第27話:乱心
エリが生み出した大量の水は戦場を覆うように降り注いだ。圧倒的な水量は大地の吸収を許さず、大地はぬかるみ、塹壕は一瞬にして川へと変貌した。
飛び交う悲鳴。メタリアの兵士たちはギリギリ水面から顔を出せていた。川から這い上がるために鎧を脱ぎ捨て、銃もダメになり裸一貫となった彼らは自らの国へと逃走した。
シーは持っていた銃も濡れ過ぎでダメになったと判断し、それを投げ捨てた。そしてシーとゴウは自分を横切る部下の顔を片手で掴み、地面にたたきつけた。ゴウとシーに返り血が付着する。
「逃げる弱虫にはお仕置きって、言ったよね~⁉」
ゴウの態度が一変する。歪んだ笑みを浮かべ、血肉を夢中になって触り遊び始めた。
「あーあ、どうしてくれんの、これ」
反対にシーから笑みが消える。マントと顔が汚れ、溜息をつく。
「……何やってんだ!」
無意味な殺人をしたシーとゴウにレイは怒りを湧き上がらせる。
「そうカリカリすんなよ。わーったわーった、認めるよ。お前らも立派な兵器だな。あー、俺はシーでこっちはゴウ。せっかくだし名前を教えろよ」
「ふざけてるのか!」
レイは激情にかられ叫んだ。対照的にシーは再び笑みを取り戻す。
「別にそんくらいで怒るこたぁねぇだろ? ほいじゃま~、こっちに聞いてみるか」
シーは足元にあった白い布に包まれた人一人くらいの大きさのモノを拾い上げ、布をはがしてレイ達の足元へと投げた。投げられた中身を見たレイ達は酷く驚いた。
「……デフ、テロ?」
口と手足を白い帯で縛られた銀髪の少女が酷く衰弱した様子でそこにいた。
「それってレイが戦った……」
エリは途切れ途切れに呟く。それを聞き取ったレイは小さく頷いた。
「……レ、イ」
結びがほどけ口元が自由になったデフテロはゆっくりと首を動かしレイを見る。
「……もう、二度と会うつもりは、ゴホッゴホッ、なかったのに。……みっともないわ」
「なんで、前よりもボロボロなんだ……」
「……そんなの、私がしくじったから、よ。……貴方のせいじゃない、わ。貴方は自分の仕事を果たしただけ。……そんな顔をするのは違う」
レイの目から涙であふれる。しかしデフテロを見るために俯いていたおかげで、他の誰かに見られることは無かった。
デフテロの言葉を聞いたシーは彼女の言葉にわざとらしく同調する。
「そうそう! 『……みんなの食べるものがない』って言って国を飛び出しておいて、このざま! 俺がお仕置きしておいたぜ」
シーはデフテロの口調を真似た後、堪えられずに吹き出した。シーの言葉がレイの思考を加速させる。つい先日デフテロが言っていた『……貴方が今戦わないことで、守れる命があるって言っても引いてくれないの⁉』という言葉が今になってレイの心を突き刺す。
「……そういう事だったのか。だったらなんで言ってくれなかったんだ」
「……今のあなたになら言えたかもね」
デフテロの呼吸が一層浅くなる。それに合わせて足元から少しずつ欠け、炭となって消え始めた。
「へぇ~、コイツをボコしたのっててっきりお宅の副隊長あたりだと思ってたが、まさかお前だったとはねぇ、レイっつったか? 覚えたぜ」
シーは右腕を回し、軽く体をほぐした。レイという少年を新人と舐めていたがデフテロを打ち負かしたと彼らのやり取りから察せられる情報に心が躍っていた。
「こんな時まで、皮肉を言う余裕があるとはな」
レイはシーの言葉にお構いなしにデフテロを見つめる。デフテロの体はすでに半分以上消失していた。
「……皮肉じゃないわ。だってもう目が覚めてるもの。……あとはそう、きっかけだけ」
レイは突然意味不明なことを言われ口をつぐんだ。戸惑うレイを見たデフテロはふと笑う。
「……賭けてよかった。……あとは任せるね」
「待て! どういう事だよ!」
いよいよ完全に消えかかっていたデフテロにレイは大声で尋ねたが、返事が返ってくることは無かった。
「……ダメ、こんなのダメよ!」
エリは銀髪の少女が消えた瞬間、無意識のうちにシーに向かって跳び出していた。彼女の内心を後悔と焦りが支配する。
レイばかり戦って辛い思いをさせていた。私も戦うって誓ったのに!
「お前はお呼びじゃねぇんだよ! 女ぁ!」
迫りくるエリを前にシーは自身のマントを勢いよく脱ぎ捨てた。
あらわになるのはいくつかの筒や管と二つのグリップが繋がった大きな銃。シーはグリップを両手で握り、その長い四つの銃口をエリに向ける。
「失せな」
シーはグリップについていたトリガーを引く。銃身が回転し、目では追えない数の銃弾がエリに向かって放たれる。
勢いで飛び出してしまい避けきれないと判断したエリは、腰から取り出そうとしていた杖を手から離し、体を左に向くように捻った。
エリは等身大の水球を自分に向けて放ち、腕を交差させそれを正面から受け止める。その勢いでシーからの銃撃を間一髪で避けた。そして体制を整え、撃ち終わらないシーの弾幕から走って逃げる。
「シーちゃんにぃ何するつもりだぁ!」
ゴウが昂った心のままシーを攻撃しようとしたエリに怒りを向けた。両手でフレームを作りエリを中心に納める様に覗き込む。
ゴウが左目を閉じようとした瞬間、それを見ていたレイは嫌な予感がし、傍にあった小石をゴウにめがけて投げた。小石はゴウの右腕に当たり、ゴウが片目を閉じたと同時に両手が上下にずれる。
小石に追随するようにレイはゴウに飛びついた。ゴウは自身を攻撃したレイに睨んだままの視線を移し、再び両手でフレームを作った。
レイが背中の腰にある剣を抜刀しようとした時、ゴウは片目を閉じた。
「……っ⁉」
ついさっきと同じようにレイの体が固まる。何故か動く右手を強く握りしめ、動け、動けと抗った。
「そのまま、じっとしててよ!」
——金づち?
ゴウは腰から金づちを取り出し、レイの右脇腹に向かって大きく打ち付けた。
「ぐっ、うっ!」
いつの間に体が動くようになっていたレイは転がるように吹き飛ばされた。勢いが止まってすぐ立ち上がり、目が回るのを我慢しながらゴウを見る。ゴウが自分を見ているのを確認し、エリから注意を反らせたと一安心した。
「ぼ、僕の邪魔をするつもり? そ、そこどいて!」
ゴウは金づちを腰に戻し言う。レイを殴り頭が冷えたゴウはいつもの弱気に戻っていた。
両手のあのポーズ、あれを向けられたら体が動かなくなるのはほぼ確定だなどうやってかいくぐるか……
彼自身気づいていないが、いつになく冷静になっていた。そして目にあった涙ももう乾いていた。
レイはゆっくりと重心を落とす。全速力で走り出し、あらゆる方向をランダムに小刻みでステップを踏みゴウに突撃した。
は、はやい……
臆病なままのいつものゴウはレイが自分の周りを走る姿に怯えていた。両手で作ったフレームでレイを捉えても一瞬で逃げられてしまう。ゴウの能力のトリガーが手で作ったフレームで覗き込んだ状態で片目をカメラのシャッターのように閉じることであるため、レイの速さにワンテンポ追いつかない。
どうしよう、どうしよう、どうしよう! 早くシーちゃんのところに行きたいのに!
走り回るレイを目で追いながら怯えと焦りを隠せないでいるゴウ。ついに自分に向かって飛び出してくるレイに叫んだ。
「ぼ、僕だって、宿主なんだぞ!」
レイが切りかかる直前、ゴウは自分の能力で偶然動きを止めることに成功した。目の前で目を大きく見開きながら静止しているレイを見て再び気分が高揚する。
「キヒッ!」
変な笑い声と共に、ゴウは腰の金づちでレイを殴る。時間差で吹き飛んだレイは地面に打ち付けられたときに痛みの声を漏らす。
ゴウとレイの今の一連の動きの間、シーとエリは未だ銃撃との追いかけっこを続けていた。エリは杖を構えながら兵士たちの銃を撃ちぬいたときの様に水滴の弾を放つも、はるかに多い実弾の前では一発もシーに届くことは無かった。
全然反撃できない! あのマシンガンずっと打ちっぱなしじゃない! そんなのってあり得る⁉
「ぎゃははは! 逃げろ逃げろ~!」と笑うシーを横目に、エリは走りながら考える。十中八九シーの能力に違いないと思う一方で、共振石のように前の世界では通じない常識があるかもしれないと迂闊に近づけないでいた。
「あぁもう!」
シーの攻撃が止んだ。考えるのがだるくなったエリはこれならどうだと先ほど自分を吹き飛ばした大きさの水球をシーに向けて放った。
「よっこいしょ」
あの装備なら早々に避けられないだろうというエリの期待虚しく、シーは軽々と水球を避けた。
的を失った水球がゴウとレイの間を突き抜ける。
必然か奇跡か、ゴウが自らの能力を使った瞬間だった。水球は二人の間でぴたりと静止した。
能力の影響がエリのおっきな水玉に。俺は? ……動ける!
ゴウの能力に何度も反撃を喰らっていたレイ。しかし今この瞬間目の前の男、ゴウの能力を理解したと確信する。レイはエリがくれたチャンスに心の中で感謝した。
チャンスは無駄にできない、な!
レイは瞬時にゴウの背後に回り、蹴り飛ばした。
ゴウは浮いたまま静止している水球を貫きシーに衝突する。時間を取り戻したかのように水球は弾けた。
「おいおい、大丈夫か?」
シーは自分も衝突したにもかかわらず、痛がるゴウを心配する。
ゴウを追うように、レイはエリの元まで走った。
「バトンタッチだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます