第16話『独占欲の化身、粉砕』

「あァあああアあああアアアアア!」


 鏡花さんが祈祷を始めると、男は気を失ったまま寄声を上げる。そして体を何度もビクンビクンと跳ねさせた。そして、


「クソムシドモガァァァァ!」


 男の体の中から、ジャケット姿の男の霊が現れる。恨み言を叫んでいたが、お構いなしに剛じいがその頭を掴む形で捕まえた。


「クソはお前だこの野郎。危ないことしやがって」


「グゥ……!」


 男の霊はバタつくが、圧倒的な体格差で無意味に終わった。一通り様子を見たところで剛じいが尋問に入る。


「お前は何なんだ。何が目的だ?」


「ウルセェクソムシィ! アレハオレノモノダ!」


「は? 何を言っている?」


「チカヅクヤツハ、ユルサネェ!」


「この近くに何かあるのか?」


 会話にならず首を傾げる剛じい。そこで私はさっき見たことを伝える。


「そ、その霊、この人の息子さんにそっくりなの! 何か関係あるかも……!」


「……?」


 指川さんも私の言葉に反応して不思議がる。変な目で見られるのは嫌だったが、今はなりふり構ってられないので我慢した。


「おいお前、あの人の知り合いか?」


 剛じいが腕を動かして霊の視界に指川さんを無理やり入れる。すると、


「クソアマァ! ヨケイナコトヲスルナァァ!」


 クソアマ。それは息子さんが家出する際、指川さんが浴びせられた罵倒と同じ。見た目もそっくりだし、本人の霊と見てもいいだろう。


「ジャマスルナ! コロス! コロスコロスコロスコロス!」


「……潮時だな」


 再び激しく暴れはじめたため、剛じいは掴んでいた手に力を込めてそのまま握り潰した。男の霊は跡形もなく消えたが、剛じいの顔は険しいままだった。


「……まだ手ごたえが薄いな。今のも分霊らしい」


「じゃあ、まだ本体がどこかにいるのね」


「ううっ……ここは……?」


 分析している途中で男性が目を覚ました。けど体を起こす体力はないらしく、首だけを弱々しく動かしている。


「大丈夫、私が助けるから心配しないで」


「え……巫女? 何で?」


 うん、何も覚えてないパターンならその反応は正しい。


「病院に送りたいところだけど、その前に一つだけいいかしら?」


「な、何……?」


「気を失う前、何があったの?」


「えーっと……大学の研究で、同僚と昆虫採取に来て……途中で、白骨死体を見つけて……その後はよく覚えてない……」


「なるほどね……ありがとう。後は任せて。同僚さんも既に保護済みよ」


 それを聞くと、男性はフゥーっと息を吐いた後に再び気を失った。安心して気が抜けたように見えた。


「白骨死体なら私たちも見たわ。奈鈴ちゃんが坂の下で見つけたアレよ。散らばってたやつ」


「えっ」


「茶色い布は、劣化した服の残骸だったわ」


「うげ……」


 近くで見なくて良かったと心底思った。


「最初に助けを求めてきた女性が言っていた死体はアレだったんですね」


「それを見つけて通報しようとしたら、この男が変になったとも言っていたな」


「で、変になった原因はそいつの霊が取り憑いてたからよね。つまり……」


「……自分の死体を、見つけてほしくなかった?」


 意味が分からない。こんな林で誰にも気づかれず死んだら、私だったら見つけて欲しくて助けを求めるけど。


「……ん? 助けを求める?」


「あ、あんたら、さっきから何を……」


 私が言いかけたとき、指川さんが呻くように聞いた。そうだ、今は悠長に考えてる場合じゃない。


「ど、どうしよう。病院に連絡もできないし……!」


「霊の妨害のせいで電波が届かないなら、この林から出るか、霊を倒すしかないか」


「車がこの状態じゃ、ここから出るよりも元凶を倒す方が早そうね」


 そう言うと鏡花さんは左手に巻いていたお札を剥がし、それを折り紙のように折り始めた。


「それは?」


「まあ見てなさいって。それより、またお願いすることになるけどいい?」


「な、何をです?」


「霊の退治。私はこの人たちを守りながら、なんとか車を動かせるように頑張ってみる。だから元凶の霊の方は任せたいんだけど……」


 確かに役割分担したほうが良いかもしれない。でも霊だらけのこの林を歩くのは正直怖い。


「筋肉が自慢の守護霊さん、貴方的にはどう?」


「俺としては、負ける気はせんが……」


 珍しく剛じいの歯切れが悪い。いつもなら自信満々に承諾して私を急かすくらいなのに。


「奈鈴がその、怪我しないかどうか……」


 そういってチラリと私を申し訳なさそうに見た。もしかして、さっき車で事故りかけてことを気にしてる……?


「……そうね、立場的に私がお願いしちゃダメだよね。ごめんなさい。霊の退治は私が——」


「ま、待って! わ、私たちが行きます!」


 思わず声が出た。鏡花さんも剛じいも、そして私自身も驚いた。


「こ、怖くないのか? ここは巫女さんに任せて……」


「だ、大丈夫! お、女は度胸! 怖がってちゃだめ!  それに剛じいがいるし!」


 ユウちゃんの口癖をマネて、私は精一杯の虚勢を張る。今はそうしなくちゃいけないと思った。剛じいのためにも。


「奈鈴……」


「そう、じゃあお願いするわね」


 鏡花さんは深く追求せず、そのまま作業を終わらせた。できたのはお札でできた折り鶴だった。


それを持って少し瞑想した後、軽く放り投げる。すると本物の鶴ように羽ばたいて宙を舞った。


「すごっ!?」


「この子が白骨死体の場所まで案内してくれるわ。何か手がかりがあるとすればあの近くでしょ」


 え、結局死体見ることになるの、と言いかけたけどグッと我慢して飲み込んだ。


「わ、分かりました! 後はお願いします!」


 私は車から降りると、飛んで行く折り鶴を追いかけて林の奥へと入って行く。気が変わらないうちに勢いで進むことにした。


「剛じい。頼りにしてるんだから、よろしくお願いね」


「……任せろ! 霊なんぞ俺が倒しつくしてやる!」


「じゃあ私も一緒に。手を出された借りは返さないと」


 剛じいとユウちゃんも私に続く。大丈夫、この2人がいれば生きて帰れるんだ。そう信じていれば何とかなる。


 それに、これで剛じいが自信を取り戻してくれるならそれで良い。




 奈鈴達が林に入って見えなくなったのを確認すると、鏡花は気絶している男性を抱えて車の後部座席に放り込んだ。


「すみません、地面に置いとくのは可哀想なのでここで寝かせといてください」


「ま、また暴れたりしないか?」


「大丈夫ですよ、しっかり除霊したので」


「さっきの会話といい、飛ぶ折り鶴といい、あんたたち一体何者なんだ……?」


「通りすがりのゴーストバスターです」


鏡花はそれだけ言うとドアを閉め、右手に巻いていたお札を剥がして車に張り付けた。そして、


「私も頑張らないとね。女は度胸!」


 御祓い棒を構え、新たにやって来た男の分霊達へと向かって行った。




 鏡花さんの折り鶴を頼りに、私達は例の白骨死体の場所まで戻って来た。ボロボロになった衣服に別のお札が張られており、折り鶴はその上に降り立った後ピタリと動かなくなった。


「便利なもんだ……あの巫女さん、やっぱり凄いな」


 私もこんなの漫画の中でしか見たことがない。幽霊に関してもまだ知らないことだらけだけど、鏡花さんに関しても色々知りたいと思った。


「おっと、感心してる場合じゃないな。ユウちゃん、何か感じるか?」


「ごめんなさい、まだ分からない……」


 ユウちゃんの気配を探る力が弱まっている話は道中で聞いたけど、やっぱりまだそのままみたいだ。敵がどこから来るのか分からないのは正直怖い。


「……それよりユウちゃん、なんか雰囲気変わった?」


「え? そう? 私的には普段通りなんですが」


「お喋りはそこまで。お出ましだぞ!」


 剛じいの視線の先から分霊がワラワラと迫って来た。やっぱり同じ顔がいくつも迫ってくる光景は気味が悪い。


「その顔はもう見飽きたわっ!」


 その気持ちを見透かしたように、剛じいが拳の衝撃波で消し飛ばしていく。やっぱり戦いにおいては頼りになるね。


「全滅……はさせずに、よっと!」


「アガァ!?」


 最後に残った1体を、剛じいが片手で捕まえて持ち上げる。男の霊はジタバタと抵抗するが無意味だった。


「ハナセェェェェ!」


「やなこった。ところで、お前が隠してるものの場所はこっちかな?」


 そう言って剛じいが、霊がやって来た方向を指さす。え? 隠してるものってどういうこと?


「男に取りついてた分霊が、あれは俺のものだ、近づくやつは許さんって言ってたろ?」


「そういえばそうだったね」


 ってことは、霊になってまで守りたいものがこの先にあるのか。


「チガウゥゥゥゥ! ソッチジャナイィィィィ!」


「よし、こっちだな! 答え合わせありがとよっ!」


 剛じいが笑顔で霊を握りつぶすと、霊が否定した方向へと進んでいく。私達もお札を回収しつつその後を追った。


「いやぁ単純なヤツでよかった。おかげで行き先が分かったぞ」


「あ、あまのじゃく……」


 道中、次々に現れる男の分霊を殴り飛ばしながら林の奥へと進む。上り坂を越え、獣道を横切り、草をかき分けていくと、木々の開けた広い場所へと出た。そして、


「クソムシガァァァァァ!!」


 ジャケット姿の男の怨霊がいた。ただ、今まで見てきた分霊と違って一回り大きく、周囲に黒い霧のようなものをまとっている。


「チカヅクナァ!」


「そう言われると近づきたくなるよなぁ?」


「やっぱりあまのじゃく……」


「でも何を隠してるかは知りたくないか?」


「それは正直知りたい」


「奈鈴さんは素直だ……」


「ウセロォォォォ!!」


 男の怨霊が吠えると、黒い靄の中から同じ顔をした分霊が現れて向かってくる。細胞分裂みたいで気持ち悪かった。


「同じことしかできんのかお前はぁ!」


 これまでと同じ要領で分霊達を消し飛ばし、そのまま本体へ接近して腹パンをかます剛じい。怨霊は苦悶の表情を見せながら吹き飛んだ。


「って、剛じいも基本殴るだけじゃない?」


「しっ! そのツッコミは野暮……って、後ろ!」


 振り返ると、男の分霊が数体こちらに向かってきていた。林の中にいたのが戻って来たのだろうか。


「おっと、そうはさせんぞ!」


 剛じいが戻って私を庇うように仁王立ちするが、分霊達はそれを無視して本体へと戻っていき、黒い霧の中へ姿を消した。


「アアアァァ!」


 そして、先程まで倒れていた本体が起き上がって再び向かってくる。もしかして吸収して回復した?


「なるほど、それならお前が消えるまで殴るの止めないっ!」


 今度は連続パンチで本体をボコボコにする。しかしすぐ林の中から分霊が現れ、本体に吸収されていった。


「時間がないのに……!」


 指川さんを病院に連れて行きたいので、長々と戦う訳にはいかない。何か効果的な方法は……。


「そうだ! お札!」


 さっき回収した鏡花さんのお札。折り鶴のほうはともかく、目印として置いてあったほうは綺麗なままだから使えるかもしれない。


「でも、大丈夫かな!?」


 良い結果になるのか、霊に張り付けられるのか、そもそも私が使っても効果があるのか、いろんな不安が私の足を重くする。でも、


「私も手伝う。女は度胸!」


 ユウちゃんが私の肩に手を乗せる。重さは感じられないけど、強い気持ちは伝わった。


 改めて前を見る。そこには真剣な表情で戦う剛じいの姿。


『奈鈴がその、怪我しないかどうか……』


 元はと言えば、霊視になったのは私のせい。その尻拭いをしようと剛じいが頑張っている。私のせいで、家族が戦って、傷ついて、さっきは悲しんだ。


 それなのに、私がいつまでも弱気になってるわけにはいかない。


「よし……剛じーい!」


 私がお札を掲げて叫ぶ。剛じいがそれに気づくと一瞬顔を歪めるも、分かったと返してくれた。


「……うわあああああ!」


 私は雄叫びを上げながら駆け出す。右手にお札を握りしめ、目指すは怨霊の顔。鏡花さんと同じようにやることだけを考えた。


「チカヅクナァァァ!」


「こっちの台詞だぁ!」


 怨霊を剛じいが叩き潰して地面に沈ませ、直後に生まれた分霊を殴り消す。しかし1体だけ拳が届かずに私へ向かってきた。


「ユウナターックル!!」


 そこへユウちゃんが飛び出して渾身の体当たり。みぞおちに命中した分霊は剛じいの近くまで吹き飛び、そのまま剛じいに処理された。


「いい特攻だ!」


「さあ今のうちに!」


 再び前を向くと、剛じいが怨霊を地面に押さえつけていた。その顔めがけて私は突っ込む。


「アアァァァァ!」


「行かせないっ!」


 林からまた分霊が迫ってきたが、ユウちゃんがその頭にしがみついて動きを止める。


「えぇぇぇーいっ!!」


 本体の顔にお札を叩きつける。すり抜けるかもと思ったけど無事張り付いた。


「アガァァァァァァァァ!」


 明らかに苦しんでいる男の怨霊を見て効いたと実感し、私はその場に座り込んだ。


「奈鈴さん! 大丈夫ですか!?」


「大丈夫、ちょっと腰抜けただけ……そっちは?」


「分霊は消えてしまいました。あのお札の効果かと」


「アアアァァ! クソムシドモガァァァァ!」


 罵倒が聞こえ、私達は再び怨霊の本体を見据える。周囲にまとっていた黒い霧のようなものが消えており、新しく分霊を出す様子も無かった。


「これで終わりだ。何か言い残すことはあるか?」


「アレハ! アイツハオレノダ! オレノモノダ! ダレニモワタサン!」


 分霊と同じようなことを本体も繰り返している。何か隠していること以外私には分からなかったが、


「……なるほど、そういうことか」


 剛じいは何かを察し、顔が険しくなった。


「外道! 覚悟しろ!!」


 怨霊を軽く放り投げた後、掌底打ちと正拳突き、アッパーカットを組み合わせた連続攻撃。そして膝蹴りで軽く飛ばした後、最後に背中を叩きつけるような体当たりを放った。


「アァァァァァ……!」


 怨霊は林の中へ吹き飛びつつ、その体を霧散させて消滅する。剛じいはそれを見届けた後、


「来世で単細胞生物にでもなるんだな」


 そう言って構えを解いた。それを見て私も肩の力が抜ける。


「はぁ、終わった……んだよね?」


「ああ、これで……お、出たな」


「え?」


「な、奈鈴さん。後ろ……」


 振り返ると、そこに女性が立っていた。背丈や雰囲気から私と同い年くらいだろうか。でも足元が透けていて、霊だと分かる。


「な……何!?」


 困惑している私に女性の霊は軽くほほ笑む。そして、


「アリガトウ……」


 それだけ言い、ゆっくり消えて行った。

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