最終話 たとえ死が2人を分かつとも

「やっと見えた……」


 一体どれほど上ったのだろうか?

 現金なもので、終点が見えてくると元気になるものだ。


 あとこれだけ上れば……


 折れかけていた心を奮い立たせて1段1段階段を上る。


「ケイト……」


 ケイトを失ったあの日のことは、今でも昨日のように思い出せる。

 あの絶望感、喪失感、今でも好みを焼き焦がすような怒りを感じる。


 そう思うと……ちょっと足りなかったかな?

 もっと痛めつけてから殺すべきだったかな?

 特に忍者、痛みも恐怖も絶望も味わうことなく瞬殺してしまったのは失敗だった。

 手足の健を斬ってゴブリンの巣にでも放り込むべきだったかもしれない。


 まぁ……それももういい。


 あとたったこれだけ上れば俺の願いは叶うのだから。


「着いた……」


 見えてからが長かった。

 上れど上れど近付いている気すらしなかった。

 時間は気にしていなかったが、3時間くらいは上ってたんじゃないかな?


「ここが……」


 神の座。


 半径20メートル程の円形の広場。

 見渡す限り真っ白で目が痛い。


 そんな広場の真ん中に、光り輝く黄金の玉が浮かんでいた。


「金の玉……」

『間違ってもそれ以上略さないでくださいね?』


 言葉を発し、それに合わせて明滅する金の玉……


 喋った!?


『よくぞここまでたどり着きました。勇者久里井戸玲央……いえ、レオ・クリード』


 レオ・クリードでいいの? 俺の名前自認は久里井戸玲央らしいけど?


『細かいですね。細かい男は嫌われますよ?』

「もう結婚してるし、これ以上モテなくてもいいかな」


 自意識過剰かもしれないけど、よめーずからは愛されている自信がある。


『そうですか。話を進めても?』

「逸らしたのはそちらのような気も……」


 金の玉は数秒黙り込んでから再び話し始めた。


『よくぞここまでたどり着きました。約束通り実現可能な願いを1つ叶えてさしあげましょう』


 あ、やり直すのね? はいはい、俺空気読める子だから大丈夫。


「俺の願いはただ1つ。ケイトを、俺の大切な人を蘇らせて欲しい」

『死者の蘇生ですか……』


 あれ?


『蘇生するのがレオ・クリード。あなたであればなんの問題もありません。しかし、【理外ことわりはずれ】では無い一般人の蘇生となりますと……』


 は? 煽ってここに来させておいてそれは無いんじゃないかな?


『ケイトの魂は既に魂の泉にて記憶の消去が行われています。まだ多少の記憶は残っているかもしれませんが、その魂を呼び戻して肉体に戻すことは可能です。あなたの中の記憶を埋め込むことも可能ですが、それでよろしいですか?』

「ちょっと待って、つまり?」

『ケイトの魂に残っている僅かな記憶と、レオ・クリードが持っているケイトの記憶を合わせた存在なら呼び戻せます』


 えーっと……つまり?

 ケイトの魂にどれだけの記憶が残っているかが問題なのか?


『おそらくほぼ残っていないでしょう』


 それじゃあほとんどが俺の記憶を再現しただけの存在になるってことじゃ……


「俺と出会う前の記憶とかは?」

『レオ・クリードが知っている限りのことであれば』


 それは……ケイトじゃない。

 それじゃただの俺に都合のいい人形じゃないか。


「どうにかならないのか?」

『なりません。いかにあなたが【理外ことわりはずれ】であろうとその能力はあなたにしか及びません』


 だから俺が蘇生される側なら問題無いってことなのか。


『それでよろしいですか?』

「よろしくないです」


 参った。ええ? ここに来て無理とか想定外なんだけど……


「どうしたらいいんだよ……」

『それはあなたの望み次第ですね』


 言葉が出ない。

 俺はなんのために頑張ってここまで来たのだろうか?

 こいつの言う通り、僅かな記憶の残ったケイトを蘇らせてもらう?

 だけどそれじゃあ……


 いや、それでも……


『では、提案があります』

「提案?」

『受けるかどうかはあなた次第です』

「聞くだけ聞いてみる」


 それから俺は金の玉の提案とやらを聞き、頷いた。


『では代償の支払いを』

「好きに持って行ってくれ」


 本来なら叶わぬ願い、それを形を変えて叶えるために俺は【理外ことわりはずれ】の力を手放すことを選択した。


『確かに受け取りました。それでは……』

「よろしくお願いします」


 俺の視界は真っ白な光に包まれた。


「レオ様!?」

「レオ!」


 俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 目を開けると、そこにはよめーずが心配そうな顔で俺の事を見つめる姿があった。


「みんな……」

「レオ様、まずはおかえりなさいませ」

「ああ、ただいま」

「それで……」

「ああ。神の座には行けたよ」


 頷きながら答えると、サーシャたちは安心したような表情を浮かべた。


「では……」

「ああ、俺の願いは――」



















 〜およそ300年後〜


「ここがクリード侯爵屋敷か……でかいなぁ。うちなんて比べ物にならないや」


 ようやくたどり着いた領主様のお屋敷はとんでもなく大きかった。

 俺の家……俺の生まれた村の村長の屋敷が何個入るかな?

 一応、親父や俺にもこのクリード侯爵家の血が薄らと流れてるって親父が自慢してたけど、嘘だろこれ。

 うちの実家と違いすぎるじゃん。


 このお屋敷と比べたらうちなんて掘っ建て小屋もいいところだよ?


「坊主、何か用か?」

「え? あ、はい」


 御屋敷を眺めていると、クリード侯爵屋敷を守る警備兵に声をかけられた。

 当然か、俺みたいな子供がお貴族様のお屋敷の前で口を半開きにして見上げていれば声もかけるだろう。


「えっと……こんにちは、俺はレオって言います。領主様に会いたいんですけど」

「はいこんにちは。領主様に? アポイントメントは……取ってるわけ無いよな。御館様は忙しい方だ、子供の相手をしている時間は無いぞ」


 しっしと犬を追い払うような動作で帰れと言われるが、簡単に引き下がる訳にもいかないんだよなぁ。


「あの、実はこの前の就職の儀で【トラック運転手】の職業を授かって……それから毎日『クリード侯爵屋敷に来い』って頭の中で声がするんです」


 就職の儀は、13歳になると受けられるようになる儀式で、どの職業になるかで人生が大きく変わる大切な儀式だ、

 そこで俺は【トラック運転手】という聞きなれない職業を与えられたのだ。


「トラック運転手だって!? 坊主、証明書は?」

「これです」


 懐から1枚の紙を取りだして警備兵に見せる。

 これは就職の儀を受けると貰える証明書で、自分の名前と出身地、職業が記された身分証にも使える公的な書類だ。


 再発行には銀貨が必要なので絶対に失くしてはならない。


「確かに……すぐに屋敷の者に伝えてくるから少しだけ待っててもらえるか?」

「分かりました」


 そう言って警備兵は屋敷に向かって走って行ってしまった。

 あの……証明書返して……


 しばらく大人しく待っていると、先程の警備兵が戻ってきた。


「待たせたな、中に案内するからついてきてくれ」

「わかりました、あの……」

「早く!」

「はい!」


 証明書を返せとは言えず、促されるがまま屋敷へと足を踏み入れた。


「キミが【トラック運転手】の職を授かった少年ですか?」

「はい。レオって言います。マツヤマ村の村長の息子です」

「はい。私は執事のヘンリーです。どうぞこちらへ、御館様がお待ちです」


 ヘンリーと名乗る執事に案内されながら廊下を進む。

 すごいなぁ、置いてある調度品1つでうちの実家の屋敷が建ちそうだ……


 しばらく進んでいると、目の前の扉が開いて中から1人の少女が飛び出してきた。


「さーて頑張るぞー……っと、ヘンリー、その子は?」


 金糸のような髪を短く切りそろえた目がクリっとしたかわいい女の子だ。


 その少女を一目見た瞬間、脳天に雷が落ちたかのような衝撃を受けた。


「お嬢様、こちらは【トラック運転手】の職業を授かった少年です」

「【トラック運転手】!? 初代様と同じじゃないか! 僕はケイト・クリード。この前の就職の儀で【剣姫】の職業を授かったクリード家の3女だよ! キミの名前は?」


 辛うじて名前は聞き取れたが、正直それどころではない。

 今にも心臓が破裂しそうな程に跳ねている。


「今度は……今度こそ死なせない」

「え?」


 今度こそ? 自分でも分からないけど思わずそう呟いていた。


「ああ、いや、なんでもないよ。俺はレオって言います」


 良かった、さっきの呟きは聞こえなかったみたいだ……


「レオくんね! トラック運転手ってことは……」

「お嬢様、今から御館様の所にお連れするところですので……」


 右手をケイトに両手で握られて上下に振られる、なんだろう、貴族のご令嬢だよね?


「そうなんだ、なら一緒に行こう!」


 ケイトは俺の右手を掴んだまま引っ張ろうとする。

 貴族令嬢が平民の手なんかに触っていいのかな……

 もちろん悪い気はしない。いやむしろ……


 それからケイトに引っ張られて領主様の部屋に行くと、すぐに裏庭に行くと言われた。


「レオくん、この奥に初代クリード侯爵が残した聖遺物、トラックが眠っている。キミがトラック運転手だというのなら目覚めさせることが出来るはずだ」


 裏庭にあった大きな岩山、その洞窟の奥にトラックとやらがあるらしい。


「行こう!」


 相変わらずケイトはずっと俺の手を引いている。

 そのまま2人で真っ暗な洞窟に足を踏み入れて奥へと進むと、ブルンと何かが震える音、それに続けて眩しい光が洞窟内を照らし出した。


「なに!?」

「眩しい!」


 いきなりの事で目の前が真っ白になる。

 いけない、ケイトだけは守らないと!


 体が勝手に動いた。

 気がつけば俺はケイトを抱きしめて光を放った存在に対し背中を向けていた。


「れ、レオくん?」

「わああ! ご、ごめんなさい!」


 咄嗟のこととはいえ、侯爵令嬢を抱き締めてしまった……これバレたら領主様に殺されるんじゃ……


「ま……まぁいいけど! それよりレオくん、あれ!」


 飛び退いたケイトは俺から少し離れて、俺の背後を指さしている。

 うしろ?


『初めましてマスター。私は【2030年式ウルトラグレート冷凍車モデル】です。個体識別名称は【ウルト】と申します』


 振り返ると、そこには巨大な存在が居た。

 高さも幅も圧倒的に俺より大きい……


 しかしウルト? なんだか懐かしいような……


『マスター、お名前を伺いたいのですが』

「名前? あ、ああ、レオですけど……」


 敵意は無い……のかな?

 それとも、これがトラック?


『マスターレオ、確認しました。マスターからは懐かしい魔力を感じます』

「魔力?」


 俺の魔力? 就職の儀を終えた後に確認したけど、魔力はEだったよ?


『マスター、私はマスターの快適と安全を守る存在です。恐れる必要はありません』

「はぁ……」


 俺を守る?

 ならやっぱりこれがトラック……


「すごい……!」


 驚いている俺を横目に、ケイトは目を輝かせてトラックを見つめている。


『あなたは?』

「ケイト・クリードです! レオくんのお友達です!」

『ケイト様……私はウルト、よろしくお願い致します』

「よろしくお願いします!」


 なんだろう、物怖じしない子だな……


「あなたが俺を守ってくれる……んですか?」

『敬語は不要です。あなたでは無くウルトとお呼びくださいマスター』

「あ……はい」


 さっき見た時は驚いたけど、よく見るとなんか……可愛いような?


『マスター、マスターは私という力を手に入れました。どう使うかはマスターの自由です。これからどうしますか?』

「これから……」


 これからか、俺は村長の息子とはいえ4男、家を継ぐことは出来ない。

 だから小さい頃からずっと冒険者になる為に鍛えてきた。

 就職の儀で戦闘系の職業を授かったら冒険者になろうと思っていたんだけど、トラック運転手って戦闘系なのかすら分からなかったからどうしたらいいか分からなかったんだよな……


「冒険者……冒険者になりたい」

『冒険者ですか。かしこまりました。ではまず迷宮を攻略してみましょうか。オススメは少し遠いですがリバーク迷宮などが――』

「待って待って!? 迷宮!? 俺まだ冒険者登録もしてないし、レベルも1だよ!?」

『問題ありません。マスターが望むのならば、魔王を轢き殺しこの世界すら積み込んでみせましょう』

「ええ……」


 こいつ何言ってんの?


「すごいなぁ……そうだ! 僕も連れて行ってよ!」

「ちょ! 何言ってるの!?」


 侯爵令嬢でしょ!?


「侯爵令嬢と言っても僕は3女、変な貴族に嫁がされるくらいなら家出するさ」

「家出って……」


 侯爵なんて貴族の中でも高位貴族のご令嬢が家出って……


「それに、【剣姫】なんて職業の女なんて誰も奥さんに欲しがらないよ」

「そんなこと……」


 無いとは言えなかった。

 夫婦喧嘩したら死を覚悟する必要があるもんね。


 それなら強くなれば……

 喧嘩しても死なないくらいに強くなれれば……俺にも可能性くらい出てくるのかな?


 さっきケイトが嫁ぐと発言した瞬間、心臓が跳ねて頭の中がカッと熱くなった。

 ついさっき出会ったばかりなのに、どうやら俺はこのケイトという少女に惚れてしまったらしい。


「だからさ……レオくん、僕も……僕をキミたちのパーティに入れて欲しい!」


 俺は、差し出されたその手を無意識のうちに掴んでいた。


 それから何とか現クリード家当主を説得して出奔。

 ライノス家の聖女とそのお付きの女騎士2人、ヒメカワ家の大魔道士を仲間にして大冒険。

 さらに王国、帝国の聖女を巻き込んで新たに現れた魔王に挑むことになるのは別のお話……

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異世界勇者のトラック無双。トラック運転手はトラックを得て最強へと至る(トラックが) 愛飢男 @aiueo_0120

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