第3話 総ての起点にして、総てのエピローグのようなもの
まず、右手で操縦桿を握り、左手でスロットル・レバーを握る。親指でジェネレータ始動承認リクエストのコントロール・スイッチを押す。
暫くして、AI(ガイダンス)から応答があり、リクエストが承認される。
己の体躯を駆け巡る神経性ナノマシンとリンクし、その結果、視覚HUDに全方位の情報が可視化される。
次に、火器承認リクエストが通知、承認され、己の操縦する外装重機兵【フロースヒルデ】の、右腕マニピュレータへ大口径タクティカルライフルが転送される。
リングサイト(照星)が表示され、それは黄色の円形データとなって、前方視界と同期する。
「――ドローンを転送します」AIが云う。
視界前方に多脚型の機兵が一機、転送されてくる。よく見るU型のドローン。所謂雑魚敵だ。
レーダーから常時流入する情報を神経ネットワーク内で照合しつつ、リングサイトを敵性ドローンへと合わせる。
右手親指でトリガーを絞り、ライフルを短く連射。火花と硝煙、殻薬莢が排出され、と同時にドローンが仮想化された三次元空間内で爆ぜる。
敵のメインジェネレータの場所は把握していた。
そこを狙えばいい。
ドローンが二機、場に追加される。同様にリングサイトを合わせ、一手一手確実にトリガーを絞り、標的を仕留める。
搭乗員――ルナ・リィフラガ・イェソドが乗っているのは、外装重機兵、と呼ばれる、可変式のパワードスーツである。
その外観は魁偉の一言。
「外装」という名の通り、生体端末に外装機械を取り付けた形だ。
全高八メートル、駆動処理系であるメインジェネレータ内部にコクピットがあり、搭乗員は背面から操縦席へと入る。核となる生体は腕のはえた巨大な鳥の形状を成しており、それ自体はオーバーテクノロジー故、量産は不可能。
唯一、エミュレーション機能を備えた<財閥>がこれの複製に成功していると聞く。いわば鳥の形をした、巨大な戦略兵器だった。
仮想訓練、終盤。
最後のドローンをリングサイトにロックオンし、訓練は修了する筈だった。が、しかしターゲットはVA社製のライフルでは傷ひとつ付かなかった。
よって、ルナは操縦桿横のスイッチをオン、兵装を切り替え、左腕マニピュレータへ超高振動ブレードを転送した。
仮想場といえども、実体は物理現象を模した空間に違いはなかった。
物理現象を司るネットワークに干渉し、高周波によって物質を切断する刃。
それが今、機兵の左腕に転送されたのだ。
眼前のドローンは縦横無尽に空間内部を飛び回って、ルナの運動視覚野を翻弄する。
こちらも機兵背面下部に換装した跳躍装置を用い、燃焼値を最大にして、敵性ドローンを追った。
ブレードといえども、サイトに照準を合わせるのは火器と変わらない。
敵性ドローンの核をブレードの先端が貫き、火花が散って爆ぜた。
「――訓練、修了です。お疲れ様です。神経性ナノマシンをカットし、ネットワーク接続をオフラインにしてください」
目覚めた際、微かな夢の内容を引きずっていることがある。
ルナにとってもそれは同じことだ。
渺茫たる草原に居て、楡木の下で草花を弄ぶ幼少の頃の記憶。
いつの頃からか喪った記憶。
それが夢、という名の幻想世界にて鮮烈な光景として蘇る。
過去の記憶なのか、未来への不安なのか。或いは現在の心理を反映したイメージの残滓か。
いずれにせよ、すべては畏怖、恐怖といった念から生じた、幻想。
故に目覚めはいつだって不快なのだ。
生きるということへの、始点なのだから。
簡易ベッドのうえで目覚めて、毛布を退ける。
上体を起こして、リビング・モジュールから漏れ出るルームライトに目を細める。
裸足のままベッドを降り、寝覚めの不快さを感じつつ、タンクトップにショーツという格好でダイニングモジュールへと向かった。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、キャップを開けて口に水を含んだ。
乾ききった喉を潤してから、口元を拭う。
急にニコチンが取りたくなったが、禁煙して久しい。そもそもこの宇宙開拓時代、嗜好品は禁じられている区が多い。ニコチンを我慢し、鉛のように重い体躯の覚醒を促すため、再度冷水を飲む。そのまま船体チェックの為、ブリッジへと向かった。
自律航行支援AIの針路チェックを終え、己が現状、■■■■雲外縁部の暗礁宙域を回遊している事実を知る。計器類や駆動系にも異常は無く、暫し現宙域を周回することになりそうだった。
冷蔵庫から適当な具材をステンレス製の皿に乗せた。
まな板のうえに玉葱を転がし、包丁で刻む。
次いでジャガイモと人参を取り出し、それぞれの皮をむいて、これも包丁で細かく切る。
簡易コンロを若干強火にセットし、鍋のなかに油をしき、先程の具材を炒める。
水を入れつつ炒め、慣れた手つきでカレールウを鍋に入れる。
弱火にし、暫し煮込んでから火を止めた。
皿に白米を乗せ、ルウをかけ、プラスチック製の使い捨てのスプーンを食器棚の中から取り出す。その場に放置してあるパイプ椅子に腰かけ、ぞんざいに口に運んだ。
平らげて、食器を熱湯に浸した。
次いで船内の汚水処理部のモジュール脇に設置してある洗面室で歯を磨いた。
洗顔し終え、簡易ベッドへ戻ると、ルナは、読みかけの古書の頁を開いた。
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