マリとマリン 2in1 倉鼠

@tumarun

第1話 ペットシップ

「カーケール」

「うわっと!」

 

 最終のカリキュラムの教室から地下鉄の駅に近い東門を出ると翔は声をかけられた。

 と、同時に背中から抱きつかれる。翔は蹈鞴を踏む。東門はすぐに階段で降りるようになっている。踊り場の縁ギリギリで持ち堪えることができた。


「翔、もう帰りなしかぁ?」

「『かえり』じゃない、危ないでしょ。突き落とされるかと思ったよ」


 背中にあたる、柔らかいボリューミーな感触に翔はドギマギしている。


「堪忍えぇ、翔を偶々見かけて嬉しくって」


 (コラァ、そのけしからん胸で翔くんを誘惑するなぁ)


 翔はその言葉は嘘だと気づく。下を向いていた翔は見えたりする、編み込みサンダルから覗く指先の赤はフットネイルではないことに。自惚れでなければ、俺を探しまくっていたことになる。


「で、なに?」

「この後、暇なりか?」

「ネットに溺れる予定」


 逆光になって顔の表情がわかりづらいのだけれど、綻んでいる雰囲気は見て撮れた。


「じゃあさ、行きたいところあるんだけど、お願いできるなしか」


 翔は頭を掻きながら不満を声に乗せて返事をする。


「なんで、俺? 他に友だちいないの?」


 言ってから、翔は失敗したと手で顔を覆う。


 涙声で、


「ヒーくん、もういないの。誰もいなくなったの。だから」

「わぁった。わかったから泣くなって、なっ」


 実はこの女、1人の男を溺愛した挙句、独占するために周りに棘をとばしまくっていたりする。


「では、マリンサマ、どちらに行かれるのをお望みでありましょう?」

「なんかのセリフ読みみたいだしー。でも、ありがとね」


 翔は、何かと絡んでくる茉琳のお願いは聞いてあげている。翔自身、女性にはトラウマを持っているのだが茉琳だけは症状が出ない。そんな女性が頼ってくるのだから、満更ではないのかもしれない。


 で、今、ペットショップの前に2人はいる。キャンバスに近い商店街の一角にあるペットショップ。入り口横のディスプレイに、いくつかのケージが陳列されていて、その中のひとつにあった。


「講義の時に前に座っていた子たちの1人がねぇ」


 店内に入り、そのケージをしゃがみ込んで見ながら、


「可愛くって可愛くって画像をネットにあげてるって聞いたの」


 ブリーチして黄色に染めた髪の毛が背中に流れ、手入れが足りず、プリンが広がっている。

 履いているローウエストのダメージジーンズの腰から覗くブラウンの布地と頭のカラメルと金髪を模した黄色の髪の毛がどこかの稲妻ネズミの配色になっている。ソレが、


「このハムスター、きゃわいいのー」


 なんて言っている。


「見てみてぇ、ひまわりの種を食べる仕草、ほっぺプックリしてるぅ」

「ロフトもあるんだね」


 ケージの中に寝床のハウスとロフトとそれについている階段。その上に水飲み用の容器と餌の容器が置かれている。1匹のハムスターが食事をしていた。そのうちにまわし車に飛び乗り、走りまわしている。


「キャワイ、キャワウイ、可愛いのー」


 茉琳は手を開き、指先だけで拍手をして燥いでいる。


「ウチもハムスターになれたらなあ。つぶらな瞳と可愛い仕草で翔を癒せるなしかぁ?」

「なんとなく、種を詰まらせて踠く姿や、回し車で摘まずいてぐるぐる回って落ちて踠く姿しか浮かばないんだけど」

「全くもってひどいなりー」


 プンスカし出した茉琳を翔は笑いながら宥めて行く。


 すると、突然、


「ウマソー」


 そして、


「クイタイ」


 と女性の声がした。ハムスターはフリーズし、周りのペットの鳴き声も止んだ。


 その声の主は自分の口を両手で押さえてキョロキョロしている。自分じゃないよと訴えている。


「ウチじゃないなりぃ」


 茉琳は涙目、涙声で無実を唱えている。

 そのうちに音が戻り出した。回し車を回すハムスターは先ほどより勢いよく回しているかに見えた。

 結局、なにもできず店を出る2人だった。


 (ごめんね、翔くん。お金がなくなって二日間、何も食べられなくってぐったりしている時に見た家ネズミを思い出しちゃって。ひもじかったんだよぉ〜)


 実は中にいる茉莉の仕業だっなあたりする。

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