第二話 眠れない夜にすること
ここは鏡の世界。
目の前にいる少年は、
幼い頃の俺だ。
両親の喧嘩を収めるべく、子供の俺らは作戦を練っている。
「じゃあ二人が喧嘩の原因を忘れるくらいの、楽しいことをやろうよ」
「それってたとえば?」
「うーん、アイスを食べる……とか」
「それは楽しいことだけど……」
少年が”アイスを食べる”というなんとも斬新なアイディアを提案してくれたが、どうもアイスを食べるだけで仲直りするのは、大人では難しそうに思えた。
(待て。当たり前のようにここに居るけど、現実の世界ではどのくらい時間が経っているのだろう)
少年ともっと作戦立てをしたいが、元の世界と時間軸がずれていることも考慮するとここで過ごした時間が向こうでも影響されるのか気になってきた。
(最悪の場合、浦島太郎さんのように元の世界に帰ったらおじいさんになっている可能性だって……)
「ちとせ君。今日はもう帰らないとだ。俺がおじいさんになってしまったら大変だ」
「?……わ、わかった」
良かった。先程のように泣き出してしまうかと危惧したが、案外すんなりと帰宅を承諾してもらえた。
さて、来たときのようにどこかの鏡へ手を伸ばせば帰れるのだろうか。
うーん、そんな都合よく……ん?あれは。
来る前に見た洗面台の鏡と同じような光を放っている鏡を見つけた。
(あれって……公衆トイレだよな)
あれか?あれなのか?
あれかあ……
「……やっぱり無理だよね。ママとパパを仲直りさせる、なんて」
公衆トイレの鏡という事実に落胆している俺の傍で、小さな呟きが確かに聞こえた。
無理……かもな。そんなのとうに分かりきっていたことじゃないか。
大人の喧嘩を収める、ましてや自分の親の喧嘩なんて子供の俺たちができることなんて本当に限られていると思う。
けど、だけど。
今、”目の前にいる僕”はこの先の未来なんて知らない。
もう一度家族三人で笑い合いたい、と幾度となく願い、降伏した”俺”ではない。
なあ、聞いてくれるか?
「ちとせ」
「この世界は理不尽だ」
「りふじん?」
「ああ。どんなに頑張ったってそれを平等に評価してくれる神様はいない。評価をもらいたいと期待することも、心を浪費するだけで時間の無駄だと俺は思う。けど、自分のしたいことだけは見失っちゃいけない」
「したいこと……」
「ちとせ君はまた家族で笑い合いたいんだろう?だったらその気持ちは曲げちゃだめだ。最後まで、自分が自分の味方でなくちゃ」
伝わるだろうか。
だが、これは嘘なんて一滴も混じっていない俺の本音であって、経験談だ。
俺は自分を諦めて見失ったが故に、毎日を取り繕って、人と関わることが苦手になり、今まで一人で俯いて生きてきたんだ。
今の人生で学べることも多くあったが、過去に戻りたいと願ったことも数多くある。
おせっかいかもしれないが、伝わればいいなと思う。
「……わかった。でも、また会いに来てくれる?」
またここに来れるかはわからない。
けど
「うん、必ずまたここに来る。約束」
俺より小さな小指と繋いだ約束は、ほんのり暖かかった。
〜〜〜 〜〜〜〜 〜〜〜〜 〜〜〜
「っわ!」
何かの引力に引かれて光の道から弾き出された。
暗い。けど、見知った家の匂いがざわめく心臓を優しく包んだ。
(ちゃんと、戻って来れたんだ……)
ホッと安堵すると共に大きく胸を撫で下ろした。
そのままペタペタと自室へ戻りボスッとベッドに思い切り座り込んだ。
(そういえば時間は)
はっとして時計を確認するものだから、首を少し痛めた。
時計の針は魔の十二時より一時間も進んでいるように見えた。
(一時三十分くらい、か。それにしても)
浦島太郎さんのように何十年も経っていないようで「はあ」と体を後ろへ倒してベッドに沈みこんだ。
幼い頃の自分ってあんな弱っちい雰囲気だったのか。
なよなよしくて、ちょっとからかえば吹き飛ばされてしまいそうだった。
「……はあ」
母と父が離婚しない未来……か。
それが実現していたのなら、その次元に生きている僕は今何をしているのだろう。
(寝てる、よな)
ちとせのかがみ 九重いまわ @nikibi
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