第29話:覚醒

 天使の後を追い、白い光に包まれたかと思えば、目の前には投擲後のポーズをしたシーがいた。


「レイ!」


 俺の名前を呼びながら、エリが駆け寄って来る。酷く驚いた顔で今すぐ何かを聞きたいという思いが見て取れた。


「ごめんなさい、私の油断で。それよりもレイ、一瞬消えたように見えたんだけど、……泣いているの?」


「え?」


 どうやら俺はまだ涙が止まっていなかったらしい。涙を拭おうと右手を上げたとき、あまりの熱さに反射的に手を降ろす。


「熱っ、……なんだよこれ」


 右手首には灼熱に燃えた太陽のようなブレスレットが巻き付いていた。俺の右手右腕は焦げる様子もなくましてや熱さを感じることも無かった。


「ヒヒッ、ハハハッ! どういう手品で消えたか知らねぇけどよ! その右手、今まで力を隠して戦ってやがったのか⁉ 舐めり腐りやがって!」


 シーがかつてないほどの怒りを俺に向けてくる。彼女からすれば今まで手を抜いていたようにしか見えないのだろう。


 タガが外れたように怒鳴り散らかしたかと思えば、シーは今度は俯き声が低くなる。


「ゴウ、ごめんなぁ。せっかく二人なら天下を取れるって、その時まで死なせねぇって決めたのに、お前を真っ先に天に送っちまうとはなぁ」


 シーは左手から再び無からナイフを生み出し、両手のナイフをジャグリングの様に振り回した。


「お前ら、どっちも生きて返さねぇ!」


 ぴたりと一瞬静止し、シーは俺たちにめがけて跳び出してきた。俺とエリは左右に別れて躱そうとするも、姿勢を崩したエリが出遅れる。


 シーがそれを見逃すはずも無く、回し蹴りでエリを吹き飛ばした。俺はすぐにシーに反撃するも両手のナイフで、受け止められる。


 シーのナイフがジグソーパズルのピースの様にバラバラになる。シーは柄を捨て、再び無から同じナイフを生み出す。


「あの女も勿論恨んじゃいるがどうせ動けねぇ。それよりもレイ! まずはお前からだ!」


 シーが突撃してくる。俺はすれすれで避けようと後方に跳んだ時、勢い余って大きく下がってしまった。


「お前みたいに、力を隠して戦う奴が俺は一番嫌いなんだよ!」


 制御が、効かない。攻撃は避けられるが体力が持つか……


 俺が後方に跳ぶたび、シーがナイフを投げては近づかれ、新しいナイフで切りこまれるというのを何度も繰り返していた。


「わかるか⁉ このナイフ、柄から刃までパズルみたいにできてるんだぜ⁉ さっきのガトリングだって、俺の力が使える戦い方だったんだっ! そら、俺の能力はほぼほぼ話したぜ、お前のその腕輪で何ができるかもったいぶらずに教えてみせろよ!」


 急に饒舌になるシー。能力のヒントをくれているのは分かるが、シーの猛攻に避けるのが精いっぱいで考える暇がなかった。


「別に、隠してなんか、ない! この炎だって、今、初めて、出てきたんだ!」


「マジかよ。だったら無能力でデフテロを倒したのか? それはさぞかし優秀な宿主だ、な! 嫉妬しちゃうなぁ~っ!」


 シーがぴたりと止まった。疲労ではないことは見て取れるが、俯いていて表情が読めない。


「ハッ、自分で言ってて反吐が出るぜ。このままじゃ埒が明かねぇな」


 シーが何やら小さな声で呟き続けている。耳を澄ませると、「これじゃだめだこれじゃだめだこれじゃだめだこれじゃだめだ……」と聞こえた。


「増えろ増えろ増えろ! 俺の体は常に触れているみたいなもんだろ!」


 急な態度の変化に不気味に思った俺は、迎撃態勢に入るが、俺は踏み込めずにいた。


 ——化物っ!


 シーの左肩からもう一本の腕が生える。


「ハハハ! ついにできた! 見てるか? ゴウ! アハ! ハハハハハ!」


 続けて右肩からも腕が生え、四つの手にナイフが握られる。そのすべてのナイフを投げつけて後に続くように突撃してくる。


「——くそっ!」


 捌き切れない!


 俺は後退と剣捌きで七本までは対処できたが残りの一本、シーの元々あった右手のナイフに腹を貫かれる。


「は、なせ!」


 腹の痛みに焦った俺は右腕をシーの前で振り回す。彼女に触れなかったがシーが悲鳴を上げて大きく後退した。


 否、右腕の炎の輪が今になって熱を持ったかのように、振り回した腕の軌道に沿うように火が噴き出したのだ。


「今のって……」


「くそがっ! そんだけの力に恵まれておいて『私は被害者です』って面がきめぇんだよ!」


 力の使い方を掴みかけたが、シーはまたも考える余裕を与えてはくれなかった。


「もっとだ! アイツを確実に殺すにはもっと力がいる! やって見せろ俺! もっと! もっと増やせ!」


「っ——⁉」


 もう一人のシーがアメーバの分裂の様に産み落とされた。四つの腕を残しながら、しかも本体と同じように無からナイフを生み出す。


 ただでさえ対処しきれないのに二人になったら確実にやられる! 一か八かにかけるしか……


 俺は右腕に巻き付く炎の輪を見た。


「被害者、か。確かに記憶を取り戻してから後悔していることがあるさ。でも、でもな! 人殺しを嬉々としてやる奴に、俺は殺されるわけにはいかない! 道は自分で切り開いて見せるっ!」


 頭の中にこれまで出会ってきた人たちと、そして両親の顔が浮かぶ。


 俺は右手を高く上げ炎の輪に意識を集中させる。化物になってしまったシーたちに向けて剣を振り下ろした。


 ——ゴウッ


 剣先に炎が伝い、斬撃が火となって伸びたかと思えば、視界一面が炎舞い上がる。二人のシーを捉えた炎は蝕むように体を燃やしていった。


 焦げた苦しみに悶える人の顔や両腕が本体と思われる彼女の手から生み出されては灰に帰して行った。


「……あ、あつ……あぁ!」


 ついに本体である彼女は膝をつき、そのままパタリとうつ伏せで倒れる。


 体に付着していた炎は燃え尽きてそこには人の形をした影だけが残った。


「「……」」


 俺といつの間に戻って来てたエリは彼女が消えるその瞬間まで静かに様子を見届けた。跡形もなく消えたのを確認すると、俺はその場でへたり込んだ。


 意識が俺の手に向く。力を使ったせいなのか炎の輪はジワジワと熱を放っていた。突如、熱が伝染するように右手が炎に包まれた。戦っている最中には感じなかった熱さに俺は唸った。


「熱っ! クソ! なんで消えないんだよ!」


 必死に手を振っても、地面に埋めても消えない炎。焼けつく感覚で頭が麻痺する。


「レイ!」


 俺の異変に気づいたエリが駆け寄る。俺の右腕を持ち上げて、熱さに顔をしかめながら燃える俺の手を確認する。


 エリは俺の手を空いている手で握りしめた。そして俺の腕を持ち上げた手を離し両手で包み込んだ。


「何、やってんだ。そんなことしたら火がお前に移るぞ!」


「だからって放って置けないでしょ! ……考えがあるの」


 そう言ってエリは目を閉じて念じ始めた。すると俺の炎の輪と燃える手を覆うように水が生まれた。しかしエリが生み出した水は熱によってすぐに蒸発した。それを見たエリは再び念じて水を生み出す。


「はやく、はやく消えて!」


 一向に燃え尽きない炎に焦りを見せるエリ。俺のために必死になる様子を見て、俺も何かしないとという衝動に駆られる。


 でもどうすれば


 回らない頭で俺がとった行動は目を閉じ、ひたすら「静まれ」と念じることだった。


 俺の異能なら、俺のいうことくらい聞いて見せろ!


 ——ポコポコポコ


 水が蒸発する音が止み、水が泡立つ音が聞こえた。


 恐る恐る目を開けると水に包まれた俺の手があった。腕にあった輪は音もなく姿を消していた。


 その様子を見ていたエリは驚くと同時に手を包んでいた水が地面に落ちて弾けた。


 エリの手を握る力が増す。そして俺を引き寄せると手を離し俺を抱きしめた。


「……良かった、良かった!」


 エリは俺に顔を埋めて泣き崩れた。俺は今の一連の流れに内心驚いていたが、俺のために動いてくれた彼女を見てそっと抱き返した。


 いくばくかの時が過ぎ、落ち着いた俺たちは改めて周囲を見渡す。銃弾で抉れた地面を除き、以前とほとんど変わらなかったが、俺たちが乗ってきた車と国境を識別するフェンスがボロボロになっていた。


 持ち帰るものもなく、このまま立ち去っていいものか、なんて報告していいのかと不安になる。車も壊れてしまって、歩きで二日もかかるメルバ邸まで行く体力も残ってない。


 俺はその場で仰向けに倒れた。


「レイ!」と大声で呼ぶエリに俺は「少し寝る」とだけ返した。


 頭がぼんやりしてきた時、頭の上でライトが照らされる。俺はゆっくりと体を起こしその方を見るとサンクとミアが車に乗り合わせていた。


「念の為来て良かった。……二人とも無事みたいだな」


 サンクは壊れた車を見て言った。俺とエリはよろよろと車に近づく。


「……約束、守ってくださいよ」


 フロントガラス越しでサンクと対峙する。サンクは俺の目をじっと見たかと思えば、今まで見たこともない一番の笑顔を見せた。


「もちろんだ。それもこれもまずは家に帰って休んでからにしよう」


 サンクは後部座席に指をさす。


 暗くなった頃にメルバ邸に着いた。腹に刺さったままのナイフを抜いて治療した以外、まるで何事も無かったかのようにあっという間に就寝時間になる。


 怪我もあってすぐにベッドに横になっていたが、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。


「どうぞ」


「……レイ、ちょっといい?」


 寝巻のエリが枕を抱えて入って来た。俺の許可なく枕を並べてベッドに潜り込んできた。狭いと感じた俺はしょうがなく体を横にしてエリに背中を向ける。


「記憶、取り戻したんだよね。あの時後悔しているって言ってたけど何があったの?」


「あぁ、聞いてたのか。あれな、前の世界の夢、そう夢を見て遠くからだけど両親の顔を見たんだ。あの時、せめて別れの挨拶くらいしたかったなって、思ったんだ。結局なんで死んだかまでは思い出せなかったんだけどな! ははは……」


 わざとらしく明るい声を出してみたが、エリは特に何か言うことは無かった。気まずくなって沈黙が続いたが、とたんに背中からエリが触れてくるのを感じた。


「……帰りたいって思った?」


 不安げなエリの声を聞いて俺はゆっくりと体を動かしエリと向き合った。今にも泣きそうなエリを俺はそっと抱きしめた。


「うーん、思ったは思ったけどもう過ぎたことだしな。それに今は戦争を止めたい。……だからこれからも一緒に戦ってくれるか?」


 俺はできるだけ穏やかに正直な気持ちを伝えた。これが幸いしてかエリも穏やかな顔になる。


「うん」


 そして俺たちは静かに目を閉じた。

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