バチェロレッテ! ☆レーカと七人の下僕☆
る。
第1話 季宮 玲花は屈しない
一
「わたくし、季宮玲花が生徒会長になったあかつきには、給食は三ツ星シェフのフルコース、全生徒専用休けい個室の完備、リムジンでの登下校送迎をお約束しますわ!」
ざわりと会場にどよめきが起こる。当然だ、威風堂々とした物腰にさん然と響く声。原稿棒読みチラ見の他の立候補者達との差は歴然、然るに当選確実――
「なぜですの……」
季宮玲花【きのみや れいか】は敗北した。その総獲得票、七。全校生徒五百余名の公立
「せっかくこの庶民用学校のレベルを引き上げて差し上げようとしましたのに」
「
と、慰めたのは一年三組学級委員長、一条
「そんなことありませんわ。サーティーン・アイスクリーム店を一日貸切にするのを一回我慢すれば百万円くらい」
「すごいね。季宮さんはできるんだ?」
「うっ」
痛いところを突かれた。無論そんなのお茶の子さいさい――と言えたのは二ヶ月前、総合エンタメ業を手掛ける大手会社、KINOMIYAグループホールディングスが収賄の疑いを受けてその社長が辞任に至るまで――
「お父様は無実、事実無根ですわ。だのに面白おかしく責め立てて……!」
彼女こそその令嬢、季宮玲花であった。そしておのれ庶民、と矛先はあらぬ方向に向かっていた。
マスコミ押しかけネットに晒され壁に落書き嫌がらせ、一家はひととき田舎へと“都落ち”したのだった。玲花を除いて。彼女は屈しなかった。例え“ギリギリ”東京二十三区の北の果てにある公立中学校へ転校することになろうとも、無慈悲な運命に抗議した。
「おかしいですわ……。いかにわたくしが転校ひと月で知名度が十分でないにしても、クラスメイトの三十票が数えられていないなんて。毎日お花を贈り、話しかけるのすら緊張してしまうほど敬愛されているというのに」
彼女の言う通り、玲花の机の上には毎朝ガラスコップにたんぽぽやクローバーなどの雑草――道端で手頃に手に入る花が飾られていた。そしてクラス中から遠巻きにされようとヒソヒソと声を立てられようと一向に気にしない。季宮玲花は
「ごめんね、季宮さん。僕がクラスに馴染めるようにしないといけないのに……」
「しないといけない? そんなことこの世に存在しませんわ、一条雪影。したいかどうかでお決めなさい」
雪影は曇らせた顔に目をパチリと見開いて、それから日の差したようにほんの少し笑った。
「うん――じゃあ僕は、季宮さんを手伝い
「そうですわね……」玲花は小扇子をぱらりと開き口元を覆う。彼女が思案する時の癖である。
今回の敗因は過信にある。足りなかったのは――
よく手入れされたピカピカの爪を見せながら、玲花は扇子をパチンと閉じた。
「わたくしに考えがあります。先ずはわたくしのしも――支持者を探しましょう」
「支持者?」雪影はきょとんとする。
「七人、いる筈ですわ。無名のわたくしに投票した慧眼の方々が」
「あー……一人、知ってるよ。同じクラス」
「よろしい。案内なさい」
「うーんどうかな」濁す雪影を玲花はじっと見つめる。観念したように「
「小学生だった頃は地元の野球クラブのエースで人気者――だったんだけど、中学に入ってからは部活も授業もサボりがちで……先生からも相談されて僕も声を掛けてはいるんだけど、取り合ってもらえないんだ」
「問題ありませんわ」
困り顔をする雪影に泰然と玲花は微笑んだ。
「気高し王たる一輪花、季宮玲花にお任せなさい」
二
ヒュウウ、とその男子生徒は風を体に受ける。屋上から下を見下ろすと、放課後のグラウンドでは学生が部活動に勤しんでいた。キーンとバッドが球を打ち、バシリとミットが球を受ける。桜の散る前までは彼もそこにいた。ぐしゃりとフェンスを掴むとアルミの菱形は容易に歪む。
「サボタージュ、とは何か心に抗議したいことがおありなのですね? 二ノ倉
「……あんたは」振り返って桜人は怪訝な目で見る――が、その背後の人物を目にした途端チッと舌打ちした。
「雪……もう俺の前に顔見せんなって言っただろ」
「うん……僕は案内しただけだから。じゃあ」と、雪影は
しかしてスッと、玲花は隣に佇まいその右肩に手を伸ばす――
「な!?」
桜人は反射的に体を捻ってそれを避けた。
「思春期を差し引きましても肩を守るに過剰なご反応――名投手とお見受けしますわ」
「雪に説得でも頼まれたのか? 転校生」やや呆れがちに桜人は溜息を吐く。
「いいえ。二ノ倉桜人、ところでわたくしの
「は? 断る、つーか受ける奴いないだろ……どーいう神経してんだ、あんた」
「一条雪影は進んでなりましたわ」
「……んな訳ねぇだろ。本当だったらあいつをぶん殴る。あいつに『そんな暇』ないからな」
ふうむ、と玲花は扇子を閉じたまま口元に当てる。
「何やら殿方同士の因縁がおありの様子」
「んなもんじゃねーよ。ただ、あいつが捕手で俺が投手だった。あいつは中学受験するって言って勝手に野球を辞めて、落ちやがった。そんであいつは……」
地区の一年生同士で戦う春大会、王下中学校の四番で投手として期待を背負い二ノ倉桜人は出場した。小学生の野球クラブでもエースで圧倒的で既にプロを意識していた。負けるはずがなかった。負けた。
応援席の正面、緑のフェンス越しに一条雪影はいた。
『残念だったね。調子が悪かったみたいだけど、次は勝てるよ』
「――って言ったんだ、あいつは。その前に声を掛けてきた担任と同じことを」
「ああ分かってるよ。違う言葉を期待した俺がバカなだけだ。でもむしゃくしゃしてむしゃくしゃして……気がついたら、投げられなくなっていた」
ニノ倉桜人は自虐的に笑う。
「なんでこんなこと。変なこと聞かせて悪かったな、転校生」
「わたくしが思うに、」
季宮玲花は手を伸ばし、歪み広がったフェンスに足先を掛けたかと思うとタンッふわりと舞い上がる。「――――え」と呆気に取られた桜人が声を出した時には、玲花は正面に――フェンスの向こう側にいた。
「TPO《時と所と場合》の問題だと思いますわ」
「いや、危ないから戻ってこい」
玲花はどこ吹く風でくるりと背を向け校舎下を見下ろした。
「まあ、壮観。幾分小さなお庭ですが――牛後となるより鶏口となるもまた一興」
びゅうっと風が吹き、きゃ、と慎ましく言葉を添えて玲花はスカートを抑える。
「――そこ、動くなよ」
桜人は埒が明かないと見て手にフェンスを掛けて上り降り立った。
フェンスの外側には数歩分の足場があるのみである。
遮るものなく開けたグラウンドからは気のせいだろうがフェンスの内より大きく強く掛け声やボールの音が響き渡って聞こえる。桜人には蹴り立つ砂の音まで再現された。
「わたくしは季宮玲花。必ずや王下を統治しわたくしにふさわしい高貴な場所に導きますわ」
唐突に、スゥッと息を吸ったかと思うと玲花は眼下を見下ろし声高々に言い放った。
そうして次はあなた、とでも言うように視線を流す。
「先ずは嘘偽りのないあなたの心を宣誓なさい。自分の解と他人の解が違うのであれば、自分の回答を選べばよいではないですか」
「俺は……」
指の長さにも満たない人々は小さく動き回っている。自分がそこに混じろうとそうでなかろうと、何も変わらないように思える。例え失望の目を向けられようとも、自分に失望しようとも。誰でもいいというくらいなら。――この転校生のように、誰にも目を向けられない身勝手な主張を自分の為だけにしていいのなら。スッと桜人は肺に息を吸い込んだ。
「俺は、俺の投げる球を――」
ビュワリ。向かい風にも負けず言い切る前に、爪より小さかった野球ボールが途端に大きくなって向かってきていた。玲花の顔面にそのまま――
バツっ
桜人の左手が回転を止め、しかし飛び込んだ勢いは殺せない。踏むべき場所に地面はなく、グラリと体勢を崩すとニノ倉桜人は落下した。いや、その片手が
「俺はいいから人を呼」
「無論!」
玲花は既にフェンスをよじ登り向こうにタッと華麗に降り立っていた。そのまま駆けて屋上を出ていく。果たしてあの総スカン受けお嬢様の声に耳を傾ける生徒や教師がすぐにいるか。指先が白む。
(死ぬくらいなら、あいつに言えば良かった)
「雪――」
『おれがお前をつれていくよ』
「桜!」
声が聞こえた、気がした。上げた顔には空しか見えない。
カシャン、ダン、とその音に続いて肘まで深く、グッと腕を握られた。眼鏡が顔を掠めて落ちていく。その目と合う。互いに無言で、グッと力を込めた。
ドサリ。
二人の体はヘリの上に投げられた。
コロコロとボールが転がる。
「は、」と雪影は見咎める。「まさか桜……ずっとボールを持ってたんじゃ」
「落としたらアウトだろ」
「全く……バカには付き合いきれないね」
ため息を吐く雪影に、桜人はハハッと笑う。
「なんか雪っぽいな。てゆーかお前、なに真面目キャラ作ってんだよ。中学デビューか? 伊達メガネとか掛けて」
「うるさいよ」そう言う雪影は視線を逸らす。
「こっちが『僕』。
シンとした間を縫うように、ふらふらと落ちかけるボールを桜人は掴む。
「あのさ……もう一回、野球やろーぜ」
桜人は腕を軽く振りかぶってそれを投げる。パシリと。勢いはあったがボールは吸い付くように雪影の右手に収まった。
「お前が受けてくれねーと、投げられねぇ」
「ごめん」
「――少しは考えろよ。くそっ、やっぱ言わなきゃ良かった」
あの変テコお嬢様の前で言いかけてしまったことすら恥ずかしくなる。
「自分の望み通りにするのと相手が望み通りにしてくれるのは別ですわ、ニノ倉桜人」
更に玲花の声が追い討ちを掛けた。
今度はフェンスの内側にいる。忘れていたが、彼女が屋上扉のすぐ内側にいた雪影を連れ戻って来たのだった。つまり今そこに佇んでいるように一部始終を見ていた訳で。
もう顔が赤くなるというより脱力した。
「あんたに言われても説得力がねぇんだけど……」
「ローマは一日にして成らず。結果は先でなく後についてくるもの、ですわ。私のように」
「そーだよ、季宮さんは支持率1%台で大落選したのに次の生徒会選挙にまた立候補する気なんだから」
「まず1%いるのが驚きだが、お前も入ってないだろうな、雪?」
「僕も桜人も季宮さんの“支持者”だよ」
「勝手に入れたのか!?」
「勝手にしろって言われたからね、無記名票」
「考えを放棄した結果ですわね……これでは下僕どころか犬も同然」
「ふっざけんなよ、てめぇら」
季宮玲花は憐れみの目を向けて、噛み付く桜人に雪影は笑いを噛み殺している。
そんな雪影の表情を見て桜人は頭をかいた。
「……まぁ、手伝いくらいはしてもいーぜ」
借りの分だけな、と桜人は呟く。
「そう言えば、季宮さんの“考え”って? 僕達に推薦してほしいとか?」
「いいえ。わたくしは各個直接判断して頂きたいのですわ。ですがその為には認知が必要……能ある鷹は爪を隠すと申しますけれど、どうして隠して王者を決められましょうか」
季宮玲花は扇子を掲げて天を指す。
「ノブレス・オブリージュ。気高き者が庶民に導きの手を差し伸べる――わたくしの素の姿を知らしめれば自ずと票は得られるというもの。あなたがたのように」
「よく分かんねーけど庶民とか言うのをやめたらどうなんだ? イタくてそりゃ戸惑うぜ」
「庶民とは心の有り様。安寧に身を委ね大樹に身を隠す小鳥の如し……されど擬態の余り羽ばたく力を失っては、いずれ飛び立つことも叶わなくなるでしょう。自らの翼を貴べば望む高みにも届くというのに」
ぱさりと広げた扇子はまるで片翼のように風を受けて飛び立ちそうになる。季宮玲花をそのまま持ち上げて。
「コマーシャルじゃなくてプロパガンダってわけだね」
雪影の冷静な声に、桜人は思わず伸ばしかけていた手を引っ込めた。
「そのバックアップってことなら、ボランティアクラブでも作れば校内での活動しやすさも上がるんじゃないかな。三名部員がいれば申請できるしね」
「いや、俺野球部」
「なんとかするよ。君達は知らないかもしれないけど、『顔』を作っておくと結構役立つんだよ。他にも、季宮さんのあと五人の支持者を選挙管理委員から聞き出したりとかね」
「ふうむ」パチリ、と季宮玲花は扇子を閉じる。
「よい働きぶりですわ、雪。暫定右腕にして差し上げてもよくってよ」
「雪……マジなのか? この転校生の下僕になるって話」
「面白いこと言うね、桜人」
ふふっと雪影は笑う。
「まぁ僕は季宮さんに協力するよ。クラスや学校の問題が解決すれば、僕の学級委員長としての顔も立つし。――それに、季宮さんって面白そうだしね」
「仕方ねーな。どっちかって言ったらお前は左腕だろ」
「僕は両利きだけど? ハンデで左投げしてただけ」
「てめっ」
三
「ここが……季宮さんの家?」
「何つーか……年季が入ってるな」
恐らくは昭和の年代からそこに佇んでいたであろう、二階立ての木造アパートが季宮玲花を(主に興味本位で)送り届けた先だった。二人は軽く目配せする。
季宮玲花の振る舞いから、そして徹底ぶりからもしかしたら本当に正真正銘の“お嬢様”なのかもしれないと思わないでもなかったが、やはり奇々怪々、中学生になると半数が至るという病の罹患者なだけなのかもしれない。本当のお嬢様の語尾がですわますわなくってなのかも疑わしい。
【花鳥風月邸】と達筆に記された古い木板を横目に敷地内へ入る。
「ふふ、そうでしょう。長きに渡り手入れされてきたものは自ずと幽玄の美が宿るもの……やはりその審美眼、わたくしを王に選ぶだけありますわね」
季宮玲花は何やら勝手にポジティブな変換をしている。ハハッと桜人は笑い声を立てた。
「普通隠しそうなのにな。あんたのそういう堂々としたところ、確かに面白ぇな」
カンカンと錆びれた鉄階段を登って二階の一室に辿り着く。と、隣の扉がギィっと開いた。二人が一瞬立ちすくんだのは言うまでもない。他に住人が居るかも先ず怪しい、居たとして日中は仕事で家を空けていたりで、よもや空き巣か幽霊かと直感が危機を告げるには十分な
「お帰りなさいませ、お嬢様」
雪影と桜人はその首をそろそろと季宮玲花に向ける。
「主人の足音を聞き分けるとは殊勝な心掛けですわ、椿」
玲花は涼しい顔でいる。どうやら知り合いのようだ。まともかどうかはともかく。
男、と言ってもよく見ればブレザー姿の男子高校生のようだった。それも着替えの途中だったのかネクタイを外している。
「お嬢様ほど五月蠅くお帰りになられれば阿呆でも気づくでしょう。私もお祖父様程耳が遠ければ良かったのですが。そちらのお連れの方々は、まさかお友達であられますか」
「お供達、でしてよ」
流れるようにごく丁寧口調のままだったので判断しかねたが、玲花も気付いてないようだったので、雪影と桜人も言葉に棘を感じたのは気のせいだと思うことにした。
「五十嵐 椿にございます、お見知り置きを。苦労なされると思いますが」
「縁あってわたくしの保護者代理を務める管理人、の孫ですわ。警護や家事の心配はよろしくってよ」
「は、はあ」と二人は一、二歩後ずさりたいのを何とか堪える。
もしかしたら季宮玲花は本当にお嬢様なのかもしれない――思った以上に訳アリの。
「では、ごきげんよう」
季宮玲花はスカートの裾をちょっと摘み上げてお辞儀をすると、六畳一間の古アパートの中に華麗に消えていった。
ブロック塀に挟まれた住宅街の小道を二人は行く。あ、と雪影は足を止める。アスファルトのひび割れから顔を出し、タンポポが咲いていた。桜人も合わせて立ち止まる。
「変わんないな、雪の雑草好きは」
「うん、なんか逞しいよね。――季宮さんみたい」
太陽のように晴れ晴れとした、ライオンの立て髪のように勇ましい――
どう思ったかは知れないが、黄色の花の向く空を見上げて、二人は笑った。
季宮玲花がボランティアクラブ、ノブレス=オブリージュ部(通称ノブオ部)を立ち上げ、その
〈完〉
バチェロレッテ! ☆レーカと七人の下僕☆ る。 @RU-K
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