ごめんね、遅くなって。
びっくりするほど自分の体温が上がっていることを、彼女の指先が頬に触れた瞬間に自覚した。雪が降る中を歩いたら、この人の指先くらいには冷たくなっているはずなのに、
「大丈夫? 顔赤いし熱いし、風邪引いたんじゃない?」
と言われる始末だ。恥ずかしい。
うつむいたまま短く、平気ですと呟けば、調子に乗らせてしまったのか
「風邪じゃないなら、私?」
なんて、似合わない自惚れた台詞。
からかうな、と睨もうとして、顔を上げたら、少し目を細めて微笑む白鳥さん。私への明らかな好意と、少しの欲望を湛えた表情に何も言えなくなって、唇を噛んでもう一度うつむいた。
反則、だ。
この人、顔は整ってるし、いつもはダメダメなのに、今日は、普段から感じられない大人の余裕があって、それが自分をいっぱいいっぱいに追い詰めていて。
「し、らとり、さん」
「……そんなに緊張しないでよ、こっちにまで伝わるじゃない」
酔ってない時くらい、恰好つけさせて、と自分の手を取った指先はやっぱり冷たくて、自分と真逆の彼女が、何を考えているのか汲み取る余裕などありはしなかった。
先日、少し昔のことを思い出して感傷的になってしまった。それを気にしてくれていたのか、次の休みの前日に、
「たまには外に美味しいもの食べに行こう」
と白鳥さんから誘われた。
二人とも仕事終わりで待ち合わせたから、てっきりいつもの居酒屋で飲むのかと思っていたが、白鳥さんはお洒落なイタリアンのお店を予約してくれていた。
「私、あんまりワインは……」
「んー……今日はほら、美味しいもの食べるのがメインだから。お酒は一旦なしね」
お酒好きな彼女から出てきた言葉とは思えず、驚いて数回瞬きしたら
「夜はまだまだこれからだから」
とウインクされた。
ご飯はとても美味しくて、何故か白鳥さんは私に払わせてくれなかった。
「今日の白鳥さん、なんかカッコつけてません?」
「ええー……」
モゴモゴ言う彼女に、何ですかと詰め寄れば
「今日はかりんちゃんとデートしてるつもりなんです」
と、これまた思わぬ返答に高速で瞬きをしてしまう。
デート。それは、恋人同士がするものなのでは。いや、今のご時世恋人じゃなくてもデートくらいするのか? いやわからん。
私とは爛れた厭らしいだけのキスをしたいと言った彼女とは、恋人同士にはなれないものだと思っていた。いや、求められているものが別なのだと、思っていたのだが。
呆然と手を引かれるがままに連れていかれた場所は、ラブホテルで。まあ所謂この後そういう行為に及ぶわけで、今までは基本酔ってやってたわけだから、素面だと否が応にも緊張する。
しない白鳥さんの方がおかしいんやから、絶対。
「だめだ、やっぱり、照れちゃうな、お酒の力って偉大なんだねえ」
「あの白鳥さんがあんな凶暴になりますしね」
「それは、あのかりんちゃんが可愛くなり過ぎるからじゃない?」
一矢報いてやると嫌みを言えば、すかさず反撃に遭う。
畜生、上がるな、体温。
「なんなんですかその余裕……」
「寒いからかな」
「答えになってません」
「あっためてくれる?」
なんだこの誑し、誰だ。
やられっぱなしは癪だから、精一杯余裕の笑みを浮かべる。
「お望みならば、いつも通りいくらでも」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
冷たい唇が頬に触れて、その箇所が燃えるよう。
「好きです、私と付き合ってくれますか?」
「今更、なんで、だって」
まだ返事はしてないはずなのに、私の表情が、体温が、喜んでいることを隠せなくて。そんな私を見て、少しだけ、いつもの情けない白鳥さんに戻って
「ごめんね、遅くなって」
と言ってもう一度キスされたら、もう頷くしかなかった。
後もう少ししたら、あなたの悴んだ指も、自分の燃えるような頬も。
熱移動で同じ温度になるはずだ。
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