第24話:№2

 俺の近くでだれかが話し合う声が聞こえる。何を言っているのかぼんやりとしていて聞こえなかったが、喜怒哀楽様々な声色を感じた。


 ゆっくりと目を開ける。重たい体を無理やり動かし、体を起こした。そこにはフィアンカとエリとミアがいた。


 起きた俺を最初に気づいたのはフィアンカだった。残りの二人に声をかけ三人は俺の近くへと来た。


「……ここは?」


「ここは教会の客間です。レイさん、倒れる前の記憶はありますか? それとお体の方はいかかでしょうか」


 フィアンカが丁寧に説明をする。その横でエリが何やらソワソワとしていた。


「レイ! まったく、ほんとに心配したんだから!」


 足元に抱き着くようにベッドに伏せるエリ。視線が流れるように自分の体へと向くと体中が包帯でぐるぐる巻きになっていた。体が重かったのはこれのせいかもしれない。


「あ、ちょっと! 傷がまだ……って、え?」


 包帯をほどいた俺の体を見たフィアンカが驚く。正直俺も普段なら声を上げて驚いていただろう。デフテロとの戦いでできた傷は痕が残っているもののすでに塞がっていているのだ。エリも顔を上げて目を見開いていた。


「レイ! 悪いんだけど状況を報告して!」


 ミアが焦った顔で迫る。俺はゆっくりとしかし確実にデフテロとの戦いを振り返った。


「えっと、奇襲に失敗して、スターさんが敵に遠くへ飛ばされました。方向は……すみません、分からないです。それで敵国の宿主と一騎打ちになって……」


 俺が報告をし始めると何故か緊張の空気が漂った。その中でミアが一番真剣なまなざしを俺に向ける。


「それで相手を倒した……と思います」


「どうしてそう、曖昧なの?」


「とどめを刺す直前、相手に白い光を出されて見失いました。……でも俺が喉元に突き出していた剣には血がついていたのでとどめを刺せたか撤退したかと思います」


 俺はデフテロの名前を伏せて報告をした。今の俺にはメルバを、サンクたちを信用することができなかった。あったことは正確に報告して怪しまれないように動向を探ることにした。


「そう、ひとまず生きていて良かった。……スターは大変でしょうけどきっと無事ね」


 ミアが安堵の表情を見せる。それは俺が今まで見てきた彼女と同じだった。エリもずっと目をウルウルとさせている。彼女は俺と同じタイミングで目覚めた人だ。なのでメルバの中で一番信頼できるかもしれない。けれどもデフテロの言葉が真実なら、エリは前の世界の記憶を思い出していて、俺の知らないところでサンクたちと手を組んでいる可能性がある。


 ——何を考えているんだ、俺は!


 とにもかくにもサンクと話をしないと始まらない。そう結論づけたところで、今更サンクがいないことに気づいた。


「そういえば、サンクさんはどこに?」


「私たちもいろいろあってね。レイ達が危険と悟ってからあっちはサンクに任せて、私とエリちゃんで君たちの手助けに来たの。多分もう少ししたら来ると思うわ」


「今までの話し合い、私がいてよかったんですか? いつもみたいに機密情報ではないんですか?」


 すっかりのけ者になっていたフィアンカが不貞腐れながら会話に割り込む。彼女と初めて出会った頃の刺々しさが見えた。


「もう過ぎた話です。ご指摘の通りこれから注意します」


「もうこんな時間です。私も仕事ですから、そのまま続けてもらっても構いませんよ。ここの人たちには客間に近づかないよう伝えましょうか?」


「いえ、レイの容態も大丈夫そうなのですぐにでも移動します」


 ミアとフィアンカが互いに丁寧な言葉づかいで話し合う。フィアンカはともかくミアが敬語で接していることに、驚きが隠せず、エリに小さく尋ねた。


「なあ、ミアさんがフィアンカにすっごい丁寧に話してんだけど!」


「……私も始め見たとき驚いた」


 恐らく当時のエリと同じ感想を持ったのだろう。エリは呆れた様子で話す。


「そうだ、レイ。司祭様が君を助けてくれたんだよ。ちゃんとお礼言っときな」


 唐突にそんなことをミアに告げられ、フィアンカの顔を見る。彼女と目が合うと今度は穏やかに微笑みかけた。


「ありがとう。いや、ありがとうございます?」


「どういたしまして。ふふっ、いつも通りでいいんですよ。私たちはもう友達、でしょう?」


 ミアにつられて口調があやふやになりかけたのが恥ずかしくなった。彼女の言葉に改めてフィアンカと顔を合わせて俺は頷いて返した。


「いつかお礼をしたい。今度畑仕事を手伝いに行くよ」


「いえいえ、お礼なんてとても! ……その代わり一つ質問してもいいですか?」


「うん?」


「貴方と初めて会った時、記憶が無いって言ってましたよね? ……その今は何か昔のことを思い出したりしましたか?」


 彼女はいつになく真剣な眼差しで俺に質問した。出会ってから今までに気にかけてくれる彼女のやさしさに感心する。その優しさに応えられる進展がないことに負い目を感じるほどだ。


「あー……それが、何も。なんかごめん」


「いえ!謝る事なんてないですよ! ……早く思い出せるといいですね。それでは私はこれで。エリも、また今度お茶でもしましょう」


 フィアンカは慌ただしく部屋を後にした。少し時間が経って、ミアが大きく息を吐いた。


「あーやってしまった。司祭様に嫌われてなければいいんだけど。……そ、れ、に、さっきの内緒話聞こえてたけど、司祭様とため口で話せるほうがおかしいんだからね⁉」


 ミアがビシッと指摘するように俺とエリに言った。俺は恐る恐る言葉を返す。


「そんなに偉い人なら事前に教えてくれても良かったじゃないですか」


「あれ言わなかったっけ? まさかエリにできた友達が司祭様だって思わなかったわ。コホン。レイ、立てそう? いったん場所を移したいのだけれど」


「大丈夫です」


 俺はベッドから降り、傍にあったボロボロの服と武器を身につけた。三人で出口に向かい、途中であった修道女の一人に客間を使わせてもらったことと、フィアンカへのお礼の言葉の言伝を残して教会を出た。


 教会の周辺が騒がしかった。見るに、近くに馬車が停まっており、男たち数人が木箱や麻袋を詰め込んでいたのだ。それを遠くから住人たちが眺めていた。


 ——あれって、食料じゃ? また盗みか?


 俺は以前の強盗事件を思い出し、止めに入ろうと馬車の方へと歩き出した。しかしそれをミアが俺の肩を掴んで止めた。


「ストップ。よく見て、軍服を着てるでしょう? あれは盗みじゃないわよ」


 俺の考えがお見通しだったようだ。


「誰が盗みだって? ミア、後輩の教育はちゃんとしているのか?」


 俺たちの会話を聞いていた軍の一人がミアに上から目線の口調で喋りながらやって来た。


「久しぶりです、ノイルさん。そんなこと言わないで上げてください。彼らは優秀ですよ」


 ノイルと呼ばれたの男は、フンとあしらったかと思えばエリの前に立ち、じっとエリの顔を見つめていた。暫くして今度は俺の前に立ち俺の顔を見る。背丈は俺と同じくらい、そしてその赤い髪と黒い瞳には貫禄があった。


 俺たちの何かを見定めていたノイルはそれを終えると、数歩下がった。


「二人とも、この人はノイルさん。メルバの副隊長よ。普段は研究所で務めているの」


「「ふ、副隊長⁉」」


 俺とエリは慌てて頭を下げる。そしてそれぞれ自分の名前を読み上げた。


「私はエリと言います!」


「お、俺はレイと言います!」


「頭は下げなくていい。俺もいつまでも挨拶に来なくて悪かったな。ミア、俺はもう行く。くれぐれもそいつらをことは無いようにな。特に男の方」


「はい、ノイルさんもお気をつけて」


 ノイルは思っていたよりも礼儀正しい態度で去っていた。それよりも俺が何か指摘されたような気もするが、「失うな」とはつまり「死ぬな」という事なのだろうか?そんなに俺が危うく見えたのだろうか。


 教会を後にして、歩き始めたところで俺はミアに質問を投げた。


「それでなんで教会から食料を運び出していたんですか?」


「徴税よ。軍を運営する上で食料は欠かせないからね。私たちの普段の食事もここの食べ物を使っているの」


「……そう、でしたか。以前に強盗を見かけて勘違いしてました。すみません」


 ミアの言葉には納得することしかなかった。俺は素直に謝罪した。


「わかってもらえたらいいのよ。私も気持ちはわかるから。最近は特に徴収量が増えているって聞いてて国民も貧しい生活を強いられているのは私もサンクも危惧しているのよ」


 この言葉を聞いて俺はミアの方を見たが、彼女の表情は見えなかった。


 俺たちはデシラスの軍の基地に到着した。俺からすれば、昨日今日の話なのにやっと戻ってこれたという感覚だった。


 中にいた人たちには退いてもらって、サンクを待つ。


「みんな、揃っているな」


 待つこと数時間、とうとうサンクが来た。

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