第23話:焦燥

「司祭様、明日も忙しくなります。お早めにおやすみ下さい」


「ええ、ありがとう。あなたも、お休みなさい」


 人々が寝静まる頃、私は自室に戻り身の丈に合わない身分もろとも白い修道服を脱ぎ捨てた。下着の上から首から下、両手から両足まで全身を巻き付ける包帯を取り外す。今日は特に体を動かしたせいか体が重く感じる。そして最後に目を隠している包帯に手を当てる。ピリッと一瞬電気が流れるような痛みが頭に流れた。


 毎日行っていることとはいえ目の包帯を外した時の頭の痛みは受け入れがたいものがあった。痛みに収まらず、時々どこかから呼びかける声が頭に響くときがあり忌避間を助長している。


 よわい十八の内、その半生以上この包帯を身につける生活が続いている。孤児院にいたころよりもすっかり長くなっていた。


 鏡を前にして、自分の瞳を見つめる。いつもの私と変わりない碧い瞳が映り、今日も何事も無いのだと安堵する。刹那、急激な頭痛が私を襲い私はその場に


「っ……⁉ また頭の中に声が流れ込む……いや泣いている赤子の声?」


 頭の中が泣き声で溢れる。まるで「ここまで来い」と言わんばかりに泣き声のする方向が脳内にインプットされる。


「私を呼んでいるの?」


 私は急いで簡素な寝巻へと着替え外へくり出した。体が引っ張られるように自然と足が鳴き声のする方へと向かう。


 痛む頭を押さえながら、私は走った。すると目の前には骨で埋め尽くされた、荒れた草原の上で倒れる一人の人を見つけた。その痕跡を見るに争いがあったことは明白だったが、誰も気づくことなく静かに行われていたことが信じられなかった。


 それよりも、あの人をたすけなきゃ……


 私は急いで倒れている人の元まで走った。その人の体を仰向けにし顔を確認した時、私は驚愕した。


「……レイ、さん?」


 見知った顔が、いや知った気配がそこにあった。彼が衰弱していたせいなのか、近くに来るまで彼だとわからなかった。私は動揺で持ち上げた体を落としそうになったがそれを何とか持ち堪え、脈拍や呼吸を測った。医療の知識はそれほどないが、どちらも小さく安定していることから命に別条がない事だけは確信できた。しかし、体中にある傷が、激しい争いであったことを痛感させる。


 私が落ち着きを取り戻した時、周囲から複数の視線を感じた。そっと顔を上げて辺りを見渡すと、黒い影のような何かがじっとこちらを見つめているのが見えた。


 私はその正体を知っている。あれは天使だ。童話に出てくるように彼らは時々人を襲うことがあるのだが、忘れられていることから人々は童話の話として片づけていることが多い。


 こと今に関しては、天使達がこちらに襲ってくる様子が全くない事が不思議でならない。しかしこれは好機でもあった。今のうちにレイを運びだせば、教会で手当ができる。


 私は慎重にレイをおぶり、教会の方へと歩き出した。幸運なことに、それからも天使達は私たちを襲ってくることは無かった。




 ***




「——これはいったい、どういうことだ?」


 サンクが唸るのをミアと見ていた。


 私は現状を再確認する。サンクとミアとそして私、エリ達はメタリアの国境付近で見つけた密入国者を捉える手筈だった。


 ここは戦争の跡地だったのもあり、草木の一本も無く荒野が広がっていた。そしてところどころに塹壕と思われる掘った道があった。


 見渡はいいが、塹壕もあるのなら多少ターゲットを探す手間があると思っていたのだが、サンクが唸るように状況はなぜか反対だった。


 目の前には一般人らしき人達が十数名。やせ細り、ボロボロの服を着ていた彼らが痛ましく見えた。とうてい密入国者には見えない。亡命だったのか? だとするとレイ達が今追っている宿主がいる理由が分からない。


 困惑する私たち。しかし彼らもまた、どこかうろたえているようにも見えた。


「これは……」


 サンクが集団の一人が首から下げていた蒼い石を取り上げた。みすぼらしい姿に似つかわしくない綺麗な石が紐一本で括りつけられていた。


「それがどうしたんですか?」


 私が尋ねると、サンクは密入国者(仮)と距離をとるように私たちを誘導した。


「これは共振石って言って、特殊な加工を施して専用の装置を使うと音を記録することができるんだ。んでこう軽く叩くと、記録した音が簡単に取り出せる」


 サンクが共振石を指先で数回小突くと、石が光り出した。そして少し質の悪いレコーダーの様な、ところどころ音が抜けた音声が再生された。


 私の元居た世界と似たようなものが石で再現されていることにメタリアという国の技術に驚かされる。


『——私は、捕らえられた我々の同胞を取り戻すため、十二月十二日十二時を持ってメデルに侵攻する』


 まるで機械音声のようなかたことな男性の声が石から確かに聞こえた。。この言葉を聞いて私は息をのんだ。サンクもミアも深刻な顔で静まり返っていた。


 ——パシャ


 どこかからシャッター音が鳴った。この世界にはカメラもあるのか。メデルでは見たことがなかったため私は思わず感心してしまった。


「嵌められたな」


 サンクがぼそりと呟く。その言葉に私はハッとした。


「今撮られた写真一つでどんな言い訳も跳ね返されるだろうな。はたから見たら敵国の市民を捉え略奪をしているようにしか見られないだろうな」


 サンクが珍しく、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。腕を組みひたすら何かを考えこんでいた。


「ミア、エリ。二人でレイ達の元まで行ってくれ。きっとデシラスの周辺の北西から西側のどこかにいるはずだ」


 サンクが早口で次の行動を指示する。


「俺はあの人達を一旦保護する。悪いが車は俺に使わせてくれ。終わり次第俺もデシラスに向かう」


 私はミアと一度目を合わせて頷き、すぐに走り出した。サンクが密入国者達をどうするかは知らなかったが、きっと確実に保護する手立てがあるのだという信頼があった。ミアは私よりもサンクと長い付き合いだ。私と同じか、それ以上の信頼を抱ているのだろう。特に不満な顔を見せることがなかった。


「エリちゃん、飛ばしてくよ。私に捕まって!」


 ミアは私に向かって右手を差し出した。私は彼女の手を取ると、ミアはお姫様抱っこで私を抱えた。


「きゃあ!」


 驚きで変な声が出る。ミアは体にじわじわと紫電を纏わせる。彼女に触れている私は少し体が痺れた。


 そしてミアは数倍の速度まで加速した。




「……これは」


 デシラスの西側、激しく争った跡地を見つけた。探す手間が省けたと思えば幸いだったが、ここまで荒れた土地を見るとレイが心配でたまらなかった。


「レイ? おーいレイ?」


「レイちゃーん? スター?」


 暗がりの中、二人で呼びかけるも返事は一つも返ってこない。くまなく探しても人一人も見えなかった。代わりにあるのは転々と飛び散っている血。これでは誰かが傷ついたという情報しか得られない。


 日が昇り始める。より探しやすくなるとは言え、もうあらかた探し終わっているので期待できない。


 焦る私に、ミアが呼びかける。


「エリちゃん! これ! これ見て!」


 ミアが指さしたのは、足跡だった。それも裸足の。その足跡はデシラスへと続いていた。


 誰かが安全なところまで運んでいるかもしれないという期待で気持ちが昂る。先輩であるスターだろうか。


 私たちは足跡に沿ってデシラスへと向かった。たどり着いた先はかの大きな教会だった。私は緊張しながら教会のドアを叩く。誰が出てきてなんて説明しようか、ミアに任せていいのだろうか、そもそもこの時間に起きてる人はいるのかなんて考えながら、なかなか誰も来ない時間を待つ。


「——はい」


「フィア?」


 出迎えてくれたのは、先日友達になったばかりのフィアンカだった。土汚れのついた寝巻を着たまま汗をかいていた。


「エリさん! 良かった……。大変です! レイさんが……、とにかくついて来てください!」


 フィアは普段大人しそうな見た目とは反対にバタバタと奥へ小走りしていった。私とエリもつられて少し早歩きで後を追った。


 連れてこられた部屋の数あるベッドの一つで、全身が包帯でぐるぐる巻きのレイが横たわっていた。


 傍には水の入った桶やタオルがあった。どうやらフィアが看病してくれていたようだ。


「先ほど軽い手当が終わりました。体中に切り傷がたくさんありました。エリさ……エリ、いったい何があったのですか?」


 フィアンカが不安そうに尋ねる。何と答えるのか、答えていいのかわからず、ミアに視線を送る。


 私の不安にミアは応えてくれた。


「ごめんなさい。今の私たちは機密情報あるというもと行動しています。たとえ司祭様、貴方だとしても教えられることはありません。……ご容赦ください」


 ——え? フィアってそんなにすごい人だったの⁉


 ミアがフィアンカに対して丁寧な言葉づかいで説明をした。彼女が、友達がこれほどまでにえらい立場であるということに開いた口が塞がらなかった。


 朝日が昇り、外が少しずつ活気づいているのが聞こえる。その音をかき消すほどの声でフィアンカが怒りを見せた。


「貴方たち軍の人は、こうも毎回……! ミアさん、貴方たちメルバだけは誠実な方々と信じていたのですが、残念です」


 この場にいる三人が皆暗い顔になる。何か別の話題がないかと必死に考えるが、喋ること自体が封じられているような空気だった。


「すべてを隠しているわけではありません。もしかしたらこの町にメタリアの侵入者がいるかもしれません。町を混乱させたくないのでどうかご内密にしてください」


 ミアが小さな声で話す。それを聞いたフィアンカは窓の外の遠くを見つめる。


「……そうですね。今日はあの日ですから」

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