第30話:エピローグ1

「よう、来たか」


 俺が書斎へ赴くと、サンクが一人椅子に座っていた。手元には本がありさっきまでそれを読んでいたのだろう。


「怪我はもう治ったか? レイとエリには長期休暇を申請してある。今回の功績でほぼ確実に昇進するぞ」


「サンクさん。俺がここに来た理由はわかってるんでしょ? 洗いざらい話してもらいますよ」


「今のだって大事な話さ」


 サンクはやれやれと言った様子で笑う。きっと少しでも場を和ませようとしてるのかもしれないが、俺は緊張で真面目な顔を崩さなかった。


 聞きたいことはたくさんある。でもまずは……


「あの時の話の続きをしましょう。デフテロとはどんな関係だったんですか?」


 俺は自然に手を後ろで組むように見せかけて、背中に隠した短刀の柄に手をかける。


「仲間だよ。元、だけどな。そういえばレイはメデルとメタリアがもともと一つの国だって知ってたか?」


「! ……いえ、知らなかったです」


 急に示された新しい情報に俺は少し戸惑った。


「まあ、そうだよな。俺も混乱させたくなくて教えなかったんだが。宿主を呼び寄せる機械はこの国が一つだったころに開発されたんだよ。デフテロと俺は、おっとあともう一人いるんだが、その頃からの付き合いだった。あの時からもう十年、いやもう少しは経っているかな?」


「十年? サンクさんは幼いころに死んでこの世界に来たんですか?」


「いやまさか! 宿主は老けにくいだけだよ」


「だから、そういう情報は先に教えてくださいよ!」


 憤りを覚える、しかしそれよりもなぜ今まで疑問にも思わなかったのか、戦い以外にあまり関心が向かなかったのか俺は自分自身にすら疑心暗鬼になる。


「教えたとしてもすぐに忘れてたさ。初めて会った頃に体を脳を改造されているって言ったろ? あれは体が強くするためや言葉が通じるためだけじゃない。殺人衝動を掻き立て、それ以外に目が向かないようにする。兵器として制御するために、な」


「いやいや、そんなはずは! だって俺はあんなに悲しんで、楽しんで、苦しんだのに……」


 頭の中はこの世界に来た時の出来事で溢れていた。エリだけじゃない。リッカや


「そんな俺たちが自分の意思を取り戻せる唯一の機会がある。それが記憶を取り戻した瞬間だ」


「はは、それで俺は合格なんですか?」


 やけになっていた。今の俺にはサンクの言葉を受け止めるだけの精神力は無かった。


「そうだな……」


 サンクは目を伏せる。引き笑いをする俺の前で。


「失礼します。……ってレイもいるの?」


 エリがそっと顔を覗かせながら書斎に入って来た。俺たちのやり取りを聞いていたのか、気まずそうな顔だった。


「あぁ、丁度よかった。レイ、エリ、二人に渡す書類があるんだ」


 サンクは引き出しから取り出した二枚の紙を俺たちに一枚ずつ渡した。


「これは?」


 俺が尋ねると、サンクは説明を始めた。


「お前らはもう一人前と認められた。そこで二人には決めてほしいことがあるんだ。簡単に言ってしまえば、ここで今まで通りメタリアと相対するか、研究所ラボで護衛として働くか、だ」


「でも、俺たちはここでしか暮らしたことありませんよ」


「まてまて、話は最後まで聞くもんだぞ。そう、レイの言う通り。だから明日から三日間、二人には研究所ラボで研修に行ってもらう」


 サンクは俺たちの手元を指さした。


「それは研修が終わった後に俺にくれ」


 俺はエリと書斎を出る。俺は扉に背中を預けてため息をついた。


「ねぇ、レイ」


 そんな俺に気づいたエリは歩みを止めて振り返った。


「ん?」


「……ううん、何でもない」





 研修当日、サンクが送迎してくれたと思ったら急にこんなことを言い始めた。


「ほんとはノイルが担当するはずなんだが、今日は他所に出かけてるから臨時で俺が案内するよ」


 サンクは先立って研究所ラボに入って行った。簡易的な宿舎に荷物を置かせ、武器だけを背負い再び集まった。


「ここでの基本業務は研究所ラボの守護だ。ここには時々化も……天使達が襲撃してくるんだ。まぁ、滅多に来ないから暇になってみんな自由行動してるけどな」


 階段を上り、二階を歩き回る。恐らく研究所ラボの外周を歩いているのだと思うが、変わり映えのないせいで方向感覚が混乱する。


 食事処、休憩所、会議室、etc.……一通り見回った後今度はエレベーターで地下一階へと降りた。


「……そしてここが、お前たちがこの世界で生まれた部屋だ」


 その部屋は今まで案内された部屋の三、四倍はあった。その中央に鎮座する二つの白い棺が立ち並んでいた。それらはたくさんのパイプが接続されており、棺を囲むように配置されている様々な機器と繋がっていた。そしてよく見て見ると、片方の棺は色あせている。


 ……ゴクリ


 息をのむ音でさえ響き渡りそうなほど、静かで荘厳な場所だった。その中で白衣を着た研究者らしき人達は画面と睨み合いながら議論を交わしている。


 ——俺は、ここで目を覚ましたのか……


 戸惑いと感慨にふけっていると、突然建物が激しい音と共に揺れた。


 ——ビーッ、ビーッ


「第二仮処置室に化物が侵入しました。近くにいる宿主は速やかに対処してください」


 そして警報と共にアナウンスが流れる。


「うわっ! すぐ隣じゃないか! みんな逃げろ!」


 作業をしていた白衣の人たちが次々に部屋を出て避難していった。部屋にいるのは俺たち三人だけとなった。


「俺はな、これが憎くて憎くてしょうがない。他所の世界で死んだ人間が戦争、いや身内同士のくだらない争いのために勝手につれてこられて死地に向かわせることがどうしても許せないんだ」


 サンクは背を向けながら、語り掛けてきた。


「しかし、戦争を終わらせるのに俺たちには戦力が足りなかった。だから二人が来てくれて本当に助かったと心から思ったんだぜ。……かと言って俺には二人の今後について強制することはできない」


 サンクは棺の目の前まで来て、それを撫でるようにふれる。


「だからこれはお願いでしかない。どうかこれからも俺とミアについて来てくれないか?」


 俺はエリと目を合わせる。エリがふふっと笑った。


「俺たちはとっくに決めてましたよ」


 俺とエリはサンクの傍まで歩きそれぞれ一枚の紙を渡した。あの時、書斎で渡された配属希望の書類を、『現場配属希望』と記したそれを。


「……ありがとう」


 サンクはホッとしたような声で、張っていた肩をゆっくり落とした。俺たちに背を向け棺と向かい合うと槍を高く掲げ棺を真っ二つに破壊した。そしてたちまち横に薙ぎ払いもう一つの棺も破壊した。


 床は水浸しになり警報が重なる。それと同時に壁を破壊してきた天使がゆっくりとこの部屋へと入って来た。


「行こうか」


 サンクはまるで禍根を断ち切ったかのような清々しい顔で天使の元へと歩き出した。


 俺たちも彼の後を追った。

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異界の地、天を喰らうまで 蛙手 落葉 @kawade_rakuyou

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