第4話 対話

 イヴがベッドのうえで云う。

「――宇宙のシンボルって、何?」、彼女は未成熟の少女の姿をしていて、ルナに甘い言葉で問いかける。

「そもそも、シンボルの定義がわからない」

「定義? わからない?」、くすりと笑うイヴ。「私には、「ここ」がわからない」

「宇宙は、香り、だ」、ルナは応える。

「香り?」

「死の」

「死の?」

 ルナの視界には、豪奢なシャンデリアを中心に赤に彩られた空間が拡がっている。赤はカーテンの色だ。ベッドの横には、天球儀。その下にタバコの吸い殻が入れられた灰皿と、ワイングラス。

 イヴは毛布にくるまって、ルナの裸体を愛撫する。

「無辺の宇宙は、そもそも人類の住める環境ではない。そこには死しか満たされていない。充溢する死。それがシンボルだ」

「死とはまた曖昧な表現です」イヴが云った。

「非論理的、だといいたいのか? 違うな。死は経験で得られない。非論理的、そもそも不合理、不確定なんだよ」

「私は、そうは思わない。死は、蓋然的で、常に隣に在って、ひとつところにあるものだよ。それは無辺かもしれないけれど、常に現実に揺蕩っている。死は、信号。信号(パルス)は、ただ、暗号化されているだけで、表の空間内では信号として実存している」

 そんなことをインプットした覚えはない、とルナは思う。

 ルナらの乗る宇宙機キャリバーン号は、やがて近傍の太陽系の重力に引かれ、軌道を変えた。それに乗じ、ルナも拡張型現実の結びを解く。視界が一種で転じ、無機質な日常へと戻る。イヴの姿も消えていた。

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無銘空間 宮下協義 @ykz1986

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