おはよう、私の、
「おはよう、かりんちゃん」
隣でもぞもぞ動いて、ゆっくりと目をあけた彼女の額にキスをした。我ながら甘ったるい、しまりのない声だなあと思うが、致し方ない。だって昨晩、彼女は彼女、シーはラバーになったのだから。
じっとりと睨めつけてくる彼女は、怒っているわけではない。照れているのだ。その証拠に布団で隠していた口元を暴けば、少し緩んでいて、頬は真っ赤だ。
「よく眠れた?」
「……おかげさまで」
肩口に額をぐりぐり押し付けられ、平然とした表情のまま頭を撫でた。心中、トキメキと可愛さに悶え苦しんでいるなど、彼女には気づかれないように。
先日、かりんちゃんが過去に辛い経験をして、それに今も苛まれていることを知ってから、ずっと考えていた。
どうすれば、彼女の傷を癒してあげられるのか、笑顔にしてあげられるのか。そんなことばかりを考えていた時にはた、と気づいたのだ。
「いや、どの立場で!?」
そう、私とかりんちゃんは現状、ルームメイト以上恋人未満。オブラートに包まずにいえばセフレなのだ。
たぶんかりんちゃんは私のことを好いてくれていて、私も彼女にメロメロなわけだが、いかんせん、始まりが。自業自得なのだが、始まりが。
それを「わかってるだろ?」みたいな大人の狡い感じで好意を搾取し、良い思いをしていたのだ恥を知れ、恥を。
かりんちゃんを救いたい云々の前にけじめをつけなければ。そう思い立った私は、すぐに声をかけた。
「普通、そこはかりんに声かける場面やろ、このヘタレ」
「返す言葉もございません……」
そう、声をかけたのは鳩山くんにだ。よく行く居酒屋に、二人で酒は入れないまま膝を突き合わせた。
「で? その行き場のない罪悪感を、あろうことか同じ人に懸想してる恋敵にぶつけて、あわよくば助言ももらいたいと?」
「……正論が止まらないじゃない」
耳が痛すぎて血が出そう。でも、私は断罪をしてもらうために彼に付き合ってもらった。彼は私の希望通り色んな角度から鋭く罵倒してくれた。
こんなことしたって、かりんちゃんにも鳩山くんにも何かプラスになることなんてないのはわかっているが、狡い大人の自分には、名分が必要なのだ。
「次の休みにかりんちゃんに告白しようと思います」
「チッ」
「ひぇ……もはや返事が舌打ち」
散々、罵倒してもらった後、決意表明をしたところ、さらに彼の機嫌を損ねてしまった。
「……一つだけ」
「はい!」
深く眉間に皺を刻んだまま、彼は低い声で言った。
「……かりんは、女の人が好きやからあんたのことが好きなわけちゃう。それを忘れんな」
「……ありがとう、鳩山くん」
店を出る時、「泣かしたら殺す」という、彼なりの激励を受け取って、私はかりんちゃんと翌日デートして、告白して、無事恋人同士になれた。
下品な話、夜はそりゃあ燃えた。萌えたし、燃えた。
そうして疲れてぐっすり眠っている彼女より先に目が覚めて、その寝顔を見詰めた。
きっと、彼女はまた不意に辛い思いをしたり、私自身が悲しい思いをさせたりもするだろう。その時に、私は傍にいられる権利を手に入れた。
なんだか、トキメキのような、そうではないような、不思議な気持ちで胸がいっぱいになって、思わず
「おはよう、私の、愛しいかりんちゃん」
と、起こさないように小声でそう言ったら、彼女は眠ったまま、うっすらと微笑んだのだった。
あなたに、ごあいさつ! 石衣くもん @sekikumon
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