中し、殴り飛ばしたはずの彫刻が再び宙に浮いて戻ってきた。そして部屋の外からは、


「アハハ! アハハハハハハハハハ!」


 首だけになった日本人形が笑いながら現れた。


「ひいいいいいいいい!」


 その間に、バラバラになったはずの甲冑も宙に浮かんだと思ったら、再び元に戻って復活した。


「おいおい、全員野球でもするつもりか?」


「1人頭だけのがいるので、球役がお似合いですね」


「言ってる場合!?」


 直後、全ての空飛ぶ調度品たちが襲い掛かってくる。狭い部屋の中でこの数はさすがにマズいと思ったのか、


「本気で行くぞ! そぉい!!」


 剛じいが拳からの衝撃波で範囲攻撃を開始。まとめて全てを吹き飛ばしていく。そしてその間、私はユウちゃんが憑依するちゃぶ台の下で丸くなっていた。


「机の下に潜る……避難訓練を思い出しますね」


「訓練どころか危険度マックスなんだけど!?」


 ツッコミを入れて前を見ると、日本人形の頭がこっちを見ていた。


「アハハハハハハハ!」


「いいいい!? こっち来ないで!」


 私の声を無視してスーッと向かってくる日本人形の頭だったが、


「ふんっ!」


 ベキィッ!!


 ちゃぶ台の下に入られる前に、剛じいが拳で叩きつぶした。


「よし、一旦片付いたから外にでるぞ。多分キリがない」


 指示通りちゃぶ台から這い出し、私達は居間から出て廊下を駆ける。時折後ろから物音がしたり、それに向かって剛じいが拳を放っていたが見ないことにした。


「早く本体を見つけないとジリ貧ですね」


「それに、早くモモちゃんを探さないと」


「それはそうなんだが、さてどうしたもんか……」


 考えながら走っていると、急に目の前に例の甲冑が現れた。


「ええええ!? 何で!?」


「うらぁ!」


 剛じいがまた殴ってバラバラにする。でもまた復活するのは分かりきっているから時間稼ぎにしかならない。


「おかしいな、さっきまで俺達の後ろにいたはずなんだが」


「御二人とも、横を見てください」


 ユウちゃんが指さしたのは、開かれた襖と見覚えのある部屋。いつのまにか居間の前まで戻ってきていた。


「私達、まっすぐ走ってただけだよね?」


「つまり、このやけに長い廊下はしばらく進むと元の場所に戻されるみたいですね」


 犬鳴村に行くときに通ったトンネルも延々と繋がって出口に向かえなかったとこがあるけど、あれと同じようなものだろうか。


「どうしよう……これだと多分、玄関にも戻れないよね」


「ならいつも通り、この術を使っているやつを倒すに限るが……」


 問題はその霊がどこにいるかだ。私はユウちゃんに目配せでお願いしてみるけど、


「すみません、家中から気配を感じるので私の力では……」


 とのことなので、私は頭を抱えた。このままここで死ぬのはゴメンだけど、この家に詳しいわけじゃないから目星をつけるのも難しい。私が知ってるのはさっき入った居間とその隣のモモちゃん父の趣味部屋だけだ。



「……とりあえず、隣の部屋に入ってみる?」


「そうだな。おっと、その前に……」


 剛じいは言いながらバラバラになった甲冑をまとめて抱えた後、力いっぱい廊下の奥、暗闇の中へとぶん投げた。


「これで少しは時間稼ぎになるだろう」


「相変わらず力業!」


 軽く溜め息をつきながら、私は隣の部屋の襖を開けようとしたが、襖は壁にピッタリくっ付いたように動かなかった。


「あれ? 鍵かかってる?」


「南京錠のようなものも無いですし、それはないかと」


「なら原因は1つ、そして解決方法も1つだな!」


 何するつもりかと聞こうとした瞬間、剛じいが襖を殴った。襖はビシィッと嫌な音と共に部屋の中へ吹き飛び、バタンと倒れた。


「よし、原因が霊の力ならこの通り!」


よし、じゃない! だから人様の家を壊すな!


「オラァ! 文字通りの無限回廊作ってるふざけた奴はいるかぁ!?」


 剛じいがオラついて中に入って行くので、私は突っ込みをする間もなく後へと続く。


 中は思っていた以上に広く、壁には棚と、そこに置かれた骨董品がズラリ。こけしに刀にカラクリ人形、壺やお皿の陶磁器類など盛りだくさんだった。


 そして案の定、私が足を踏み入れた瞬間にそれらが一斉にこっちを向く。


「うわああああああ!」


 私は警戒して身を屈める。この数が一斉に襲ってきたら流石に防ぎきれない。もうダメだ! お終いだ!


「そんな小道具どもでこの俺を倒せると思っているのか?」


 刹那、剛じいが飛ばす衝撃波と、それによって粉々になる骨董品たちの大音量が響き始めた。


「防御はお任せ下さい。おあつらえ向きのものもありますし」


 そしてその間、砕けた破片が私に飛ばないよう、ユウちゃんが倒れた襖に憑依してそれを盾代わりにしてくれた。本当にありがとう。でも傷だらけになった襖、というか壊れた骨董品も含めてモモちゃんにどう説明しようかな!?


 そんなことを考えている間に、音が全く聞こえなくなった。ユウちゃんが襖をどかし、私は恐る恐る頭をあげると、


「ぐええええ……く、苦しい……!」


 戦い終えた剛じい……と、その右手で首を持ち上げられてもがいている男性老人の霊がいた。


「いつの間になんか捕まえてるー!?」


「おう、この箱だけ動かなかったからおかしいと思って、手をつ込んだら案の定だったぞ」


 見てみると、剛じいの透けた足の下に見覚えのある木箱が置いてある。夕方に見た、モモちゃんのお父さんが持っていた箱だった。


「さーて、色々吐いてもらおうか。ここの住民は? 何でこんなことした? 最後に言い残すことは?」


「か、勘弁してくれ……! 私は言われた通りにお前たちを閉じ込めただけで……!」


「言われた通り?」


 つまり、黒幕と言うか元凶は別にいるらしい。


「じゃあ誰に言われたのか、そいつはどこにいるのかも教えてくれるよなぁ?」


「ぐえええええ! しゃ、喋るから放し……!」


 力を込める剛じいに懇願するが、剛じいは笑顔で首を横に振った。絶対に逃がさないという鋼の意志を感じる。


「こ、この家にいた霊に脅されて仕方なく! 逆らえば霊力を全て奪うと言われて!」


「え……この家にいた?」


 思い浮かぶのは、物置小屋で除霊した落ち武者の霊。でもあれは剛じいが倒したはずだ。それなのに何故?


 私の疑問をよそに、老人の霊は続ける。


「や、ヤツは急に私の前に現れたから、居場所は分からん……」


「そうか……で、目的は?」


「た、多分あんただ!」


「「「は?」」」


 予想外の答えに3人同時に声が出た。


「強い霊がくるだろうから、無限回廊で閉じ込めて疲弊させろと! あんたのことだろう!?」


そう言い切って、老人の霊は剛じいをしっかりと指さした。


「狙いは……俺?」

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私の守護霊がクソ強マッチョマンだった件 青沢メイジ @meiji_aozawa

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