第17話『奈鈴は静かに暮らしたい』

『A市の名物巫女、40年越しの事件を解決』


 ネットニュースのトップに大きく貼られた文言とURL。改めてそれを見た私は複雑な気分になる。


「はぁ……」


 数日前、林の中で起きた怨霊との戦い。それを知る人は当事者以外いないが、周辺情報についてはマスコミが全て教えてくれた。


 見つかった白骨死体の他、周辺の調査で女性の遺体が遺棄されていることが分かった。DNA鑑定の結果、白骨死体は指川さんの息子さん、女性の方は当時付き合っていた方で、2人とも今まで行方不明扱いだったという。


「上手くいってなかったんだろうな。で、もつれた結果があれと」


「あの辺は指川さんの土地でしたし、そこに埋めればバレないと思ったのでしょうね」


 警察は遺体の状況からして、息子さんが女性を殺害して遺棄した後、足を踏み外して坂を落下。その際に首の骨を折って死亡したという見解を示している。


「自分の遺体を発見されれば、当然周囲も調べられる。それで彼女の遺体を発見されるのが嫌だったのでしょう」


「そのために分霊やら取り憑きやら電波妨害やらで邪魔してきたと。外道め」


 だから男の怨霊は何度も『あれは俺のものだ』って叫んでたってわけだ。独占欲もここまで来ると呪いだね。


「まあ経緯はどうであれ怨霊は消え、表向きにも事件解決となったのです。これで良しとしましょう」


(全然良くない!!)


 私は大声で反論したかったが、周りの目があるため無理やり飲み込む。今は自分の状況を何とかしないといけない。


 警察が現場を調査すれば当然、足跡や髪の毛といった色々私が奔走した形跡が見つかるわけで。そしてそのことについて事情聴取もされたわけで。


もちろん、親や学校にも連絡されるわけで。そして噂が広がるのも早いわけで……。


「ねえねえ、実際に死体って見たの?」


「う、ううん。全部巫女さんがやってくれてたから……」


「この巫女さん美人だよなぁ。なあ江宮、連絡先知らないか?」


「ご、ごめん知らない……(本当は交換したから知ってるけど)」


 こんな感じで質問攻めを学校で喰らい続けている。今まで家に停まったパトカーのおかげで『何か捕まるようなことしたの?』と噂されていたが、事件のニュースが出たことで別ベクトルで注目されていた。


(まあ、犯罪者扱いされるよりはいいけどさ……)


 正直に話さないともっとややこしくなるため、親や警察、先生やクラスメイトたちの質問には全て答るしかない。ニュースには『同行者』とだけ書かれて私個人のことは載ってないが、地元では私のことだと言うしかなかった。


もっとも、幽霊に関することは話せないため『パスタが美味しいと噂の喫茶店(ひなた)に行ったが帰りのバスに乗り遅れ、たまたま居合わせた巫女さんに送ってもらう途中で事件に巻き込まれた』って内容だけど。


 ただ、それよりも大きな問題が2つある。1つは親に心配されてしばらくは大人しくしなきゃいけないこと。そしてもう1つは、


「幽霊って本当にいるんかなぁ?」


「ただの偶然だろ。お前信じてるのかよ?」


「だって第1発見者が原因不明の気絶だろ? ありえるか普通?」


「ま、本当にいたとしても江宮がなんとかしてくれるだろ」


「だから何で私!?」


 取り憑かれていた大学生2人の証言もばっちりニュースに載っていたため、幽霊の有無に関しての話題が広まっていた。


そして『巫女の同行者』だった私に対しても、噂に尾ひれがついた結果『巫女見習い』という目で一部見られているらしい。成り行きで鏡花さんの手伝いをしたことまで話したのは失敗だった。


「私関係ないから! 幽霊とか絶対無理! 怖い! 関わりたくない!」


「おおう、耳が痛いなぁ…‥」


「そこまで力強く否定されるとくるものがありますね。ご迷惑をかけている自覚はありますが……」


 後ろのリアル幽霊2人! ちょっと黙っててくれないかな!


「おーい皆、それぐらいにしといてくれ。こいつ怖い話とかダメなタイプだから」


 いいところで陽介が割って入って来てくれた。朝から今までずっとこの調子だったからありがたい。


「お、ボディーガード様の参上か」


「へいへい、邪魔者は退散しますよーっと」


 鶴の一声であっという間にギャラリーが解散する。しかも嫌な顔一つせずだから陽介の人望の高さがうかがえた。うーんこのパーフェクトヒューマン……。


「大丈夫か? 巻き込まれて色々辛かったろ。疲れた時はすぐ言ってくれよな」


 疲れたと言うより憑かれてるけど、その言葉が五臓六腑に染み渡る。


「うん、ありがとう。大丈夫だよ」


「……本当に何かあったら相談しろよ?」


「分かってるって。それより……」


 さっきから陽介が持ってる本が気になって仕方が無かった。ブックカバーが付いているから教科書じゃないっぽい。


「ああ、これバイクの教本。免許取ろうと思って」


「え、何で急に?」


「あったら便利だから。休みの日とかは遠出したいし」


 それには一理ある。ここら辺、遊ぶ場所あんまりないからね……。


「お前ら席に着け。午後の授業始めるぞ」


もっと色々話したかったけど、先生が教室に入って来た。陽介もクラスメイト達も席へと戻っていく。


(はぁ、表向きだけでも静かに過ごしたいんだけどなぁ……)


 改めて今までを思い出し、私は大きく溜め息をつく。まずはこの一日がこれ以上騒がしくならないよう願った。




「あ、あの、江宮先輩ってお化けとかに詳しいんですか? 実は相談したいことが……」


 ダメだ、やっぱり静かに過ごすのは無理っぽい。


 放課後、週2回ある部活動のために私達は視聴覚室に集まっていた。ここで各々の活動状況や撮った写真の発表を行うことになっている。


 そこで開口一番に後輩の白川桃音(しらかわ ももね)、通称モモちゃんからそんなことを言われる。赤縁眼鏡の奥から見上げられる視線は可愛いものだが、今それをされてもかなり困る。


「モモちゃん? どんな話を聞いたか想像つくけど、それ嘘だから」


「あうっ、すみません……!」


「ああ、僕もその噂は聞いたよ。神社の巫女さんに修行を付けてもらってるとか何とか」


 同席している新井田康史(あらいだ こうじ)部長も話に乗っかってくる。もう全学年に噂は広まっているらしい。最悪……。


「部長まで……それ信じてます?」


「まさか。君はそういう柄じゃないだろう?」


 眼鏡を拭きながら興味なさそうに言う部長。よく分かってくれていて助かる。


「ご、ごめんなさい。適当な噂を信じてご迷惑を……!」


「ううん、モモちゃんが悪いんじゃないんだし」


 そんな世界の終わりみたいな顔をされるとこっちが心配になるから、本当に気にしないで欲しい。


「それにしても、白川さんが相談っていうのは珍しいね。何かあったのかい?」


「確かに。噂は嘘だけど、何か悩んでるなら話してみて?」


「えっと、実は——」


 そこまで言いかけた時、出入口のドアがバンッと開いた。全員がビクッとして振り向くと、飯島さんがズカズカと入って来た。


「い、飯島さん? 体調不良じゃ……」


「うるせぇ」


 面食らう私に飯島さんは一言だけ返すと、棚の中から撮影用の照明を数個引っ張り出す。


「ああちょっと! 持ち出すなら書類に種類と個数を書いて——」


「急ぎなんだよ! ちゃんと返すって!」


 部長の制止を聞かず、機材を持ち出してそのまま出て行ってしまった。後には呆然とする私達3人が残る。


「……はぁ、困るなぁ。あれ結構高くて良いやつなのに」


 流石の部長も飯島さんには手も足も出ないらしい。先輩らしくビシッと注意してほしいのが本音だけど、私が言えたことじゃなかった。


「あ、あの……持っていかれた照明、種類も数も覚えましたので、後で私が書いておきます……」


 え、あの一瞬で? モモちゃん優秀すぎ。


「頼むよ……まったく、彼女はいつも何を考えてるか分からん」


「多分誰にも分からないですよ」


「そうだな。せめて活動報告をしてくれれば、写真を通じて何か分かるかもしれないのに……」


「あ、それで思い出しましたが、今回良い写真が撮れたんです。活動報告を始めても?」


「あ? ああ。勿論」


 変な空気になったので、ちょっと強引だったが私は無理やり部活を開始させた。モモちゃんの話は後でゆっくり聞くことにする。なお、


「うむ、良く撮れているな。良い写真だ」


「しかし奥が少し暗くて見辛いですね。光源があればもっと良い写真が撮れるかと」


 同席した幽霊2人の茶々入れで、私だけ少し集中できなかった。今回のバラの写真、結構上手く撮れたと思ってたのに!





 そして部活が終わり、日も大分傾いてきた頃、


「すみません、急にお呼びしたのに粗茶しか出せず……」


「いやいや、こっちこそ急にお邪魔してゴメンね」


 例の相談事をしたいということで、私はモモちゃんの家に招待されていた。


私の家とは違い玄関に日本人形、襖で仕切られた部屋、居間には掛け軸やどこかの民芸品、木製彫刻がズラリと超和風な一軒家で新鮮だった。畳や座布団の感触も心地良い。隣の角部屋は父親の趣味部屋らしく、沢山の骨董品が保存されているとのことだ。


「私の家は良くも悪くも普通だから、こういう家ってちょっと憧れるかも」


「ありがとうございます。父が和風好きで、最近リフォームしてこうなりました。置物類も買ったばかりのものが多いですし」


 そういう資金があるっていう点でも羨ましい。もちろん口には出さないけどね。


「それで話を戻すけど、何に悩んでるの? あの口ぶりだと心霊関係っぽいけど」


 基本的に勉強も部活動も優秀な彼女だ。大体のことは自分で何とかしてしまう。そんな彼女が悩んでいるなら例え幽霊絡みでも先輩として力になってあげたい。


「は、はい。も、もしよろしければ例の神社の方に連絡が取れればお願いしたいと……」


「鏡花さん……鏡鳴神社に?」


 あそこはネットに公式ホームページがある。そこに電話番号も記載されているはずだ。なのに何故私を経由する必要が?


「い、いつも通話中で繋がらず……」


「それで私なら何とか連絡できないかと?」


「い、いえ……その、噂通り『そういうの』に詳しいのなら、先輩ご本人にお願いしようかと……」


 あー、モモちゃんも私が巫女見習いだって勘違いしてたっけ。


「一体何をお願いするつもりだったの?」


「じょ、除霊的な何か……?」


 何かって何? っていうか、幽霊出るのこの家? マジ?


「ほう、きな臭くなってきたな」


「事件の匂いがしますね。今度はどのような霊でしょうか」


 修正、既に2人幽霊出てたわ。


「そ、外に物置小屋やあるんですけど、そこの整理をしてた時に、その……古い日本刀が出てきまして」


「日本刀!?」


「その日から、誰もいないはずなのに物置小屋から音がしたり、玄関のドアがバンバン叩かれたりで……!」


 そこまで言うとモモちゃんは縮こまってしまった。確かに幽霊絡みっぽいし、物が物なだけに専門家に依頼したいのも分かる。


「でも何で私……いや鏡鳴神社に? 御祓いの依頼なら他の人でも……」


「いえ、あの……信用できないところにそういう依頼をするのは、ちょっとまだ抵抗が……」


 いるかどうかも分からない幽霊の退治にお金を払うのは、それだけでも勇気がいるよね。分かる。


「ちょっと待ってね……」


 私はスマートフォンを取り出すと、電話帳から鏡花さんの欄を出す。神社公式の番号ではなく、鏡花さん私用の番号をあらかじめ教えてもらっていた。


「あ、連絡先知ってること内緒ね? また変な噂流れるの嫌だし」


「も、もちろんです!」


 それを聞いて私が電話をかけようとしたとき、


 ガタガタ……ガタガタガタガタッ。


 外、それもこの家の近くから音が聞こえてきた。


「……もしかして、今の?」


「は、はい……!」


 モモちゃんが顔を青くして震えはじめ、私の頬にも冷汗が流れる。


 ついに学生生活の中でも幽霊が関わり始めてきた。私の静かな暮らしが戻ってくるのは、どうやら当分先らしい。


 ……泣きそう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る