仏の密室
高黄森哉
密室
学者眼鏡の長身の男。横には小鳥のような少女が付いている。二人はオカルト雑誌の取材に、ある寺を訪れていた。
辺りはまだ肌寒く、彼女はメジロ色のジャケットを着ている。衣服の胴回りのサイズが大きめで、お尻の辺りに角が出来ている。丁度、小鳥の尾羽のようだった。
「トキトリさん、緊張しますね」
「しない」
二人は境内に入ると、空気がさっと変わった気がした。どうも場の空気の質が、辺りとは違う。時間の流れ方がのんびりしているような感覚だ。
住職が出て来る。彼は禿頭で袈裟を着ていた。まさに、誰もが思い描く坊主といったところか。まず、薬丸が挨拶をする。
「今日はよろしくお願いします」
「ほうほう、取材に来たのは君達ですか。オカルト系の雑誌だというから、もっと胡散臭い男がくるのかと思っていましたが。まま、上がりなさい」
建物の中、線香の匂いが充満している。柔らかな香りだ。
「この部屋が人体消失事件の舞台なんですか」
時鳥はぶっきらぼうに尋ねた。
「ええ。そうなんです」
その建物は奇妙な間取りだった。部屋の中に、まるでロシア人形のように、部屋があるのだ。大部屋が内部の四角に追いやられ、縁側のような形をしている。
「ここで私の先祖は、消えなさったのです。毎日、この部屋に籠って熱心に修行をしていたそうで、きっと解脱をされたのでしょう。ご先祖様が消えてしまった日は、飲まず食わずの修行の四日目だったそうで」
そう説明しながら、襖をがらりと開ける。線香の煙と、巻物、そして仏像があった。その仏像は濃い茶色で痩身だ。
「私も解脱が出来ぬものかと、日々ここで修行をしているのでございます。もっとも、私が死んでしまっては後継ぎがおりませんから、飲まず食わずの修行といった無茶は出来ないのですが」
飽くまでにこやかにその内容を語った。
「なるほど。誰が彼がいないことを、発見したんですか」
「和尚が、毎日、聞こえていた念仏が途絶えたのでどうもおかしい、と見に行ったところ、居なくなっていたそうです」
「単純に、夜逃げしたのではないですか。ほら、坊主の仕事が嫌になったとか」
不躾にも、時鳥はそう指摘した。坊主はそんな彼にもやはりニコニコして対応した。
「いいえ。まず、この部屋には内鍵があるのです。消失当時は内鍵がされていました。ですから、こじ開けるのには難儀したようですよ」
「ほう、その鍵は本当に内側からしか開錠できないのですか?」
「はい」
「なるほど、」
時鳥は薄い顎鬚をじょりじょりと撫でた。
「つまり密室人体消失事件ということか」
密室から、消え去ってしまった住職。この謎はとても良い記事になりそうだった。時鳥はふむと唸る。
「先輩、なにか分かりそうですか?」
薬丸は大学時代、同じサークルに居たので、その時の名残で、彼を先輩と良く呼ぶ。
「密室事件にはパターンがある」
学者的な縁の細い各眼鏡を光らせる。
「まず、密室ではなかった場合。例えば抜け道などがこれにあたる。ここに抜け道になりそうなものは、ないがな」
坊主も、彼の意見に肯定した。この部屋に隠し通路のようなものは存在しない。
「次に犯人が密室に居た場合。事件が発覚するまで密室の中にいて、密室が破られた後に、外へ出ていく。隠れる場所が必要だから、これもあり得ないだろう」
仏像は細身なので、この中に隠れるというのは現実的ではない。
「そして、そもそも密室ではなかった場合。第一発見者が密室だと主張しているが、実際は密室ではなかった」
「鍵は今も壊れています。この鍵の施錠部分を壊すには扉を閉めた状態で、圧力をかけなければならないのです」
住職は扉を指して、実物を見せた。
「最も有力なのは、もともと中に居なかった場合か」
「いえ、和尚によると、念仏はずっと聞こえていたようですし、ご先祖さんがこの部屋から出てくるところは見なかったようです」
「きっと念仏は蓄音機で流していたんだ」
「なんせ大昔の話でして、そういったものはない時代のお話なのですよ」
住職はニコニコしながら時代背景を伝えた。
「やはり、ご先祖様は解脱をしたのでしょう。私も精進せねばなりません」
時鳥はじりじりとした視線を感じた。それは、飾られている仏像からだった。目を伏せて胡坐をかく仏像。嫌な仮説が彼の脳内を駆け巡った。
「この仏像、いつからあったんですか」
「これは、………… いつからあったんですかねえ。なんせ大昔なもんで」
近づいて観察する。彼は表面を静かに撫でた。
「あっ。先輩、危ないですよ」
「薬丸、これは仏像じゃないぞ」
ぞわぞわと悪寒が背中を這いあがる。仏像は安らかな顔をしていなかった。もっと苦悶に満ちた表情。骨と皮だけの仏像は、時鳥には飢餓の隠喩、餓鬼に見えた。飢えと渇きに苦しむ、決して満たされない亡霊。
「仏は仏でも、即身仏だ」
仏の密室 高黄森哉 @kamikawa2001
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