第28話:TERMINUS

「レイ」


 ——なんであなたは、平然としていられるの⁉ ……辛く、ないの?


 途端にそんなことをしたり顔で言うレイを見たエリは走ったおかげで取り戻しつつあった冷静さを失いそうになっていた。


「落ち着いて聞いてくれ……エリ?」


 エリの思いなど伝わらず、彼女の不審な態度を不思議に思うレイ。


 ——いいえ、違うわ。貴方は目の前のことにまっすぐなだけ


 自己完結したエリは呼吸を整えるとともに心も落ち着いた。それを見ていたレイは再び話し始めた。


「落ち着いた? いいか……だから……頼んだぞ」


 レイは小声でゴウの能力を伝えた。最後に肩に軽く手を置く。


「……わかった」


 エリはレイの言葉に応える様に力強い声と共に頷いた。


「さっきからボソボソボソボソ、何言ってんだよ!」


 転倒から立ち上がったシーが八つ当たりするように叫ぶ。


「今度は俺が相手って言ったんだよ!」


「マジかよ! 早くおっぱじめようぜ!」


 レイが叫び返す。シーの声色が一瞬にしてよろこびに変わった。シーの横で犬のように唸りレイを睨むゴウにシーは呼びかける。


「おいゴウ。お前はあの女の相手をしてくれ。


 その言葉の直後、エリがゴウの顔の横を掠める様に水玉を放った。


「そうよあなたの相手は私、ついてきなさい!」


 エリはレイと距離をとるためにメタリア側の平原へと走った。そしてゴウがエリの後を追いかける。


 二回戦の始まりを知らせる様にシーの機関銃が火を噴いた。


 レイはシーと一定の距離を保ちながら、外周を描くように走り銃撃を避ける。


「おいおいおい、また追いかけっこをさせてぇのかぁ?」


「そんなつもりはないよ」


 レイは足を切り返し、シーに向かって直進する。レイに直面するあまたの銃弾はレイに傷一つつけられずに、レイの剣によって弾かれていた。


 ——コイツ、自分に当たりそうな弾を全部切り落として⁉ ……ちげぇ、刀身を盾の様に使ってやがる!


「ハハッ!」


 シーはレイに機関銃が通用しないと理解しながらも打ち続けた。


 レイがついに剣を振る。シーの機関銃をバラバラに切り、高く跳ぶ。刃が向けられたシーは笑顔を崩さず、左手をレイの剣に向けて晒す。


 シーの笑顔に気づきながらもその意図を考える時間は無いレイはそのまま切りつけた。


 ——ガキン


「⁉」


 金属同士が衝突する音に驚くレイ。それもそのはず、レイから見れば何もなかったシーの左手にはナイフが握られており、レイの攻撃を防がれたからだ。


「今までのは前座だよ! 俺ぁもともとこっちが本職なんだぜ?」


 シーはナイフを傾けレイを地面にいなした。


「シーちゃんに任された。シーちゃんに任された。シーちゃんに任された!」


 ゴウはレイに向けていた怒りを忘れ、嬉々としてエリを追い回していた。踊り狂いたいほど内心は舞い上がっていたが、冷静に両手でフレームを作りエリを枠内に収める。


 ある程度の距離がとれたエリは立ち止まり、ゴウの両手の指から覗ける目を杖を構えながら観察していた。


 ゴウがまばたきをするその瞬間、エリは目の前に等身大の水球を生み出す。かちりと頭に音が鳴ったゴウは金づちを抜き水球をお構いなしに殴りかかった。しかし、水球が弾けただけでエリはそこにいなかった。エリを見失ったゴウは周囲をきょろきょろと見渡す。


「上よ」


 エリはゴウの真上から同じ大きさの水球をぶつける。ゴウは引き下がることなく水球を受け止め再び両手でポーズを作りエリに向けた。ゴウが片目を閉じる瞬間に合わせてエリは再び水球で姿を隠す。ゴウは今度はすぐに飛び出すことが無かったため、エリが生み出した水球が宙に漂う。


「こそこそ隠れてないで出てこい!」


 苛立ったゴウが狂乱した時の様に叫ぶ。エリは誘いには乗らず、目の前の水球を操るための魔力を解く。水球はそれでも形を保っていた。


 ——レイの言っていた通りね。


 レイからはゴウと言う男は手で作ったフレームの中に移ったものの動きを止める能力を持っているという分析を聞いていた。だから自分の水で姿を隠しながら戦えとも。


 ——作って維持して、操作するのがどんなに大変か知らないくせに


 結果としてレイの言う事が正しいことが分かりつつもエリはレイに心の中で悪態をつく。そしてゴウを囲むように大量の水球を生み出した。戸惑うゴウは両手のポーズを崩さずにひたすらエリを探す。


 ——水をただぶつけるだけじゃダメ。水圧を高めて、もっと細く、もっと鋭く、槍の様に!


 エリは杖を目の前まで持ってきて、ひたすら頭で念じる。


 ゴウを囲む水球が波打ち震える。水球一つ一つから一本の棘がゴウに向けて伸びる。


「——貫け!」


 水の槍がゴウの全身を串刺しにした。悲鳴を上げられないほど痛みに苦しむゴウは膝をついた。


 あぁ、私もいよいよ人殺し。でももう逃げないよ、レイ


 直接手を下したわけでもないのに手が痺れたような感覚に見舞われ、エリは渋い顔で目を伏せた。


「……シー……ちゃん」


 崩れ始める体でゴウはシーのいる方向へ顔を向ける。両手のフレームは崩さないままシーを覗き込む。


 もっと、一緒にいたかったな。僕が弱いせいで……


「……ごめん、ね」


 体が横になりながら、ゴウは最後のあがきとして能力を発動した。そう、枠に映る視界はシーからレイへ。


「ゴウ?」


 聞こえないはずの声をシーは背中側から聞こえた気がした。レイとの剣の打ち合いの最中、大きく後退し、声が聞こえた方を見る。


 シーの目に映ったのは両手をカメラの様に作る消えかかったゴウ。


 シーは今日初めての動揺で体がこわばった。それを見逃さなかったレイは一気に詰め寄ろうとしたその瞬間、ゴウの能力で体が硬直した。


「……あばよ」


 目を見開きながら振り返ったシーはレイの脳天をめがけてナイフをまっすぐに放った。




 ***




 カーンカーンカーンカーン


 茜色に染まる空の下、目の前で踏切の遮断桿が降りてきた。頭に当たってしまいそうなほどその近くで立っていた俺は慌てて一歩下がった。


 どこだ?ここは……


 辺りをぐるりと見渡す。踏切を超えた先や俺の後ろで、電車が通過するのを待っている人々のほとんどが俯きながら四角い板と睨み合っていた。車も数台止まっており、見えた中の人も外で待つ人たちと同じ目線だった。


 俺は続けて自分を見た。黒い制服を纏い、左肩にバッグを下げている。鞄を認識して今更その重みを感じた。


「……思い出した」


 そうだ、ここは俺が異世界に来る前にいたところだ。目の前の踏切も通学路でよく歩いていたはずだ。


 連鎖的にいろいろ思い出せそうになってきたところで急に頭痛が響く。俺はとっさに下を向いた。


 思い出してみれば、目の前のこの景色も代り映えの内容に感じた。もしかしたら本当に過去にさかのぼってしまったのではないかと錯覚するほどに。


「……父さん!母さん!」


 踏切を超えた、さらにその先にこぎれいな老夫婦が歩く人々たちに紙を配っていた。ぼんやりと見える顔は、特に母親が泣いているように見える。


 日が沈みそうなこの時間帯、普段なら家にいるはずの両親だが、これ幸いにと俺は両親に呼びかけた。


「父さん! お母さん! おーい!」


 俺の叫びは踏切の音に虚しくかき消される。俺は悪態をついた。いっそのこと飛び越えてしまうかと考えてしまった。


 右足を踏み出したところで風に飛ばされてきた一枚の紙が俺の視界を奪った。その一角が俺の口に入りそうになり変な声が出る。俺は張り付いてきたその紙をはがし、睨みつけた。丸めて捨ててしまおうとした時、その紙に書かれていることを見て俺は驚いた。


 ——俺?


 そこには俺の顔と『探しています』の文字。


 俺は行方不明になっているのか。じゃあなんで俺はここにいる? さっきは確かシーの銃弾に当たりそうになって……


 今が過去にさかのぼっていないと確信すると共に現状に疑問を抱く。だがそれよりも、そんなことよりも、俺は一刻も早く両親と言葉を交わしたかった。


 ——はやく、はやくはやくはやく!


 電車が目の前を横切る。この時間が長く、とても長く感じた。


 電車が通過しきった。警報も鳴りやんだ。遮断桿があがるまでがもどかしくなり、俺はそれを飛び越えた。


「父さん! 母さん!」


 今度こそ、声が届く。


 そう安心し、線路を超えようとしたところで、俺は一瞬にして暗闇に包まれた。


「——父さん! 母さん!」


 視界が黒く染まる直前、父親が俺を見た気がした。が、それを確かめるすべはもうなかった。


 平衡感覚が失われそうなほど黒一色の一帯。俺はそこで地面に伏した。


「ああぁ……」


 涙が止まらない。両親との再会を無かったことにされた悔しさで何度も地面を拳で殴りつける。せめて、俺は生きていると一言伝えたかったのだが。


 背筋が凍るほどの気配が俺の後ろからした。俺はとっさに立ち上がると、白い輪郭をした黒いアメーバに囲まれた。数本の隆起する部分には白い点が三つが目と口の様についていた。恐らくこれらは天使だろう。


「なんで! せっかく思い出したのに! 目の前まで来たのにっ! どうしてだよっ!」


 俺を囲む天使たちに向かって俺は叫んだ。きっとこいつらが俺を暗闇に閉じ込めたに違いないと、ひたすら罵った。


 吐き出すことで、俺は少し落ち着いた。


「こんなところで立ち止まっているわけにもいかないな。おい、俺は元居た場所に戻れるんだろうな⁉」


 目の前の言ったの天使に聞いたがもちろん返事はなくただじっと俺を見ていた。


 このまま待てばいいのか? どっかに歩く? くそっ、エリが無事だといいんだが……


 ふと、俺のズボンが引っ張られた。下を見ると小さな天使が短い腕を精一杯に伸ばし、奥の方を指していた。


「あそこに向かって歩けってことか?」


 小さな天使は言葉こそ発しなかったが、刺した方向へと走り出した。俺は一縷の望みにかけ、小さな天使の後を追った。

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