第0.8話 壁とGSW


 2020年四月のとある日、この日はGSWが六年ぶりに新入隊試験を行う日だ。六年前の2014年、毎年行われていたGSW新入隊試験で、66名が命を落とすというあってはならない事件が起きた。これにより日本政府はGSW部隊に対し、処罰を下すという判決が出たものの、結果はお咎めなしということで幕を閉じた。

 若い命が失われた事件、親族や関係者は黙っていなかったものの、日本の黒い力により隠蔽工作が行われた、などという陰謀論も出たが、それ以上は大きく取り上げられることはなかった。

 そんなGSWが六年ぶりの新入隊員募集、無論これは東京都に存在する巨大な壁『Gエリア』が大きく関係している。


 ――Gエリア、日本の首都東京に存在する巨大な壁に円状で覆われた土地。Gエリアは東京都4分の3の面積を奪っており、壁の高さは数百メートルにも及び、鋼鉄素材で造られている。一般人は決して触れることのない神の産物とされていて、無論普通の生活を送り生涯を過ごすとなれば、壁内に何が存在しているかなど知る余地もない。

 開智は泪奈を救う為、ゲヘナの起源ともされているGエリアに入ることが目的で、GSWへの入隊を決めた。




**********




 GSW本局中央ビル1階ロビー。白一色に染められた広々としたビル内、少し顔を上げればあちこちにエレベーターやエスカレーター存在する。黒のスーツを身に着けるよう指示されこの場に訪れた新入隊試験を受ける者達はかなり浮いた存在だ。総勢二十名程の中に開智も存在する。


「思ったより少ないな……」


 開智はなんとなく小声でそう漏らす。

 するとその言葉に対し一人の女性が反応する。


「――当たり前でしょ、六年前にあんな事件が起きたのだもの。みんな怖がってこんな部隊に入隊しようだなんて、普通・・は考えつかないはずよ。私から忠告しておくわ、アナタは絶対にこの場にふさわしくない」


 腰まで伸びた美しい水色髪、ぱっちりとしたこれまた水色に輝く瞳、モデルのような体型に顔立ち、辛辣な言葉よりも先に、容姿が開智の脳内にインプットされ、思わず見惚れてしまう。しかしすぐさま我に返り反論の口を開く、


「そ、そんなことをいきなり言われてッ――」


 その先の言葉よりも、ある風景が開智の視界に入る。

 開智の周りにいる試験を受ける者達の、その覚悟の決まった目付きだ。開智の目付きは青空のように透き通った瞳のおかげもあり、どことなく優しそうで柔らかなものを連想させる。しかしGSWとは、それこそ六年前にもあったように、常に死と隣り合わせの世界。この場に優しさや揺らぐ感情などゴミ同然、命を落としかねない不必要なモノなのだ。

 辛辣な言葉を開智にぶつけた彼女の瞳も、開智と似たような色合いを見せるが、覚悟の色で言えば天と地の差。


 彼女は開智を見下すように鼻で笑いさらに続ける――、


「何の目的があってこの場にいるのか知らないけれど、間違いなく命を落とすわよ、そのままの覚悟じゃ」


 開智に反論の余地はなかった。心の中で小さな抵抗を見せるものの、覚悟の決まっている彼女にそれをぶつけるのは、猫が虎に挑むようなもの。開智には黙って受け止める以外の選択肢は与えられていなかった。

 そんな開智を見て何人かの薄ら笑いが聞こえてきた。


 そんなわずかな時間を過ごしていると、試験を受ける者達の近くに、一人の人物が寄ってくる。白のオーバーコートを身に纏ったGSWの人間だ。


「皆様お集りのようですね。本日は試験内容の説明、筆記試験となっておりますので、よろしければ私の後に続いてください。辞退につきましては、皆様が通った入口を出口として利用していただければ、こちら側で辞退と判断させていただきます」


 数名が不敵な笑みを浮かべながら開智に視線向ける。この時点で彼の立場はかなり弱いものになったことがわかる。こういった競い合いの場で、このような状況はかなり不利となる。

 開智にはただただ最悪の時間が過ぎるのを待つことしかできない。


「――辞退者はこの段階ではいないものと判断します。では付いてきてください」


 これにて最悪の時間は閉幕、とこの時の開智は安堵してしまう。まだ始まってすらいないのに。

 一同は案内人により、エスカレーターで上の階へと上がる。『5F』と記載されたフロアに到着すると、少し大きめな扉が案内人により開かれ、その先へと導かれた。学校の体育館程の広さがある一室に、いくつかの長机と椅子が準備されていた。

 一同は各自椅子に着席していく。なんとなくではあるがこういった場合、最後に着席する者は自信がない者だと思われることがある。無論最後の着席者となったのは、


「あら、自信がないのね。私の隣に座ればいいじゃない」


 先に着席していった者達は、空きができないよう詰めて着席していったが、開智は先程のことも影響したのか、水色髪の美女とはひとつ間隔を空けて着席してしまった。

 彼女の発言もあってか開智は再び注目の的となってしまい、「またアイツだぜ」「だっせぇ」などのヤジが飛び交う。

 開智はだんまりを決め込むことしかできなかった。


「――では、試験に関する説明を始めさせていただきます」


 こうして開智にとって最悪の一歩が踏み出された。

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ゲヘナに堕ちる 青柳 柊 @ZT666

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