第25話:衝突と決心
これからサンクを問い詰めなければならないという思いが緊張を呼び、サンクがやって来たと同時に俺は立ち上がっていた。
「おお、レイ! ……無事で、良かった」
俺に対するサンクの第一声が俺を案ずる言葉だった。けれどこの時の俺はこの言葉すら素直に受け取れなかった。
「って、スターの顔が見えないな。またあいつどっかに隠れているのか?」
サンクがきょろきょろとあたりを見渡す。
「それはこれから情報交換しましょう。レイ、さっきの報告を改めてお願い」
ミアに言われて、俺は教会での話したことと全く同じことを繰り返した。
サンクの反応はミアとそっくりだった。特にスターについてはあっけらかんとしている。——それに、
なんで、なんで、そんな目で俺を見るんだ。
慈しむような、見守るようなサンクの眼差しを俺は直視できずに、目を逸らした。
「……デフテロ」
「え?」
俯きながら俺は戦った彼女の名前を口にした。それを聞いたサンクは、驚きの声を漏らした。
「今、なんて言った?」
「デフテロ。俺が戦った相手がそう名乗ってました。彼女は木や骨で人形を造り操る能力で、始めは戦いたくないと、デフテロという名前を使って引き下がればサンクさんに許してもらえるなんて言ってました。……どういう関係なのか、教えてくれますか」
「ちょっとレイ! あなたそんなこと言ってなかったじゃない! それに……っ!」
ミアが俺を咎める。焦りを見せるミアをサンクは開いた手をミアに向けて伸ばして黙らせた。
「……いい、ミア。疑われるのは当然だ。レイ、確かに俺たちはデフテロとは知り合いだ。だが、戦争の真っただ中で敵国に知り合いがいるという意味を考えてほしい」
「なんでそうはぐらかすんですか! そんなに俺が信用できないですか……」
「レイ、聞いてくれ」
「いつも見透かしたようなそぶりで、内心では見下してたんですか⁉」
——バチン
錯乱していた俺は顔面に受けた衝撃で目を覚ました。俺をはたいたのはもちろんサンクで、叩いたその右手で俺の胸ぐらをつかんだ。
「いいから聞いてくれ! 今はそれどころじゃないんだ、急がなければ凄惨なことになるんだぞ!」
サンクは手を放し、ポケットから蒼色の石を取り出した。そしてその石を数回指でつつくと、石から『——私は、捕らえられた我々の同胞を取り戻すため、十二月十二日十二時を持ってメデルに侵攻する』と淡々とした男の声が聞こえた。
「今日は十二月十一日。つまり明日がその日だ。もしこの情報が本部に伝わったら確実に戦争まで発展する。だから俺たちだけで明日攻めてくる相手を抑えければならない」
サンクは部屋の中央に向かって歩いた。
「遅くなったがまず、俺たちに起こったことを報告しよう。俺たち三人が密入国者を見つけ、捕らえた。が、同時に罠に引っ掛かりあたかも俺たちがメタリアの一般人を拉致したかのような写真を撮られてしまった」
一瞬、サンクから悔しさが見えた。そしてそれが嘘のように深呼吸をしたサンクは普段通りの堂々とした振る舞いで話す。
「俺たちがやらないといけないことは三つある。捕虜をひそかに返すこと、写真を押収する、そして侵略者を止めることだ」
サンクは人差し指、中指、薬指を順に伸ばした。
「そんなの、本気で言ってるんですか?」
この世界の事情について俺は全くと言っていいほど知らない。しかしサンクの言ったことがあまりに無謀な夢物語な提案であることは簡単に分かる。
「できないことは無い。この石があることを見るに明日攻めてくることは前々から決まってたんだろう。写真は侵略を正当化するための保険に過ぎないはずだ。作戦の規模からメタリアと言うよりも軍か、現地の部隊の独断だと俺は睨んでる」
サンクはすらすらと自分の考えを述べる。なぜ敵の規模が分かるのか、なんでそこまで考えられたのか、そもそもメタリアはどんな国なのか、きっとどんな質問をしてもサンクはすぐに答えられるという雰囲気をしていた。
俺はただ、口をつぐんでいることしかできなかった。
「捕虜の返還は俺とミアでなんとかできる。しかしそうなるとこれから攻めてくる相手に対応できない。そこでレイとエリ、二人に任せたいんだ」
「「……」」
流れる沈黙。俺はともかく、エリは部屋の隅でじっとしていた。
——なんで、あんたも異能を使えない、記憶のない俺を信用できないんじゃないのか?
「……あ」
かろうじて搾り出した声は言葉にもならず、喉を詰まらせるばかりだった。
「規則違反ゆえ今回ばかりはお願いしかできない。だがお前たちならできると俺は信じている。どうか頼めないか」
サンクは足を揃え背筋を伸ばす。
「待ってくれ!」
頭を下げようとした彼を俺は止めた。
「あんたがなんで頭を下げるんだ! ……戦います、戦いますから、サンクさんのそんな姿見せないでください」
俺は未だサンクに期待をしていたのかもしれない。堂々としていた彼が、常に先を見通しているようだった彼が弱々しくへりくだる姿を見たくないと思ってしまったのだから。
「……私も、戦います!」
エリは胸に手を当ててサンクに言い放った。サンクは数秒口を僅かに開いたままでいた。
「……ありがとう」
サンクは小さく笑った。
「サンクさん」
そんな彼に俺は強気で尋ねる。
「ひとつ約束してください。帰ったら俺の質問に答えてください」
「……あぁ」
話し合いを終えた俺たちはちょうど二台ある車、始め俺とスターが乗って来たものと、サンクが乗って来たものに給油を済ませた。そしてサンクとミアは先に出発した。俺はエリと乗車してからしばらくじっとしていた。今回運転席に座ったエリがエンジンをかけずにいたのだ。
「さっきはずっと黙っていてごめんね」
「何だ急に……、別にエリは何もしてないだろ」
「何もしていないからよ。レイがサンクさんと言い合いをしているとき、私何も言ってあげられなかった」
エリは空を見上げる。夜空には雲一つなく星々がきらめいていた。
「今になって言うのはずるいかもだけど、サンクさんはどんな事情があっても私たちを裏切ることはしないと思うの。そのデフテロって人と何があったか私にはわからないけど、それでもサンクさんが信じられないなら私を、ずっと一緒にいた私を信じてほしいの。私は何があってもレイを信じてるから」
膝の上に置いていた俺の右手をエリは両手で覆いかぶさるように乗せた。エリの耐性が俺に向けて前のめりになり彼女の顔が近づく。俺を見つめるエリの顔は今にも泣きだしそうだった。
「うん、わかった」
俺は彼女の手を取り、両手で握った。彼女の温かい手を俺は忘れまいと強く握った。
「私たちも行こ」
「ああ」
ようやく俺たちも戦場へと出発した。
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