第18話『落ち武者、討ち取ったり!』
ガタガタガタガタ……。
外から聞こえてくる物音。モモちゃん曰く、これが物置小屋から聞こえてくる謎の音らしい。こういうのをポルターガイストって言うんだっけ?
「ほ、ホントにこれ、物置小屋から……?」
「は、はい。だ、誰もいないはずなのに……!」
待って、まだ慌てるような状況じゃない。ネコか何かが物置に入り込んでるだけの可能性も……。
「うっすらと嫌な気配が。幽霊絡みで間違いないでしょう」
ああもう、ユウちゃんの気配感知は頼りになるけど、淡い希望を粉砕してくるのは勘弁してほしいかな!
「ていうかユウちゃん、気配感知の能力戻ったの?」
「依然と比べて大分弱くなってしまいましたが、なんとか」
「先輩? 小声で何を——」
モモちゃんが言いかけた時、今度は玄関の方向からバンバンと大きな音がして私達は震えあがった。すぐに治まったが、直後にユウちゃんが様子を見に飛んで行く。
「……何もいませんでした」
早々に戻って来て首を横に振られ、生きてる動物のイタズラという線もほぼ無くなった。
「せ、先輩ぃ……!」
モモちゃんが涙を浮かべて私を見てくる。この状態で放置するのはあまりにも可哀想、というか危険すぎる。
「巫女さんを呼ぶ時間が惜しいな。奈鈴、行こう」
「……ちょっと様子見てくるから、モモちゃんはここで待ってて」
「えっ!? あ、危ないですよ!」
「大丈夫。見てくるだけだから」
「だ、ダメです! 先輩を危ない目に合わせるくらいなら、私が……!」
それじゃあ意味ないんだって。でもこうなるとモモちゃんは絶対自分で何とかしようとするし、何なら私が帰った後に一人で調べかねない。
「分かった、じゃあ一緒に行こう。何かあったらすぐ警察。それでいい?」
「わ、分かりました……」
なんとか説得し、私達は鍵を持って外へと出る。ユウちゃんの言う通り周囲に人も動物の影はない。そして、
ガタガタ…‥ガタガタガタ!
「こ、ここです……」
庭に建っている木造の小さな小屋。そこから今でも断続的に物音が聞こえてくる。
「……ゴクリ」
南京錠を外し、ギィーという音と共にゆっくり扉が開かれる。それと同時に物音も嘘のように消えた。
中に照明は無く、差し込むのは夕日の光のみ。広さは無くとも奥には届かず、薄暗くて気味が悪かった。
そして一番奥、物置の隅に真っ黒な縦長の箱が立てかけられていた。
「あ、あれです……あの中に……」
モモちゃんが指をさすが、霊視の私はそれがなくても分かる。あの箱はヤバい。
だって、なんか紫色のオーラがにじみ出てるんだもん。
「ほう、これはなかなか……」
剛じいはその箱を品定めするように見つめた後、
「そいやぁぁぁぁ!」
箱に向かって思いっきりパンチした。
(えぇぇー!? いきなり何してんの!?)
私の目玉が飛び出そうなのをよそに、剛じいの拳は箱をすり抜けて中まで届く。するとバキッという音がした。
「うむ、この手に限る」
(その手しか知らないでしょ!)
何でもかんでも初見で殴るな! それ一応人様のものなんだからね!?
「オォォォォ……! クチオシヤ……クチオシヤ……!」
心の中で叫んでいると、箱の中から霊が出て来た。ボロボロの甲冑と兜、そして腰に刀を着けた、いかにも落ち武者という風貌だ。
「チカラヲ……ケッチャクヲ!」
落ち武者の霊はそう叫ぶと鞘から刀を抜刀し、剛じいに斬りかかってきた。しかし、
「ふんっ」
振り落とされた刀身を剛じいは両手で受け止める。真剣白刃取りを生で見たのは初めてだ。
って、感心してる場合じゃない。戦いになるならモモちゃんを遠ざけないと!
「モ、モモちゃん。ここちょっと暗いし、懐中電灯持って来てくれる?」
「え? は、はい。分かりました」
「…………よし、ユウちゃんはモモちゃんの傍にいてあげてくれる?」
「お任せください」
物置小屋から2人が出ていくのを確認した後、私は剛じいに向かって言う。
「モモちゃんが戻ってくるまでがリミット! 行ける!?」
「当然!」
剛じいはニカッと笑った直後、刀を受け止めていた両手を派手に打ち上げた。刀を持ったままの落ち武者はそのままよろけ、胴体がガラ空きになる。
「ぶるあぁぁぁぁ!!」
そこめがけて、強烈な右フックが落ち武者を襲った。
「ウグェッ!」
「脇が甘い!」
「それ言いたいだけでは!?」
私がツッコミを入れている間に2発、3発と拳が落ち武者に入る。それでもまだ形を保っており、刀で剛じいを斬ろうとしてきた。
「うむ、なかなか根性があるな。先制攻撃で霊力を奪っていなかったら互角だったかもしれん」
「あれってナイス判断だったんだ。とりあえず殴っとくか的なノリかと」
「いや、とりあえず殴っただけだが?」
「おいっ!」
私の感心を利子付きで返して欲しい。
「ともかく、今のお前に負ける俺ではないぞ!」
「グゥ!」
それでもめげずに挑んでくる落ち武者。それを見て最後まで戦おうと言う姿勢は武者らしいと少し感心してしまう自分がいた。怨霊に感心してどうすんのよ!
「オノレ! ツギガサイゴダ!」
「次なんぞねぇ!」
落ち武者が構え直す前に、剛じいのパンチがみぞおちに炸裂する。その威力は絶大で、鎧を砕きながら霊体にめり込んだ。
「グアアァァァァ!」
中央に風穴が開いた落ち武者は苦しむ様子を見せた後、穴が広がるように消滅していった。
「完 全 撃 破」
にっこり笑顔でマッスルポーズを決める剛じいを無視していると、モモちゃんが懐中電灯を持って帰って来た。
「お、お待たせいたしました……」
「うん、ありがとう。それじゃあ借りるね」
「本当に大丈夫ですか?」
「まあ、多分?」
私は明かりをつけて再び箱を見る。落ち武者を倒したからか、もう箱からオーラは出ていなかった。
「もう嫌な気配は感じませんね。大丈夫かと」
一緒に帰って来たユウちゃんからお墨付きをもらい、私は箱をゆっくり手に取って開ける。中からは出て来たのはボロボロのお札が貼られた木箱。そして更にその中に、鞘に収まった古い刀が……。
「……あ」
「いや、こんなことある?」
刀は鞘ごと真っ二つに折れていた。もしかしてこれ剛じいが殴ったせい? 霊が取り憑いてるときは物理的に殴れるみたいだし……。
「だ、大分古いものみたいですね……倉庫の整理中に折れたのかもしれません」
うん、そういうことにしておいて。本当のこと言えないし。
「そ、それで……何か分かりますか?」
「いや……分かんないよ。そもそも私、そういうのに詳しくないし」
「奈鈴、憑いてた霊は完全に消したから返しても大丈夫だぞ」
(了解。ありがとう剛じい)
私は目配せで返した後、
「まあ、多分大丈夫だと思うよ。それでも不安っていうなら、今度例の巫女さんを呼んであげるから」
「は、はぁ……ありがとうございます」
モモちゃんは半信半疑で箱を受け取る。気持ちは分かるけど、一部始終を見ていた私が問題ないと保障するよ。口では言えないけどね。
「で、ではしばらく様子を見て……」
「おい! そこで何をしているっ!」
急に大きな声が聞こえ、私達はビクッとして出入り口を見る。そこにはスーツ姿の中年男性が立っていた。皮のバッグを腕にかけ、両手で大きな木箱を持っていた。
「お、お父さん……おかえりなさい」
「何をしていると聞いているんだ!」
ズカズカと音を立てながら物置小屋に入ってくるお父さんに、モモちゃんは縮こまっていた。よく見ると足も震えている。
「こ……これをその、先輩に見てもらおうと……っ!」
「……君がその先輩かな?」
「は、はい! 江宮奈鈴です。初めまして」
「江宮さん……そうか、君が噂の」
私の噂、もう学校を飛び出してるのか。泣きそう。
「つまり、お前は江宮さんに例の相談をしていたと?」
「う、うん……」
「くだらんことで迷惑をかけるんじゃない!」
再び声を張り上げられ、私達はまたビクッとなった。
「幽霊? そんなものいるわけないだろう! そんなのを気にしている暇があったら勉強しろ!」
「うう……」
「……この度は、ウチの娘がご迷惑をおかけしました。戯言ですので、どうぞ気にせず」
「い、いえ。迷惑だなんてそんな……」
「……事件の話は聞いている。日も暮れてきたし、お父さんが心配するからもう帰りなさい」
深々と頭を下げるモモちゃんのお父さん。大人として真っ当な対応なんだけど、モモちゃんへの当たりを見た後だとちょっとモヤッとした。
「……そうします。モモちゃん、またね」
「は、はい。ありがとうございました……」
これ以上首を突っ込むのも悪手だと思い、私は言われた通り帰ることにした。
でも、このまま帰るのも後味が悪かったので、
「モモちゃん、明日部活のことで話したいことあるし、昼休み会える?」
「は、はい。大丈夫です」
「ありがとう。それじゃあまた明日!」
何かあったらフォローできる時間を確保してから帰路についた。
その日の夜。
「……大丈夫かな」
私は自室で宿題をしていたが、モモちゃんのことが気になって身が入らなかった。問題の内容が頭に入って来ない。
「刀に憑いていた霊は倒したのでしょう? それなら実害はないのでは?」
「そっちじゃなくてさ……」
「……家庭環境の方か」
剛じいの言う通り、私はそっちが心配だった。題材が幽霊な上に、私の現状も相まってモモちゃんのお父さんがああ言うのは分かる。でも、
(あの怯えっぷりがなぁ……)
怒られた瞬間のあの様子、特に足が震えるなんて普通じゃない。よっぽど怖い思いを今までしてきたんじゃないだろうか。
「まあ、真一とは全然違うタイプではあるな」
「私のお父さんと比べるのもどうかと思うけど‥…」
親に怒られた経験は私にも当然あるけど、あれとはこう……何か違う気がする。
「はぁ……大丈夫かなぁ」
「ああもう、そんなに気になるのであれば電話をすればいいじゃないですか!」
「だな。話を聞くだけならわざわざ明日まで待つこともあるまい」
他人の家事情を聞くのもどうかと思っていたけど、2人に促されて決心がついた私はスマートフォンを手に取った。モモちゃんの番号を出し、通話をかける。
(とりあえず、今日の様子を聞くていで話を始めようかな)
そんなことを考えながらコールを鳴らす。しかしなかなかモモちゃんは出なかった。
(夕飯中? それともお風呂かな?)
かけ直そうかと思った矢先、通話が繋がった。私はホッとして口を開く。
「モモちゃん? 急にゴメ——」
『先輩! 助けて! 助けてっ!!』
聞こえてきたのは、モモちゃんの悲鳴。そしてガシャンという大きな物音だった。
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