第21話:相反と困惑

 相手の一言で俺の視界の左側に並んでいる木々が宙に浮かんだ。刃物で切りつけたわけでもないのに、木々はきれいに切り揃えられていく。胴、足、腕そして頭をかたどった長さのパーツがくっつき言葉の通りの棒人間が次々と造られる。


 九、十……いや、二十体以上はいるか?


 大量の棒人間達がそろいもそろって両腕を擦り始めた。そして棒人間たちの両腕が杭のようになる。今にも襲い掛かってきそうだった。


 俺は意識を研ぎ澄まし相手の動きを窺う。しかし一向に攻めてくる気配がなかった。


「……このまま何もしなければ、こちらからは何もしません。帰ってください」


 少女の声。幼さ残る声を隠すように威厳を見せるような低音で喋っているようだった。


 ……何を言ってる? 立場をわかっているのか?


「なあに言ってんだ。人んとこの土地でそれを言うやつがいるか」


 スターが俺と同じ感想を口にする。


 俺は数歩横に歩き、棒人間達の隙間から相手の顔を覗いた。フードで顔が隠れていてよく見えなかったが、フードの中から月明かりで輝く銀の髪が垂れていた。


「……引く気は、無いですか」


「それはこっちの台詞だな。よし行け! レイ!」


 ——あんたが行くんじゃないんかい!


 心の中で突っ込みを入れるが改めて腰を低くし構えた。


 フードの少女が右手を高く上げ、無言で振り落とした。それを合図に木の棒人間の群は半分に分かれて俺とスターそれぞれに襲い掛かって来た。


 棒人間の一体が杭状になった右手で顔をめがけて突き刺してくる。俺は首だけを右に傾けてすれすれでその攻撃を避ける。続けざまに攻撃してきた棒人間の左右に展開した二体の棒人間がそれぞれ突き刺してきた。俺は体を横にするように跳び、左足で回し蹴りをし棒人間三体の首を蹴り飛ばした。


 見えないところまで飛んでいくと思っていたが、想像以上に接着が強かったのか頭の立方体に近い形の木は数十センチ先でゴトッと音を立てて転がり落ちた。頭を失った三体の棒人間はその場で膝をつき倒れた。こんなことで動かなくなるのがどういうわけかは知らないがこちらにとって都合がいい。


 着地をしてから八体くらいの棒人間に囲まれた。横目でスターの様子を確認すると、「うわっちょ!」や「やめろって!」と変な声を上げながら奇妙なポーズで降りかかる攻撃を避けていた。……ある意味器用と言えそうだ。


 棒人間達が再び次々と襲い掛かって来る。俺は隙間を縫うように潜り抜け通り過ぎざまに剣で首を切り落としていった。ガラガラと音を立てて倒れていく棒人間達を背にしたところで念のためと振り返って倒れる様子を確認する。


 するといつの間にフードの少女が背後にいた。咄嗟に振り返ると彼女は目前までいて頭一つ分低いところ、フードの奥から髪と同じ銀色の瞳が俺を覗いていた。


 やられると思った俺はとっさに腕を交差させ防御の姿勢をとった。しかしその少女は何をするでもなくじっと俺の顔を見ていた。


「……貴方とはお話ができそうね」


 恐らく彼女の素の声である鈴のような声色が呟かれる。


 一瞬の困惑で俺の体が固まった。思考を張り巡らせようとしたその時、俺は彼女によって強く吹き飛ばされた。


 何をされたのか、何を使われたのかわからないまま俺は未だに変な格好で棒人間の攻撃を躱すスターと衝突した。


 スターを囲っていた棒人間達もついでにバラバラになった。


 ——言動が一々ちぐはぐで、アイツは何がしたいんだ⁉


 追撃を警戒し、とっさに少女の方を見る。フードの少女はなにやら右手を地面につけていた。


「……ギガント」


 フードの少女の足元が盛り上がる。地面から連なった巨大な岩が表出した。まるで巨人の腕の様にも見える岩々が少女の右手と連動し俺たちに向かって手を伸ばしてきた。


 その様子を見ていた俺は横に跳び跳んでくる岩を躱した。だが、悠長に痛がるスターは躱す間も無く岩の手によって捕まった。


「ぐおおお」


 強く握りしめられているのかスターは呻き声をあげる。フードの少女はそのまま右手を大きくスイングした。


「……貴方は、邪魔!」


 岩の手も同じ動きをし、スターを遠くへと投げ飛ばした。役目を終えたのか岩の手はその場でゴトゴトと跡形も無く崩れ落ちた。


「スターさん⁉」


 思わずスターが投げ飛ばされた方向に叫んでいた。もちろん返事は無く、すぐに彼が帰ってくる様子も無い。


 ここからはタイマンってわけか……。


 黒い化物、天使と対峙して二回目の時、俺はエリに向かって「もう負けない」などと豪語したが、あれから一日と経たないうちに今度は宿主と対面している。心の準備をさせてくれないこの状況にはいささか運命の神様に文句の一つでも言ってやりたいところだが、緊張のし過ぎでそれどころではない。


 何度も深呼吸を繰り返し、頭を冷やす。冷静さを取り戻したところで、俺はあることを不思議に思った。そう、敵国の宿主を目の前にして、あの老人の声が語り掛けてこないのだ。


 いつもならうるさいくらいに聞こえるのに。……こいつは敵じゃないという事か?


 長い間、静寂が続く。フードの少女は一向に動く気配を見せなかった。しかし少女の声が今の沈黙を破った。


「……私の名前はデフテロ。貴方の名前は?」


「何の真似だ」


 俺は剣の切っ先をフードの少女に向ける。


「……いいから、答えて。初めに言った通り私は戦いたくないの」


「俺の名前は……レイ」


「……そう。よろしく、レイ」


 少女の喋り方はなんだかぼんやりとしていて、覚悟を決めて作った調子が崩されそうになる。


 デフテロと名乗る少女はフードを脱ぎ、その素顔をあらわにした。今まで断片を見てきた通り銀色の髪と瞳をしていた。


 乱れた髪を手で軽く整えるデフテロ。彼女の髪がふんわりと肩に乗っかる。悠長な姿を見せて敵意が無いことを示したいのだろうか。俺は未だ警戒を解くことができず剣を向けたままでいた。


「……ここまで言っても、戦う意思はないって信じてもらえないのかしら。いい加減その剣を降ろしてほしいわ」


「人一人投げ飛ばしておいてさすがに今すぐ、はいそうですかとは言えないな」


「……どうしたら信じてもらえる?」


 デフテロは両手を上げ手のひらをヒラヒラと振る。この動作もきっと降参の合図のように見せたいのだろうが、一方で煽っているようにも見える。


「……黙ってたらわからない。何か言ってほしいのだけれど」


「……」


「……貴方もメルバよね。サンクは何をしてるの?」


「サンクさんとあんたに何の関係があるんだ?」


 さすがに今のデフテロの発言には反応せざるを得なかった。口ぶりからするにサンクとデフテロが知り合いなのは分かる。だが、デフテロが敵であるはずのサンクを憎んでいなさそうなのが気になった。


「……やっと話す気になった?」


「言いから答えろ!」


 俺は焦っていた。心の中に抱いたこの違和感が拭えないでいる。


 サンクさんが敵かもしれない。


 心の中で言語化した時から、冷汗が止まらなかった。


「……話してもいい。けど、あなたが引き下がると約束してくれるなら。大丈夫、サンクには『デフテロという相手に敵わなかった』とでも言えばいい」


 何故かこの時のデフテロの言葉が少し早口に聞こえた。


 ……俺が引き下がる? 敵を前にして? どうするのが正解なんだ?


 切っ先が小刻みに震える。否、手が震えているのだ。俺は落ちつけ、落ちつけと必死に自分に言い聞かせる。


 待て待て、考えればわかる事だろ! サンクさんとデフテロが戦争中に何度も対峙していれば名前くらい知っていてもおかしくないだろ! こいつはきっと言葉で動揺を誘ってるんだ!


「いや、答えなくてもいい。お前を殺して後で本人から直接聞くことにするよ」


 妙に腑に落ちる感覚になると自己暗示にかかる様に目の前の敵を倒さんと集中力が増す。俺は大きく踏み出し、デフテロへと切りかかった。


 デフテロは再び地面に手を付ける。今度は二人分の骸骨が足元から組上がり、二体の骸骨はいともたやすく俺の攻撃を受け止めた。この一瞬で先ほどの木の棒人間よりも明らかに強いことを確信する。


 二体の骸骨に剣を握られ、動きを止められる。こうしている間にも俺の周囲からカラカラと音を立てて骸骨が組みあがっていく。デフテロは俺を強く睨みつけながら目の前まで歩み寄って来た。


「……貴方がそこまでして戦う理由は何? あなたも他所の世界の人間のはずでしょう?」


 デフテロの怒鳴り声は今まで一番低く、喉の底から搾り出したようなとても苦しそうに怒気を放つ。


「俺は! こんなくだらない戦争を終わらせるために戦っている!」


 俺は右の手首をねじりまわし、骸骨達による県の拘束を解く。そして大きく後ろに跳び一度デフテロとの距離をとる。


「……大層なだこと。自分のいた世界のことをすっかり忘れてこの世界にご執心ってわけ? それはほんとに自分で決めたことなのかしらね。誰かに洗脳されたとか考えたことない?」


「もうその煽りには乗らないぞ。これでも俺は自分でこの世界を見てきたつもりだ」


 そうだ。寂れた街やそこで必死に生きる人達を俺は見てきた。今戦わなければいけない理由は決して自分が兵器としてこの世界に呼ばれたからではないはずだ。


「それに俺はお前の言う通り、前の世界の記憶が無い。だからって記憶を取り戻すことをあきらめてはいない」


「……そう、思い出した時に後悔しないといいね」

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