毎日小説No.33 お土産
五月雨前線
1話完結
{4月7日}
今日も
今日も先輩は美しかった。某有名女優に似た顔立ちは薄めの化粧でさらに美しさを増していたし、新しい髪型はとてもよく似合っていた。あ、そういえば香水の匂いも変わってた。こっそり近づいて匂いを嗅いだ時はとても興奮したなぁ。
先輩が美しいのは何よりだが、問題は最近入ってきた新入りのバイトだ。バイトを始めて2週間も経ってないのに、もう先輩と打ち解けて仲良く会話している。
許せない。僕は半年以上バイトを続けて、未だに挨拶しか交わしたことがないのに。
そんなウザい新入りが、この前先輩にお土産を渡しているのを盗み見た。小さなお菓子を受け取った先輩がとても喜んでいるのを見た僕は、そこで閃いた。
お土産だ。お土産を渡せば先輩に喜んでもらえるのだ。近場でお土産が沢山売ってそうな場所といえば……東京だ。よし、早速明日東京に行ってお土産を買ってこよう。
***
{4月14日}
やった。やった。最高の気分だ。
バイト終わりに、先輩にお土産を渡した。先輩は一瞬戸惑う素振りを見せたものの、すぐに笑顔を浮かべて受け取ってくれた。あのウザい新入りが渡していたお菓子の銘柄を記憶していた僕は、同じメーカーが販売している、より高額なお菓子をわざわざ購入したのだ。喜ばないはずがない。
よし。これで先輩との距離を縮めることが出来た。お土産を渡す、ってとてもいいことじゃないか。来週もお土産を買って渡そう。
***
{4月21日}
今日も先輩にお土産を渡した。先週と同じお菓子ではなく、高級な化粧水をプレゼントしてあげた。先輩の年代の女性が使っている化粧水を念入りにリサーチし、六本木のお店を練り歩いて見つけた自慢の化粧水だ。値段は3万円とかなり値が張ったが、先輩との距離が縮められるなら値段なんてどうでもよかった。
お土産を渡すまではよかったのだが、レシートを袋に入れっぱなしにしていたために、先輩に化粧品の値段を知られてしまった。3万円、という金額を目にした先輩は目を丸くし、「こんな高価なもの受け取れません」と言ってきた。
何故? 金額なんて関係ないじゃないか。僕は先輩のことが好きだから、3万円もする化粧水をプレゼントしてるのに。
化粧水を僕に返し、財布からお金を出そうとする先輩を押し留め、強引に化粧水を押し付けた。先輩は先週よりも戸惑いの色を強めながら、それでも微かに笑みを浮かべてくれた。
ああ、その戸惑いながらも良心にかられて僅かに笑みを浮かべる絶妙な表情、最高だ。あの表情をカメラに収められなかったことがとても悔しい。あそこで写真が撮れていれば、先輩の写真のコレクションフォルダーが一枚潤うところだったのに。
とにかく、お土産を渡すという行為は最高だ。癖になりそうだ。また来週も、その次の週も、お土産を買って渡そう。次は何を買おうかな。借金をして、数十万円のバッグでもプレゼントしようか。ああ、ワクワクする。早く来週にならないかな……。
***
{5月26日}
何故?
何故何故何故何故何故何故???
先輩は今日もバイトに来なかった。これで2週連続だ。
今まで一度も欠勤したことはなかったのに。何故? これじゃお土産を渡せないじゃないか。せっかく借金をして超高級バッグを購入したのに。
あー、むしゃくしゃする。先輩がバイトに来ないこともむかつくが、それよりもむかつくのはあのウザい後輩の言動だ。
何が『安里先輩にちょっかいかけないでください』だ。
何が『キモがられていることに気付いてないんですか?』だ。
何が『アンタのせいで先輩がメンタル病んでバイト休む羽目になったんですよ』だ。
僕がいつちょっかいをかけた? ただお土産をあげただけじゃないか。
キモがられている? 先輩はちゃんとお土産を受け取ってくれたじゃないか。
僕のせいで先輩が病んだ? 何を根拠にそんなことを。
どう考えても勘違いしているのは後輩のはずなのに、何故か他の同僚達は後輩の言葉を信じ、パートの主婦や店長までも僕に白い目を向けるようになってしまった。
許せない。冤罪だ。あのウザい後輩を絶対に許さない。復讐してやる。絶対に、絶対に、絶対に……。
***
{6月16日}
昨日ウザい後輩を撲殺し、心地良い感覚に浸っていた最中。衝撃的な知らせが届いた。
安里先輩がバイトを辞めたというのだ。
精神的な問題が理由だったようだ。
何故?
何故何故何故何故何故何故???
しかも、店長に呼び出されてこっぴどく叱られた。こんなことは2度とするな、お前は異常だ、と罵倒され、一方的に解雇を宣言されてしまった。
どういうこと?
何で先輩はバイトを辞めたの? 何で? 何で? 何で?
おかしいよね? 僕は先輩に高級なお土産を何回もプレゼントしたはずなのに。嬉しいはずなのに。これからもずっとお土産が欲しかったはずなのに。 おかしいよね?
あーうるさい。扉を乱暴にノックすることがうるさい。昨日僕が犯した殺人を嗅ぎつけて、警察が僕を逮捕するべくやってきたんだろう。日本の警察は優秀だね。
でも、僕は絶対に捕まらないよ。こんなこともあろうかと家の中に隠し通路を作っておいたから、絶対に逃げ切れる。そして整形手術と骨延長手術で容姿と身長を変化させる手筈も整っている。
全ては安里先輩、貴方のためですよ。まだ貴方に渡していないお土産が30個もある。合計2000万円以上もする豪華なお土産を貴方に渡すまで、僕は絶対に捕まらない。先輩の履歴書をこの前盗み見たので、住所もバッチリ頭に入っている。
何故先輩がバイトを辞めたのか、お土産を渡す時にしっかり説明してもらいますからね。
警察の目をごまかすため、そして先輩の警戒心を解くために、半年程時間を空けて先輩に会いに行こうと思います。
待っていてくださいね、安里先輩。
先輩と再び会える時を想像し、自然と口角が吊り上がる。扉の外から怒鳴る刑事の声を無視し、先輩を隠し撮りした写真がいっぱい詰まったフォルダーを片手に、僕は隠し通路に身を投じた。
完
毎日小説No.33 お土産 五月雨前線 @am3160
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