第26話:開戦
「なぁ~、まだ時間にならないのか~?」
癖っ毛のあるブロンドヘアを赤い紐で二つ結びにしている少女は、だぼだぼのマントに身を包み、体の半分ものサイズのある銃をガチャガチャと玩んでいた。
彼女の前で整列する重装の兵士たちは彼女の言葉に怯えるように縮こまる。彼らは一切振り向くことは無かった。
「あ、あと五分はあるよ」
答えたのは彼女の隣に並ぶ気弱そうな男だった。少女と同じ格好であるにもかかわらず体を震わせる男。決して寒いのではなく緊張していた男はポケットから一本の筆を取り出し両手で握りしめた。
「ゴウ、いつまで緊張してんだよ! 俺たちでこれから世界を変えんだろ⁉ 最初っからそんなんでどうすんだよ!」
「……うん、そういえば相手が全然来ないね。もしかして僕たちの宣戦布告が届いてないのかな?シーちゃん」
「んなわけねぇよ。ここに置いといた囮たちが丸ごと消えてるんだ、ぜって~気づいてるよ。なぁ」
シーと呼ばれた少女は自分の足元に向けて同意を求めた。
「誰が来るかな、いきなりサンクの野郎が来たりして」
「……やめてよ。流石に最初からあいつと戦うのは嫌だなぁ」
ゴウはまた体を震わせた。
「来たよ」
一台の車がエンジンを吹かしやって来る音が聞こえる。それに反応したゴウは指をさしシーに伝えた。
塹壕跡の溝の手前で車は停止した。そこから降りてきたのはレイとエリ。シーは見ず知らずの相手であることに少し落胆する。一方でゴウは温和そうな二人を見てホッとしていた。
「おいおい、たった二人かよ。しかもどっちも見ねぇ顔だな~、お前らぜってー新人だろ」
シーがレイ達に声をかけると、二人はシーを睨みつけた。そのまま隊列している兵士たちを見て目線を外さないまま塹壕を飛び越える。シーはゾクゾクと胸の内側から笑いがこみ上げていた。
「不当な侵略は世界を敵に回すことになるぞ。まだ間に合う。今からでも引き返せ」
レイはサンクから聞いていた言い文句をできる限り平静を装いながら言った。
ケッ、思ってもいないことをよく言うぜ
シーから言わせれば笑い話に他ならなかった。今更、どんな思いでここにいるのかお前は知らないだろうと。
「ね、ねぇどうする? 急に怖い顔で睨んできたよ」
「うろたえんじゃねぇ!」
怯える少年と高圧的な少女。そんな二人のやり取りを見たエリはレイに囁きかけた。
「ねぇ、あの二人。宿主だとは思うんだけどそれにしては幼過ぎない?」
実際のところシーとゴウはエリたちとそう歳は変わらなかった。ただ、彼女らの振る舞いがエリたちにそう見せていた。
エリの言葉を聞いたレイは口を開く少年少女のに怯えているように見える兵士たちがまるで彼らに遊ばれる玩具に見えた。
「あいつらがどうであれ油断するなよ」
堂々と宣戦布告してきて、一緒にいる兵士はほんの十数人程度。よほどの手練れなのか?
レイは疑問を抱えたまま、呟くようにしてエリに言葉を返す。
「ん~? そうこう言ってるうちにもう時間だな~」
シーはポケットから取り出した懐中時計を仰ぐようにしてみながら言う。シーの無邪気な笑顔が危うさに満ちていたのを感じたレイは焦るように叫んだ。
「止めろって言っているのが分からないのか⁉」
シーはぽかんと口を開けてレイを見る。そして今日一番の笑みを浮かべた。
「そういえばさっきの返事してなかったな。理由なんて幾らでも作れんだよ。この写真、そこの女がうちんとこの人を攫ってるのがばっちり写ってんぜ」
シーはさっと胸ポケットから写真を取り出し、レイとエリに見せるわけでもなくすぐにしまった。
「もういいだろ? いいよな~? こっちは早くおっぱじめたくてウズウズしてんだ、お前ら構えろ!」
シーは手持ちの銃を掲げる。シーの掛け声で兵士たちはいっせいに銃を構える。
「てー!」
シーの合図で銃声の嵐が轟く。
「くそっ!」
レイとエリは左右に別れて跳び出す。わずか数秒、銃声が止むまでレイとエリはひたすら駆け回った。
その間エリは自身で生み出した指先ほどの水滴を、レイは足元で都度小石を拾い銃を撃つ兵士に向かってそれらを投げ飛ばした。
銃弾は宿主であっても致命傷になる。
それはレイとエリにとっては初めて宿主を倒した時、そして今レイとエリの敵側が使用していることが示していた。
移動中、その可能性を警戒していたレイはエリと共に対策を立てていた。それが初めに銃持ちの相手をこちらも遠距離で対応することだった。なるべく殺しはしたくないから銃を壊してしまおうと。
エリは杖を前方に構えながら水滴を弾幕の様に打ち出し、的確に銃に二、三発と狙い当てて行った。一方でレイは銃撃を避けながら様々な体制で石っころを投げるも、良くて十回に一回程度しか相手に当たらなかった。それも銃に限らず敵の顔や肩など場所を問わなかった。
「はぁ~、ずいぶんとまぁ器用な新人だな。銃を落とせばもう戦えないと思ったか~? 甘ぇっ‼ 俺が今食ってるリンゴより甘ぇ‼」
レイ達が銃撃を躱している最中、シーは懐からリンゴを取り出し走り回る彼らを肴にそれをむさぼっていた。食べ終わり残った芯を後ろに投げ捨てシーは立ち上がる。
「こちとら銃ごときいくらでもあんだよ‼ そんなこともサンクは教えてくれなかったか~⁉ おいっ! 動ける奴から新しいの持ってこい!」
俺の投石で倒れた以外の兵士たちが引き下がり車の荷台から新しい銃を引き下げて戻って来た。しかし、残っていた兵士はもう五人。今のエリなら一瞬で無力化で切るだろう。
——もうこちらの実力は大体でもわかったはず、でもなぜあの女はまだ笑ってるんだ?
レイは表情を崩さないシーを不気味に思った。
「次はどうかな~? 第二陣、てー!」
第二陣⁉
ジャゴジャゴジャゴン
レイがシーの言葉に何かを察した瞬間、後方から銃を構える音を聞き取った。振り向くと、塹壕から次々と現れるメタリアの兵士を目撃しさらに驚愕する。
体が、動かない……!
レイは突然体が動かなったことに困惑した。体の芯から棒を突き刺したような感覚に焦りを覚えながら、何とか動く口でエリに注意を促す。
「エリ! 後ろだ!」
レイの叫びにエリはとっさに後ろに振り向いた。エリとレイに狙いを定める兵士を見た後、エリに手を伸ばしたまま不自然に固まるレイに向かって走り出す。
ここまでコンマ数秒、そして銃が乱射されると同時にエリはレイを抱きかかえる。
「ありがとう、もう動ける。いったん地中に入って体制を整えよう、そのまま俺を投げてくれ」
「わかった」
体が動くようになったレイは姿勢をまっすぐにし、エリは棒のようになったレイを塹壕に向けて投げた。
「う、うわ!」
第二陣の掛け声で顔を出さなかった兵士に出くわしたレイはすかさず顔を殴った。そして相手の銃を握りベルトを引きちぎって奪い取る。ダウンした兵士はそのまま奥へと放り投げた。
続いて塹壕に飛び込むエリ。銃を構えていたレイと背中合わせになり、レイの後方を警戒する。
「このまま話そう。さっきは助かった」
「何があったの?」
レイとエリは小声で話し合いを始めた。
「わからない。急に体が動かなくなった。たぶん敵の宿主のどっちかの能力だと思う」
呼吸が乱れる中、レイは自身に起きた事を最小限に伝える。
「今みたいに体が動けなくなると、数に圧倒されるな。宿主と兵隊たちせめてどっちか抑えられたらいいんだが……」
呼吸を整えたレイは現状を改めて分析する。レイの言葉を聞いたエリは少し考え込む。
「……私、思いついたわ。これならいけるかも」
エリは自分の考えをレイに伝えた。
塹壕からの奇襲を躱され、塹壕に逃げ込まれるまでを眺めてたシーは足をダンダンと踏み鳴らし苛立ちをあらわにしていた。
「な、ん、で、だ、よ! ったく一発くらい当てろってんだよ! 使えねーなー! ……ふぅ、ゴウも能力はまだとっておけって言ったろ~?」
手でフレームをつくり、映り込む風景を片眼で見ていたゴウはシーの言葉に体をびくつかせ俯いた。
「うぅ、ごめんよ。でも僕なんかの力なんてこういう時しか役に立たないと思って」
「んなことねーって! もっと自信持てよ、俺たちは強いんだって、世界に思い知らせてやるんだろ⁉」
「……う、うん! そ、そうだよね!」
シーの言葉でゴウは元気を取り戻し、顔を輝かせる。
敵を他所にシーとゴウが雑談をしていると、飛び込んだ場所と同じ位置からレイとエリが塹壕から跳び出てきた。
「おいおいおい、まさかそのまんま出てくるとはな~。 また全方位で銃を向けられたいのか~?」
あまりの間抜けっぷりに仰向けになって笑うシー。彼女の言葉、態度を向けられても、レイとエリは真面目な顔を崩さずにいた。
「安心して、もうこの戦場にはあたしたちしか残らないから」
エリは両手を大きく広げ天に掲げた。
太陽が照らす
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます