第22話:閃光

 ——ガラガラガラ


 次々と地表から出現する骸骨達によってデフテロの姿が隠される。「じゃあね」と小さい声の後、骸骨達は一斉に襲い掛かって来た。今いる骸骨達はどこにあったかも知らない錆びた剣や斧、槍などを持っていた。


 だからと言ってやることが変わったわけではない。攻撃を避け、反撃する。これだけだ。


 何体の骸骨を倒しただろうか。十体くらいまでは数えていたが骸骨の数が多すぎてさすがに数える余裕はなかった。ただ段々と地面が白く染まっていく。


「……まだ引き返す気にならないの?」


 俺の真上からデフテロが降って来た。錆びた槍を両手でしっかり握っている。俺はこれを避け、槍は地面に深く刺さった。デフテロは再び地面から巨大な岩の手を呼び出す。岩の手は俺を握りつぶさんと迫って来る。


 今更、こんな攻撃……


 俺は着地して岩の手を飛び越えようとしたそのとき、足元にあった骨によって転倒した。そんな俺を見逃すわけも無く、岩の手はがっちりと俺の胴体を掴んだ。


「……異能も使えないくせに、私に勝てると思わないで」


「なんで⁉って、……誰が使えないって言った?」


 図星をつかれ焦った俺はとっさに冷静を装った。


「……言ってないわ。でもあなたは前の世界の記憶が無いって言った。異能が使える人は前の世界の記憶を持っているの。少なくとも今まで出会った宿主全員がそうだったわ」


「なんだよ、それ!」


 初めて聞く情報だった。もしそれが本当なら、なぜサンクたちは教えてくれなかったのか?


「……サンクは何も教えてくれなかったようね。それもそうよね、だってただ異世界から呼び出されたっていう共通点だけで自分たちを殺せる可能性がある人を信用する道理が無いもの」


 デフテロの言葉一つ一つが癪に障る。この世界に来てからずっと共にいた人の一人を否定されているのだ。当然ともいえるが、なぜ俺はデフテロに言われる今の今まで何の疑問も持たずにいたのだろうかとも思う。


「……貴方が今知りたいこと教えてもいい。教えたら引き返してくれる? 今ならまだ間に合う」


「……」


 俺が今知りたいこと。挙げればきりがないはずなのに考えがまとまらずそれどころではない。


「なんで俺を殺さない? あんたの目的は知らないがそうする方が早いと思うが」


 岩の手が握る力が少し強まる。俺の質問が気に障ったのだろう。


「……レイ、あなた人を殺したことはある?」


「……ある。あんたのところの猫背の男を一人」


 肺が圧迫され苦しいながらも答える。少しでも時間を稼いで落ち着かなければならないと思った。


「……ああ、アイツは貴方が殺したんだ。でもただの人を殺したことは無いのね。貴方に分かる? 宿主を殺した時と違って足元に血肉が散らばるの。何度も、何度も何度も何度も。私のせいで、私が殺したせいで! 殺したくないと思っても命令で従うしかなかった私の気持ちが分かる⁉ ……これ以上私に人殺しをさせないで」


「そんなの、俺は人を殺さなくても見せられたぞ! その男のせいでっ!」


 俺は岩の手に掴まれていなかった右腕を精いっぱい振り下ろした。俺を握りしめる岩の手を叩きつけて粉砕した。


「そんな言葉一つで今までの行いが許されるなんて思うなよ! ……わかった。お前がこれ以上殺しをしなくていいように、俺がお前を殺してやる」


 俺は怒りに我を任せてデフテロに向かって走り出した。目の前で阻む数体の骸骨を薙ぎ払い、さらに踏み込もうとしたその時、俺は背後から残っていた骸骨に頭を殴打された。


 気絶こそしなかったが、気分が悪くなりその場でふらついた。迂闊だった。すっかり骸骨を全員倒した気でいた。


 俺は体を旋回させ、俺を殴った骸骨の頭を裏拳で吹き飛ばした。


「おいおい、嘘だろ……?」


 倒したはずの骸骨が、白い台地から次々と立ち上がっていた。そして今度はガシャンという音がデフテロから聞こえ振り返ると、デフテロは錫杖を地面に突き立てていた。


 俺はデフテロと後ろにいる骸骨達とを交互にせわしなく見る。デフテロが目を閉じながら何かを念じていると、骸骨達はより速く蘇っていった。さらには初めに倒した木の棒人間も全員再び起き上がっていた。


 ——間に挟まれたままではまずい


 血の気が引いた俺はとっさの考えのもと、デフテロと彼女が造り上げた人形との距離を大きくとった。骸骨と木の棒人間たちはゆっくりと歩き出し、デフテロを囲うように集まった。


 デフテロがもう一度ガシャンと錫杖を鳴らす。それを合図にデフテロの人形達が俺を目指して走り出してきた。


「うおおあぁぁ‼」


 俺は叫んだ。自らを鼓舞するように、抱いた恐怖を隠すように。


 デフテロの人形の大群と戦った記憶が無かった。ただひたすらに目の前の敵を切り伏せ続けた。剣技のへったくれも無く暴れ続けた。何度か殴られ、切られた気がするが、流れる血が少ないことから勝手に軽傷と判断した。


「……はぁ、はぁ、はぁ」


 呼吸が文字に起こせそうなほど息を荒げる。俺はなんとか蘇ったデフテロの人形達を全部壊した。


 少しでも体を休めようと立ち尽くす。そんな俺を見逃すわけも無く、デフテロは錫杖の先で俺の腹を突いた。


 今度は俺が骨と木の山へと吹き飛ばされた。背中を強く打ちつけられ呼吸がままならなくなり、咳込む。


「……もういいでしょう? もうそのまま寝てて! ……なんでまだ、立ち上がるの?」


 立ち上がり剣を構える俺に向かってデフテロは焦るように語り掛ける。


「正直俺も、なんで自分が戦っているのかわからなくなる時があるよ。でもこの世界で出会った人達の顔を思い出すと、力があるからこそできることをやらないとって、戦って守れるものがあるのなら戦うだけだって……はは、うまく言葉にできないなぁ」


 熱くなってた頭が冷えて行く。自分で語っておいて恥ずかしいが、これが俺の本音だ。


「……貴方が今戦わないことで、守れる命があるって言っても引いてくれないの⁉」


「だったらちゃんと教えてくれないか? 俺たちはもうここまで戦った! けど俺たちはまだ話し合いができるはずだ! 事情を教えてくれないなら俺は……ここであんたを殺す選択肢しか取れない!」


「っ~~~‼‼」


 デフテロが歯を食いしばる。協力する姿勢を見せても話す気にならないということはそれだけの何かを背負っているという事なのだろうか。


「……守護者ガーディアン‼」


 デフテロの叫びと共に黒い砂嵐が巻き起こった。その砂嵐は次第に収束し一体の人形を造り上げた。


 金属特有の光沢を見せる黒い体、まるで鎧を着こんだような外観は、関節一つ一つに鋭利な尖端をを持ち両の手の甲には刃が伸びていた。それは今までで見てきた天使に酷似していた。だが禍々しい気配はなくむしろ高貴すら感じる佇まいはまさしくデフテロの"守護者ガーディアン"だった。


「っ……⁉」


 重々しい見た目とは反対にデフテロの守護者ガーディアンは一瞬にして俺の背後に立っていた。


 俺は気配を頼りに間一髪で守護者ガーディアンの斬撃を躱した。すかさず反撃を試みるも、守護者の腕に当たった俺の剣は簡単に弾かれた。


 真正面の攻防が続く。俺の新しい剣はとても丈夫だったようで、守護者ガーディアンの攻撃に何度も耐えてくれている。が、俺はすべての攻撃をいなすことができず、切り傷が次々に増えていった。


 ……このままじゃ負ける‼


 守護者ガーディアンの受けきれない攻撃がとうとう俺の首を捉える。さすがに死を覚悟した俺だったが、気が付くと俺は腹から突き飛ばされていた。


 視線をすぐに守護者ガーディアンの方へと向けると、守護者ガーディアンの隣に錫杖を構えたデフテロが並んでいた。もう戦いに加わらないと思っていたところに不意を突かれたようだ。


 ——なんで?


 あのまま守護者ガーディアンに任せていれば俺は確実に死んでいた。にもかかわらずデフテロは俺を突き飛ばしたのだ。


 理由を考えるまでも無い。もうこの戦いに意味はなくなったのだから。


 じゃあどうやって、終わりを迎えるか? 考えられる答えは一つしか思いつかなかった。


 ——守護者ガーディアンを止める


 その目的にたどり着くために俺はデフテロとの戦いを振り返った。体がバラバラになるか、もしくは首が体から離れるとデフテロの人形は動きを止める。この法則が守護者ガーディアンにも当てはまるかもしれないとすぐに考え付いた。


 だが、守護者ガーディアンの首は鎧のような身体によって隠れていてどう繋がっているかわからなかった。


 ……でももうこれに賭けるしかない


 俺は目を大きく見開き、駆けだした。


 二対一になったものの、守護者ガーディアンとのタイマンをするよりは幾らか楽だった。それはデフテロと守護者ガーディアンの連携がうまくとれていなかったからだ。それにデフテロから明らかな疲れが見える。呼吸の荒れもそうだが、何より動きが以前より鈍くなっているのだ。人形を造り操る能力は恐らく体力を消耗させるのだろう。今までで造りだした人形の数を考えれば、強力であることには変わりないがおかげで守護者ガーディアンの首を狙うことに集中できる。


 ——もう、終わらせよう


 今一度デフテロを見る。彼女の目は涙で少し腫れていた。敵のこんな姿を見たくなかったと今更後悔する。


「——フン!」


 俺は守護者ガーディアンの頭と体の隙間をめがけて剣を突いた。


 静かに決着が訪れた。ガコンという音とともに守護者ガーディアンは動きを止める。次第に体を砂に変え守護者ガーディアンは骸骨達と違い跡形も無く消えていった。


 守護者ガーディアンを失ったデフテロはふらつきながらも俺への攻撃を止めなかった。もはやその動きに意思は無く、そのままよろよろと膝をついた。人形がこれ以上造られないのなら、決着はついたはずだ。


「……とどめを刺さないの? 自分でさっき言ったこと、忘れたわけじゃないでしょう?」


 俺はデフテロの目の前で形だけ剣を首に近づけて立つ。


「俺もさっきは『絶対殺す』って思ってた。でも、今は違う。あんたを殺す気はない。それにもう訳を話してくれてもいいんじゃないか?」


 ——宿主を目前にすると『殺せ』と言ってくるジジイの声もしないしな


 これに関しては言っても伝わらないだろうと、心の中にとどめた。


「……そう、ね。多分、今のあなたなら協力してくれたかもしれない。でも残念、もう時間切れみたい」


 デフテロは右手の中指と親指をくっつけながら人差し指で俺を指す。何故か彼女が微笑んでいるようにも見えた。


「……だから最後に、これに賭ける」


 ——パチン


 デフテロは右手で指を鳴らした。その音とともに白色の閃光が広がる。


「……待て!」


 俺は差し向けていた剣を降ろすことなく少し突き出していた。手ごたえを感じる暇も無く、光にやられた目を押さえる。痛みが頭を酷く打ち付ける。


 光が収まったのを感じ、俺はゆっくりと目を開ける。ぼんやりとした視界の先には誰もいなかった。突いた剣の切っ先に僅かな血が滴っていた。


 俺が殺したのか、それとも逃げられたのか、宿主は死ぬとき体一つ残さないことを猫背の男との戦いで知っているため結果が分からなかった。だか今の俺にはそれを推理し、検証する余裕はなかった。


「っ……」


 頭痛が一層ひどくなる。戦闘による疲労もあって、俺はそのまま気を失った。

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