00-01 パーティを追放されました!

「やった! ついに見つけたぞ!」



 冒険者の一人が苔むした大きな扉から漏れでる光をみて叫びました。


 ここは、いにしえの昔に、女神の眷属けんぞくと云われる民族が住んでいたという廃都。

 廃都の真ん中には銀に輝く、それはそれは大きなお城が建ち、お城を中心に水堀と街区が同心円状に綺麗な階層となって取り囲んでいます。


 彼らが歩んでいたのは、その廃都の奥深くにある巨大な地下神殿です。


 大昔のあるとき、女神の眷属は自分たちの都を地下深くに張り巡らされた迷宮の奥底に隠してしまいました。


 住む人がいなくなってから長い年月がながれ、栄華を誇った装飾や意匠は荒れに荒れて朽ち果て、ついには至るところで魔物が巣をつくるようになって、魑魅魍魎ばけものが我が物顔で蔓延るようになってしまいました。


 かつて、四方よもの大陸までをも支配するほどに栄えていた面影はもうどこにもありません。今となっては、得体の知れない瘴気が満ちた巨大な伏魔殿です。


 どうして彼らはがこの壮大な都を放棄してしまったのか。

 どうして迷宮の中に隠してしまったのか。

 どうして彼らはこつ然といなくなってしまったのか。


 理由も経緯もわからないまま、いつしか伝説として人々伝聞の中に残るだけになってしまい、その場所を知る者すらほとんどいなくなっていました。


 時代が下るにつれて、次第に酒場のよもやま話にすらのぼらなくなり、子供の土絵歌ですらそらんじられることもなくなりましたが、都の奥深くには女神の力の源聖遺物が未だに埋蔵されているという話だけは、脈々と一部の人々の間で語り継がれていました。


 ある平和な時代のことです。


 一人の優秀な冒険者が、この迷宮を発見して命からがら帰って来ました。

 冒険者は目をいて興奮しながら抱えた財宝を指し示してこう言います。


——廃都あそこにはたくさんの凶悪な魔物がいたが、抱えきれないほどの金銀財宝もあった。そして、地下のはずなのに、まるで雲上にあるかのような美しい場所だった。でも、そんなものはただのまやかしだ。奥深くの神殿にこんな財宝とは比べ物にならないモノがあることを知った——。


 おそらくあれは、女神の力だ。


 人々は驚き、最初は彼の言葉を信じようとはしませんでした。

 ところが、彼が一緒に持ち帰ってきた宝飾や古文書スクロールに女神の力の在処を示す手がかりがあったのです。


 女神の力を手に入れた者は、かつて大地と天空を支配していた女神の眷属たちに成り代わるだけの力を手に入れられる——、という噂がまたたく間に大陸中に広がりました。


 早速、この話を聞きつけた各国の権力者や命知らずの冒険者たちがつぎつぎと迷宮に挑みました。


 しかし。


 結局は多くの挑戦者が儚い命を散らすだけに終わり、迷宮の奥深くにあるという廃都にすら辿り着けた者すらほとんどいませんでした。ついには時の権力者がこの場所を禁域として封印してしまい、近づく者すら誰もいなくなりました。


 そして時代はさらに下ります。


 世界が寒波にさいなまれ、戦乱が大陸を呑み込み、魔物が至る所に蔓延り始めたとき、人々はかつて世界をあまねく正したという圧倒的な女神の力を再び望むようになりました。


 長い戦乱に疲れ果てた人々は、今こそ世界を正しい方向へ導く力が必要だと願ったのです。

 禁域の封印が解かれ、再び何百人もの名のある冒険者たちが迷宮に挑みました。


 ある者は権力者に雇われて。

 ある者は財宝に目が眩み。

 ある者は純粋な好奇心で。

 ある者は世界を正さんという信念に突き動かされて。


 しかし、ほとんどの冒険者はその死屍すら残すことができず、魔物たちの胃袋と弑虐欲を満たすだけに終わってしまいました。


 さらに、さらに時代は下ります。


 戦乱はなおもつづき、世界の荒廃が極まったある日。

 ある一人の冒険者が世界を救うという大義のもとに立ち上がりました。

 冒険者は優秀な四人の仲間たちとともに迷宮に挑み、ついに廃都に辿り着きます。


 獰猛な子鬼ゴブリンの群れ、近づいた者を取り込もうとする鋼鎧、人喰い鳥を操る樹木、魔法を使いこなす蜘蛛、腹部に抜身の剣を何本も刺した異形の怪物——。

 殺意に満ちた落とし穴から始まり、人を陥れるための水源や、宝飾に化けた小悪魔インプ、人ではない骸がうごめく用途のわからない巨大監獄、雲の上としか思えない危険な回廊。


 それら数多の苦難を乗り越え、そして、その奥深く——、

 神殿の中枢にある宝物庫の前室までやってきたのです。


「これが……、」


 紅い幾何学紋様で彩られた最後の重い扉をあけると、見たこともない美麗で精緻な装飾が施された大部屋が広がっていました。

 その中心には一際豪勢な祭壇があり、人間の腕のようなものの掌に白く輝く何かがありました。


「これが、女神の……」


 仲間を率いてきた冒険者はうやうやしく携えていた剣を置き、当時の様相をそのまま残しているであろう祭壇の前で言葉を忘れ息をもらしました。


「ああ。俺たちはついにやったんだ」


 古今東西あらゆる武芸を修めた元傭兵の男が、かたわらで冒険者の肩に手を置いてたたえます。


「私がいなかったら本当に危なかったんだからね。感謝してよ」


 魔導を極めた魔法使いの少女が宝珠杖を小さな肩におきながら、イタズラっぽく八重歯をのぞかせて笑みを浮かべます。


「まるで夢境むきょうのようだ。これでようやく世界に平和が訪れる」


 戦斧を背負い厚い鎧に覆われた元神官の大男が感慨深げに胴間声どうまごえを響かせます。


「ほんとうに長い旅路でした。どうでしょう、記念にお茶でも?」


 白いローブを纏う薬師くすしの女が大きな背嚢リュックからティーポットを取り出しました。


 冒険者は言います。


「ここまで来れたのはみんなのおかげだ。誰か一人でも欠けていればここまで来ることはできなかった」


 誇らしげに四人を振り返りました。


「なーに言ってるの。帰りもあるんだから、気ぃ抜かないでよね」


 魔法使いの少女が発破をかけるように冒険者に言います。


「まったくだ、がっはっは。とにかく地上にいる衆人の驚いた顔が早く見たいぞ。あとは意識が飛ぶような強い祝酒もな」


 鎧の大男が上機嫌に高笑いで答えます。

 白いローブの薬師の女がニッコリと微笑み一歩踏み出て冒険者を促しました。


「やはり、女神の力はあなたが持つにふさわしいかと。女神の力は正しき心と意志によって、この災禍に覆われた世界を再び照らしてくれるはずです」


 これに冒険者はゆっくりとうなづきました。


「わかった。みんなに代わり、この乱れきった世界を正しい方向へ導こうと思う」


 冒険者の後ろで控える四人の満足げな顔を見渡すと、ここまでの労苦が走馬灯のように思い出されます。


 何百年にも及ぶ、数多の冒険者たちが成し遂げられなかった前人未踏の快挙に胸を躍らせ、最良の仲間とここに至れたことを女神に感謝しながら、冒険者は祭壇に向き直り、ゆっくりと手を伸ばしました。


 手を、伸ばしました——。


「……っ!」


 鈍い衝撃が勇者の後頭部を襲いました。

 冒険者はそのまま翻筋斗もんどりを打ってその場に倒れ込みました。

 何か硬いモノで後ろから殴られたようです。

 ところが、この部屋には勇者のほかには仲間の四人しかいないはずでした。


 混濁する意識の中で勇者は察しました。


——まさか。


 しかし、もう手遅れでした。

 頭に深手を負ったのか手足に力が入りません。

 声を出そうにも言葉が出ません。呼吸もうまくできません。

 周囲の声だけが暗渠あんきょの中でこだまするように頭に聞こえてきます。


「バカだよなーこいつ。気抜くなって言われたばっかなのによ。剣置いたとき笑い堪えるのきつかったぜ」


 元傭兵の男とは故郷が同じで家族や身内の話をよくしていました。


「あら、まだ意識がありますわね」


 薬師のおかげで、敵の攻撃や罠を恐れずに進むことができました。


「ほんっと、今どき珍しい堅物でつまんない男だったわ。ねぇ、もうツラも見たくないからさっさと殺ってくれない?」


 魔法使いの少女がいてくれたから、たくさんの敵に囲まれても凌ぐことができました。


「がっはっは。さっき見つけた子鬼の巣穴にでも生きたまま放り込んでやろう」


 何体もの怪物を屠ってきた元神官の大男の腕前に勇者は全幅の信頼を置いてきました。


 四人の仲間は、侮蔑の眼で倒れる冒険者を見下していました。


 彼はひどく後悔しました。

 仲間だと思っていた者たちに裏切られたのだということをようやく理解しました。


「終始、その偽善者面ほんっとウザかった」

「いや、ほんとほんと。完全に自分に酔ってたよな、こいつ」

「あー、わかります。なんていうかー、自分が世界を背負ってるみたいなおこがましい感じ出てましたね。正直言うと不快でしたね」


 元神官の大男に担がれ、神殿の外庭にあった大穴はもうすぐそこです。

 子鬼の巣穴は、天井に採光と食糧を投げ入れを兼ねた穴を開けていて、そこに小さな矢倉を立てているのですぐにわかりました。大穴の底では飢えた子鬼たちが蠢き、今か今かと投げ落とされる食糧を待っていました。


 彼はどうすればよかったのでしょうか。


 今まで感じたこともない四人の仲間へのドス黒い絶望と怨嗟と憎悪が、真っ白になりつつある頭を染め、じわじわと熱を帯び、全身の節々に痺れるような感覚をもたらしました。


「ま、まってくれ……っ。……まだ、俺には、」


 ようやく絞り出したか細い言葉を聞いた四人は、これを一笑に伏しました。


「やることなんかないってのー。ほんっと最期までウケるわー」

「すげーな、こんだけ頭から血ぃ垂らしててまだ喋れんのかよ」

「あら、断末魔が聞けていいじゃないですかー」

「がっはっは、もういいか? あらよっ」


 穴に冒険者は放り込まれてしまいました。

 鋭く、獰猛に光る眼の群れが、投げ入れられた餌を捉えました。


 後世の文献にはこの冒険者の記載は一行もありません。

 女神の力に魅せられ乱心した者を英雄たちが誅殺した、とだけ記されています。

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三千世界の女神を殺し、キミと不貞寝がしてみたい。 龍本 明 @tachiakan

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