第20話:ギクシャク

 サンクの真剣な表情に、これから戦いに行く事が簡単に察せられた。スターを除く四人、俺たちは各々の部屋へ向かった。


 戦地へ向かうときの服へと着替える。この白い服も着慣れたもので目に見えて皴が増えていた。

 もう一度ホールへと戻るとすでに他の全員が揃っていて、どうやら俺が最後のようだった。


「メタリアからの密入国者が出た。スターが見つけたようだがどうやらその中に宿主がいるらしい」


「おうとも、そいつ独りだけ異常な速度で走ってたからな。あの感じだと暗くなるころにデシラスに着きそうだったぜ」


 宿主、その言葉を聞いて俺は息をのんだ。猫背の男と対峙した時を思い出し心臓が破裂しそうなほど脈を打っていることが分かる。


 サンクはずっと訝しげに壁に掛かった地図を見つめていた。


「相手の動きは妙だが今回の作戦は二手に分かれて行う。俺とミア、そしてエリで国境付近にいる密入国者達を確保する」


 サンクは一呼吸置き続けて言う。


「スターとレイはデシラスに向かっている宿主を追ってくれ。できるなら捕らえて問い詰めたいところだが最悪殺しても構わない」


 いつにも増してサンクの声が暗く感じた。釣られるように俺とエリは直立していた。


「いづれにしろ被害は最小限……絶対に死ぬなよ。時間が無い。方法は任せるがスター、オマエの力でいつものように頼む」


「ふふん。任された」


 スターは自信満々に返事をする。一人だけ気分というか空気が違った。スターは子供みたいに無邪気に見えた。


「二人は移動しながら指示を出す。よし、行動開始!」


 サンクはミアとエリに目を配らせた後、手を叩き全員の移動を促した。



 そして夕刻、俺とスターは車をデシラスまで走らせ、西側数キロ先の小さな丘の頂上で立っていた。


「……あの、いい加減詳しいことを教えてくれませんか。確かに見渡しがいいですけど、敵の予想進行経路からわずかに外れているんですよね? わざわざここに来て隠れるわけでもなく何がしたいんですか」


「だ~か~ら、こっから敵を見つけて奇襲するって言ってるだろ?」


 スターは奇襲をすると言うも俺にはどうしても納得いかなかった。身を伏せるわけでも、暗がりに紛れるために黒い布を着るわけでもなく、スターはただヘラヘラとしていた。


「だったらなんで隠れないんですか。もうすぐ日も暮れますよ」


「そりゃおめぇいや、ふっふっふ、こういうのはサプライズとして取っておくもんだよ後輩」


 めんどくせぇ……


 この世界に来てから人付き合いで好き嫌いしたことは無かった。しかし俺は初めてこの人は苦手かもしれないと思った。


 俺は少し考えた。そして簡単に思いつく。スターが敵を発見し返ってきたこと、これから隠密めいた行動をするからにはスターがそれに適した能力を持っているということだ。おおよそ姿が見えなくなるとか気配を消せるとかそんな能力だろう。俺が同伴しても問題なさそうなところを見ると結構便利なことはわかる。


 そういえばサンクさんの能力、知らないな……。


 我に返ってふとそんなことを思う。もう長い付き合いだが、考えてみれば任務は全部彼とは別行動だった。サンクが強いことは日々の稽古で散々知らしめられているが……。


「よし! そろそろだな。これから作戦を発表する!」


 空が茜色と紺色とが混じる頃、スターが仁王立ちで叫んだ。


「敵を奇襲するんじゃなかったんですか?」


「ちっがぁう! こういうのは雰囲気が大切なんだよ! はいっ、拍手」


「……はぁ」


 俺は面倒に思いながらも拍手をした。たった一人の拍手はそれはそれは虚しい音を立てる。


 それでもスターはどこか嬉しそうだった。


「作戦は簡単だ! 俺がお前の姿を消す。お前が敵をぶっ飛ばす。以上!」


「……おー」


 作戦とすらいえない提案にどう反応すれば良かったかわからなかったが、無意識に声を出していた。


 こんな生返事でさえスターは嬉しそうな表情をしていた。


「やることはわかったんですが、どうやるんです?」


「まあそう焦るなって。まずこの場所から敵を見つける。そしたらそいつに向かって肩を組んで走る! それだけだ」


「肩を組んで走ったら敵に追いつけないかもしれません。別の方法は無いんですか」


 穴だらけの作戦にさすがの俺も言い返した。まだ抑えられていると思うが、苛立ちを覚える。


 対してスターは少し言い返しただけで引きつった顔をしていた。ぐぬぬと言わんばかりに上下の歯をむき出しにする。


「しょうがないだろ! 俺一人ならともかく誰かに使うなら触れ続けてなくちゃいかん!」


「じゃあ俺があなたをおぶって走ります」


「んな恥ずかしいことできるか! ってかお前が走るより俺の方がぜってー速いわ! 見てろ! 今からあの木まで行って戻って来るから!」


 そう言ってスターは消えたかと思えば、息を切らした状態で目の前に現れた。そして俺に一本の枝を見せる。


「じゃああなたがおぶって走ってくださいよ!」


 あまりにバカバカしいやり取りにとうとう俺はスターに向かって怒鳴ってしまった。それでもなおスターは頑固に俺の意見を否定する。


「だからそんな恥ずかしいことできるかっての!」


 俺は頭を抱えた。ため息も漏れる。スターが走るところは見ていた。確かに速い、速いがスターがそれを活かそうとしないせいで『俺はいったい何を見せられているんだ』という感想しか出ない。


 しかしこのままでは埒が明かない。俺は何とか言葉を絞り出さんと頭をフル回転させる。


「スターさんが敵に向かって俺を投げるのはどうです?」


「んにゃ、さっきも言ったが触れ続けなければ敵にバレるから躱されるだろうな」


 スターは急に真面目ぶった口調になる。どことなくサンクを真似たように見えた。


「そういえばスターさんはこの世界に来てどれくらい経つんですか?」


「ん? なんだ急に。うーん三、四年いや五、六年だったかな。数えてないからわからん!」


 スターはただただ堂々としていた。もしかしたらこういう潔さは見習ってもいいかもしれない。


「じゃあ、もうベテランですね。そんなスターなら俺が走っていても型とかに触れ続けながら走れるんじゃないですか?」


 正直考えなしに喋ったので論理もへったくれも無い、さらに自己紹介の時に言っていた様付けを柄にもなくした始末だ。さすがにこれで通用するとは思えないが、じっとスターの様子を窺う。


「そりゃおめぇ……」


 スターはゆっくりと口を開いた。無駄な緊張感が空気を支配する。


「できるに決まってんだろ~。そこまで言われちゃあしょうがねぇなぁ~その方法でやるか~」


 スターの顔が笑顔でたるんで行く。それはもう骨まで溶かす勢いだ。


 そんなスターを見て俺は思考が停止した。あまりにも都合よく事が進み拍子抜けする。


 そして急に疲れを感じた。少しではあるが、これから任務だというのに……。


 いつの間にか日は姿を消し、夜になっていた。月明かりのおかげであたりが全く見えないということは無かったが、いよいよ敵が来るぞと空が脅してくるようだった。


「そろそろだな。気合い入れろよ」


 さすがのスターも大人しくなる。余裕があるのか俺に励ましの言葉まで送る。


 励まし?


 俺は右の手のひらを持ち上げて見る。気づかないうちに震えていたようだった。それに気づいた瞬間、俺の全身も震えた。でもこれは怖いからではないだろう。もうすぐ冬が近いから夜はもう寒いのだ。


 言い争っていた時間が噓のように刻一刻と時間が過ぎる。それは体感の話なのか実際にそうなのかはわからなかった。


 ふと一つの小さな火の玉が、たくさんの馬車が通った跡でできた道から外れた見渡しの悪い雑木林をものすごい速さで通過しているのを見つけた。


「スターさん、あれ!」


 俺はスターの肩を叩き、小さな声で呼びかけた。そして高速で移動する火の玉をなぞるように指をさす。


 スターがその存在に気づき、きっと今回の敵であると確信したのか俺に向き直って頷いた。


「あの速さだと……あと五秒くらいか。合図を出すからそん時に全速力で走ろ」


 スターの指示を受け俺も頷く。息をのむ暇も無くスターはカウントダウンを開始した。


「さん……に……いち……ゴー」


 ——やべっ


 俺は『いち』と『ゴー』の間で走り出してしまった。思っていたよりも緊張していたようだ。それでもスターは俺の背中に手のひらをピッタリとくっつけながらついて来ていた。


 火の玉がどんどんと大きくなる。心臓の音も合わせて跳ね上がるのを感じた。


「よし、行け!」


 雑木林を抜けた少し先、俺たちと敵とが交わる直前でスターは俺の背中を強く押した。


 バランスを崩しそうになった俺は何とか重心を落とし、右足で大きく踏み込んだ。


 一つの人影の足元まで迫る。相手の左手近くにあった火の玉は本当に火の玉だった。手に持つタイプの灯りであると思っていたが、敵の能力か何かだろうか。


 腰に携えていた剣を相手の腹にめがけて下から上へすくい上げる様に居合切りした。さすがの相手も宿主であるからかとっさに両手を交差させ俺の拳と衝突させられ防がれる。


 それでも相手は高く吹き飛んだ。火の玉も後を追いかけるように飛んでいく。そして着地する頃にスターが俺の横へと並んだ。


「どうだ? やったか?」


「だめです。……来ます」


 俺が否定の言葉を言うとスターは身につけていた黒マントを両手で大ぴらに広げ腰から釘のようなナイフを両手に一本ずつ持った。見たところ腰に何本も同じものが携えられていた。


「……隷属人形ガーディアン


 敵に引っ付いていた火の玉が消える。奥から敵が呟いていたのを俺は聞き逃さなかった。

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