ちとせのかがみ
九重いまわ
第一話 零時の魔法
迎えにきたよ。
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全人類いなくなってしまえばいいのに。そう思うことが、ある。
「おーいちとせっ、お前も一緒にカラオケ行こうぜ」
「え、
帰りのホームルームが終わり、雑音が交じる教室の中。複数の視線がこちらを伺う。それは赤外線レーザーみたいな、見えない痛み。
俺を誘ってくれた
『え、なんかいつもよりつまんなくない?』
『あまり盛り上がらないな』
『いつもは来ない高野くんがいるからだよ。絶対そう。みんな気を使っちゃってるんだよ』
『ああ、そういうことか。つぅかあんな陰キャ誘ったの誰だよ』
『あはっうける、次髙野くんが歌うってよ』
ほら、たったの三秒で当日の会話が予想できた。絶対にこうなる。
行きたくない。けれど、そんなにきっぱりと否定の意を言えるような俺ではない。
「……あ、あははぁ。けど、もうすぐテスト期間に入るし、また次の機会にしようかな」
「そっか、ちとせはやっぱりまじめだな!勉強できるやつは違うなあ」
(そう思うのなら遊んでいないで勉強をすればいいのに。そんな言葉をかけられたってちっとも嬉しくないって、お前も分かるよ)
思いかけずそう言ってしまいそうになった。だが流石に言ってはいけないのは分かる。そういうときは馬鹿なふりをして口角を上げていればなんとか、なる。
「真面目なんて、ほんとに凄い人なんてもっと、いるからさ。ははっ……」
可動域をとうに超えた頬が引きつって痛い。話しかけた彼らが散っていくのを合図におかしく固まった顔をマスクで隠した。机上に散乱した教材たちをリュックへ詰め込みながら、”ふう”と
お願いだから、誰も俺に話しかけないでくれ。そう祈るつもりで、スマホから長い導線を辿って耳に音楽を押し込む。今日は無性に激しいロックが聴きたい気分だったんだ。
まだ、大丈夫。
まだ俺は生きている。
「……帰ろう」
誰に届くはずもない声は湿った教室に吸い込まれて消えていった。
*** *** *** ***
午後8時
「──うん、うん。わかってるよ。大丈夫だから、うん」
『──足りなかったら冷凍庫のご飯チンして、ふりかけでもかけて食べるのよ?』
画面に光る受話器ボタンを眺める。時間はいくらでもあるのに、口からは忙しさを装う言葉しか出てこないのはなぜだろう。
『──じゃあ、今日も帰りはお昼くらいだけど、学校しっかりね』
「──うん、気をつけて。じゃ」
優しさだとわかっていても、胸がムカムカするこの感じがあまり好きではないと気づいたのはいつからだ。
母は夜の仕事をしている。俺らは家族のはずなのに、こうやって電話越しでしか存在を確かめられないのだと思うと、まるで家政婦かなんかの他人みたいに思えてくる。
目頭を掻いたままあくびをする。あまり考え事をしていると、あっという間に時計の針は回ってしまう。さっさと制服を脱いで、部屋着に着替えよう。その間に作り置きの何かをレンジに放っておけばいい。……制服、ハンガーに掛けるの面倒くさいな。思うと同時に、申し訳程度に畳んだ制服をベッドに投げた。またあとでちゃんとしてやるから、ごめんな。
(ご飯……あまりお腹が空いてない。やっぱり今夜はいいかな)
学校から帰って来るときはお腹が鳴っていたのに。まあ今夜の分は朝ご飯にまわすとしよう。
ふと、考える。俺、消えちゃったら楽なのにな。なんて、ポエマーじゃあるまいし……。だけど本心だ。居ても居なくても変わりがない、息を吸うだけで金がかかって母の負担になる。この世界に思い残したことや未来とかいう夢も特にないのならば、いっそのこと消えてしまおう。そうと決まったら消えるための準備だ。財布だけ持って電車に乗ろう。全財産使い果たして、行けるところまで行こう。それで終着点は海だ。海に沈んで眠ろう。それがいい。そんな
「はあ……」
冗談さ。そんなことを考えていても停滞を生むだけなのでさっさと風呂に入って布団に潜ることにしよう。
嫌なことは寝れば緩和する。そうして忘れていく。これが俺の日常だ。
*** *** *** ***
─────ガコンッ
洗面台のほうから物音がして目が覚めた。母が帰って来たのだろうか。それとも何かが落ちたのだろうか。今はいったい何時なんだ。ぼやけた頭にいくつもの疑問が滲む。
───ッグスッ……ッハ……ッズズ
目を閉じた暗がりの世界に奇妙な音が聞こえる。なんだ、この音。
────うぅッグズッ
ないている?
鼻水をすするような音と、呼吸が乱れているかのような音がする。
俺のネガティブに連れられて、ついに幽霊が家に住み着き出したのかもしれない。
いやいや、そんなわけないか。はは………
まさか母さんが泣いているのだろうか。この時間ならもう帰って来ていてもおかしくはない。
途端になにかあったのではないか、と布団に縫い付けられていた身体を無理やり引き剥がした。だが俺が行ってなにができるというのか。そう一度思考がよぎると、頑なに布団から離れられずになっていた。
声をかけに行こうか。いや、やめておこう。
だがさすがに心配だ。行ってどうする。
そうやって足を踏み出しては引っ込めて、顔を上げてはうつむいてを繰り返してなんだか惨めな気持ちになってきた。
卑怯で弱虫な俺はしばらく時間が過ぎるのを待つことにした。
時計の針が鳴る音が妙に響いて心臓の辺りが痛くなる。
なぜかわからないが、手に汗が滲み出した。
胃が夕飯を消化しはじめてお腹から間抜けな音がした。
俺の意思とは裏腹に身体がなにかを主張しているようで居心地が悪い。
もう一歩を踏み出せる勇気があったなら、よかったのに。
布団を握りしめる手のひらにはきつく爪の跡が残った。
─────
うじうじ考えていたら泣き声らしきものが止んだ気がする。気持ちは落ち着いたのだろうか。ホッとする反面、母に全てを背負わせてしまっているのかもしれないという苦さが口の中を濁らせた。
母が文句の一つも漏らさないのをいいことに、小さな背中にいつまでも寄りかかったままでいる俺は一体いつからそんな偉くなったのだろう。見た目だけがおとなになって、肝心の中身はずっと未完成なままなんだ。そのうち中身は腐って捨てられてしまうのだろうか。
あれが母のものだとしたら泣きつかれてそのまま眠ってしまっているかもしれない。だとすれば俺の役目は母を寝室へ運ぶことだ。この場に意識があるのは自分だけだとわかると、誰の目も気にせず行動できるようになっていた。
あれだけ頑なに踏み出せずにいた右足はすんなりと洗面台の方向へ出向いた。
昼間は狭いように感じるこの部屋も暗闇に包まれればそれなりに広い空間と錯覚してしまうのは、夜中独特のものなのではと思う。
暗がりの部屋の広さは、普段から布団に入っても寝付けないことがほとんどなので知らないわけではないけど、なんだか新鮮に感じた。
洗面台への道のりは体感でも30秒かからないと思われる短さだ。こんな考え事の羅列を文字に起こせば2分くらいは必要となるけど、実際はほんの一瞬の出来事だ。
だから僕が目を奪われた”その状況”だって、きっと本当なら一瞬だったのだろう。
「……な、なんだ、これ」
当たり前だと仮定した想像は時に無意味で、代わりに少々のファンタジーが”そこ”には映されていた。
母が居るはずだと考えて洗面台に向かったが、母の姿はどこにも見当たらない。代わりに不気味なくらいに光り輝く洗面器の鏡、その異様さに目を惹かれた。
「なんで、光ってるんだ……」
ここに来るまでに電気は一つも付けていないし、ついてもいなかった。だからどこかの光が反射して光って見えるわけではないんだ。
それに、この光は、そんな光り方ではない気がする。鏡の奥に発光元があるような。電気でもない。この光は、一体なんなんだ。
─────ッグズッ
また聞こえた。あの泣き音だ。この鏡の奥から聞こえる。
なんなんだ、なんなんだ。ただの鏡だぞ。どこの家にもある洗面器に付属している、あの鏡だぞ。どこにそんな異国の物語みたいな話が実現されるのだろう。
だが、手は震えない。怖気立ってこの場から逃げようという気にもならない。
この状況を冷静に考えてみれば深夜の心霊番組とかでよく見る”あれ”だろう。だが今の僕はそんな冷静になれるほど目の前の魔法について読み解いてなかった。
不思議なんだ、本当に。自分でも感情のバグに戸惑うほど、穏やかな気持ちなんだ。
この鏡の向こうで誰かが泣いている。
この鏡の向こうで誰かが待っている。
こんなに広い世界だというのに、僕にしかこの
そう想うほど魔法なんて読み解く必要はないのかもしれないと感じていた。
夢ならばいつか覚めるだろう。寝ぼけているならそのうち目が冴えて来るだろう。
朝がきて魔法が解かれてしまうまでもう少しこの先に手を伸ばしてみたかった。
気付けば僕は鏡に手をかざしていた。
「反射しない……」
いつもは見える左右反対向きの世界はそこに映されてはいない。
手を伸ばせどあの冷たいガラスの感触を感じることはない。
気付けば、洗面器に足をかけて身体の半分はもう鏡の奥へと踏み入れていた。
後先のことなんて考えずに行動するのは一体何年ぶりになるのだろうか。
晩秋の隙間風に冷やされた洗面器の温度なんて気にならないほど。
「……ま、待ってて」
誰に向けたものなのかもわからず舌から勝手に転げ落ちた言葉は、俺に聞こえるくらいでそっと消えていった。
〜〜〜 〜〜〜〜 〜〜〜〜 〜〜〜
出口はそんなに遠くはなくて案外すぐにたどり着いたと思う。
実際に目的地がわかっていて鏡の中を彷徨っていたわけじゃないけど、直線上にまっすぐ歩いているだけで道に区切りはついていた。
光の通り道を抜けて、素足に砂の感触を感じる。
「……ここって」
うわ懐かしい、錆びた滑り台に触れると手のひらに劣化した塗装が付いた。
時間がここだけ忘れられたかのようなこの場所は、幼い頃によく導かれていた近所の公園だった。
何十年ぶりに訪れたにも関わらず、なにも変わらない様子だったのが僕の頬を僅かに緩ませた。
「なんでここに……。相変わらずだれもいないなぁ」
自分以外に誰もいない事がわかると、気が抜けて思っていることが声に乗ってしまうのはきっと俺だけではないと願う。
だいたい、こういうパターンでは一人だと思っていたが、たまたま視覚に入らなかっただけで人は居るものだ。
なんでそんなことがわかるのかって?……なんでだろうね。
いや、違うさ。決して今キミが想像したことは全くの見当違いだね。経験があるからこんなこと言えるだなんて、世の中経験だけじゃないんだぞ。
─────ッガサ
「ひっ……!!」
ほらな!!
言っていたそばから物音がした。
ああ、そうさ、こんなリスクもあるから独り言なんて言わないほうが吉だ。
もうしないと固く心に誓おう。
「……なにしてるの?」
「っきああ!!!」
足元で弱く声が鳴った。
まさかそこで声がすると想像もしていなかったので、女の子のような甲高い奇声を発してしまった。
自分が本気で驚いたときの声がこんなものだとは、変に面白くて笑いたい衝動を必死に抑える。
「あっ……ご、ごめんなさい!」
か細い声の主は、俺よりも遥かに低い背丈をさらに折りたたんで頭を下げた。
小学生?くらいだろうか。
こいつに悪気はなかったのはなんとなくわかる。けど謝られると、こう……なんだか俺が悪者みたいな気持ちになって心臓の辺りがしみる。びっくりしただけであって、謝ってほしいわけじゃないんだけどなあ……
「そ、そんな、謝らないで……な?」
体の前で手を横にブンブン回して否定の意を表す。
ど、どうしよう。こんな感じでいいのだろうか。だが、まだ子供は背を折り曲げたままでこんな動きは惜しくも伝わっていない。
年齢の離れた子供と話すことに慣れていないから、どういう流れで会話を進めたらいいのかもわからない。どうしろっていうんだ。だれかぁぁ大人の人連れてきて!!
あたふたしていると、目の前の子供はゆっくりと曲がった腰を伸ばした。
黒色のショート。顔はうつむき加減で、その全貌はわからないが男の子のように伺える。
背丈は自身の視線を軽く下げたくらい。学校の廊下で先輩とか先生とかとすれ違ったときに、軽く頭を前に倒すだろう?ちょうどそのときの視線の動きだとこの子と目が合う。
その全身は藍の暗色で揃えられている。
「えっと、君は……どこから来たの?」
小学生が食いつくような話題が思い浮かぶわけもなく、単純な疑問を投げてみた。
先程から慣れないことに心臓がバクバクしているけど、きりがないからもう気にするのはやめよう。
彼もどこかの鏡からここへ誘われたのだろうか。俺よりずっと前から鏡を通じることをしていたのだろうか。有力な情報があるなら聞きたいところだ。
弱々しく返ってくる回答のその先を予測しながら、耳を澄ませていた。
「ぼくは……えっと、学校が終わって、家に帰ってから
その声は変声期前のころころとした柔い音をしている。
状況を整理しよう。
学校が終わってから一度自宅に帰宅。それでからここへ遊びに来たのだという。
ん?
「え、鏡は?」
「かがみ?」
「うん」
「どういうこと?」
「……鏡に触れてここへ来たのか?」
「鏡なんて触ってないと思うけど……それがどうしたの?」
おお神よ、どうか嘘だと言ってくれ。
一体どういうことなのか。全く法則性がつかめず思わず冷や汗が溢れ出す。
「君は近所に家があって、そこから歩いて来たんだね?」
違うと否定してくれ。
俺と同じく”鏡の向こうから来たんだ”と言ってくれ。
「そうだよ。家が近いから、少し遅くまでここに居ても怒られないんだ」
虚しく、予想は外れた。
家が近いため公園に長居しても怒られ……ちょっと待て。
”少し遅くまでここに居ても怒られない”っていくらなんでも今は夜中の12時じゃ……
はっとなって顔を上げ周囲を見渡す。
木々の薄暗さで気づかなかったが、西空の端は色濃い茜を滲ませていた。
だが、その大半は深い紺碧の夜が夕暮れを覆うように染まっていた。
「……ねえ、今は何時なのかって分かる?」
「えっとね、6時くらい?だよ」
少年は腕に時計を身につけていたようで、すぐさま情報を教えてくれた。
夕暮れ時の18時。
ますますこの世界のことがわからなくなる。
ここへ来る前の時刻と時間軸が合わないので、ワープしてここにいるわけではないのは確かだった。
……まあ、いっか。
夢の中の世界なのかもしれないし、不可解は嫌いじゃない。
「……おにいさん、もう帰るの?」
時間を気にしていることや、周囲の様子を伺っている俺をそう捉えたらしい。
呟くように言を落とす少年は、そこらの子供よりも儚げに感じる。
うーん、帰ったほうがいいのだろうけど、来たばかりだしもう少し物色したいのが本音だ。
「いや、まだここに居るよ。……君は、俺のことなんて気にしないでいつでも帰って大丈夫だからな」
相手が留まることを主張しているときは、自分も相手に合わせがちだ。
俺が幼い頃は、門限が自分より長い友達に合わせていたから、家に帰ると母によく叱られた。
空気の流れに逆らうことは、それなりの事情がない限り難しいことだ。だからか、少年には気を使わず好きなタイミングで帰ってもらうように伝えた。
俺はこういうことを言われたら、お言葉に甘えるタイプだ。
「……ッズ、帰らない。おにいさんと居る」
「……えっ」
少し声に涙が混じっているように聞こえた。それでも悟られまいと、うつむき加減の顔は更に地面へと、下へと向く。
え、なんで泣くんだ。こういうときってどうしたらいいんだろう。なにか嫌なことを言ってしまったのだろうか。わからないな。
子供とはいえ、初対面の人にパーソナルスペースを侵害されるのは気が引けた。でも俺が原因で涙に濡れそうになっているのだとしたら、そんなのはただの我儘だと思った。
「ど、どうしたんだ?なにか嫌なこと言っちゃったかな。ご、ごめん。だから、顔あげて?」
少年の目線に合うようにしてしゃがんだ。
俺ができる慰めはこんな弱っちい言葉しか見つからなかった。
「……っ……づ、ん」
「な、なに?ごめん、聞き取れなかった」
ぱっ、と下を向いた顔はしっかりと俺の目を捉え、初めてその全貌を俺にみせた。
「……たすけてっおにいさんっ!!」
少年の潤んだ瞳の周りは、真っ赤になっていて涙の足跡がわかった。
「……ぼく、もうどうしたらいいかわからないんだ」
そう言ってから少年はうずくまって地面に座り込んでしまった。
「っひ、グスっ……ぅうう」
膝に額をうずめて押しこらえるように少年は喘ぐ。
その声は、俺がここへ来るきっかけになった泣き声とよく似ていた。
「ッグス……ズズッぅうぅ」
「……と、とりあえず、あっち座ろう?」
このままここで泣き続かせるわけにもいかない。
場所を移動すれば泣き止むとは思えないけれど、多少なりとも落ち着くだろうと思った。
「……ぅん」
小さな手をベンチまで引っ張っていこうと視線を向けたが、それをする前に少年は自力で歩きだした。
伸ばす途中の腕は空をきって俺のもとに戻った。
「……ッグス」
少年が腰を下ろしたのはベンチではなく、公園の隅にある色褪せたブランコだった。
ギギッと鉄同士がぎこちなく擦れる音がして、俺も座ると同じようにギギッと鳴った。
この音、あまり好きじゃない。
「……ぼくの、ママとパパさ、ぼく、のせい、でけんかしてるんだ」
数秒、息が詰まった。
思っていたより泣いていた理由が重たかったからだ。
てっきり”友達に嫌なことを言ってしまった”とか”母親に叱られた”とかいうわけだと勝手ながら思っていた。
どうする、こういうときなんて声をかけたらいい?
「あ、ああそうなんだ。そっか。うん、そ、っか」
へたくそか!
目線を横へ、下へ、上へ移しながらキョドるように答えた。
無駄な動きを入れるせいでギギッと不規則に音が鳴るのが、まるで俺をバカにしているみたいで腹がたつ。
あれ、でも同じような経験、したことがあるかも。つらいよな、こういうときって誰に頼ったら良いかもわかんないし。
少年を見つめると、その目は今にもこぼれてしまいそうで思わず立ち上がった。
大きく揺れたブランコが暴れて「ガシャンガシャン」と鳴るのと同時に大きく息を吸った。
「あの、さ、全部はわかってあげれないけど、話なら聞いてあげれるからさ、だから聞かせてよ、君の話。こんな、俺でよかったらだけど……」
顔が火照って汗と服が微かに触れるのがわかる。溢れ出す手汗を服で拭きつつ、少年の目を見て言った。
こんなに正直すぎて曖昧な言葉を放ったのは、久しぶりだ。
「……じゃあ」
小さな手のひらで溢れる涙を拭い取りながら「カシャン」と少年もブランコから立ち上がる。
しっかりと拭っても新たに瞳は潤みだすが、それでも構わず口を開く。
「じゃあさ、一緒に作戦たてよう?」
「作戦?」
「うん。ママとパパの仲直り作戦……一緒ならできる気がするから」
そうきたか……。
さくせん、ね。いいじゃん。
なんか秘密基地で秘密の約束をしたみたいでどきどきするなあ。
「……わかった。やってみよっか。」
「うん!」
思いが
少年は一瞬、主旨がわからないかのような表情をしたが瞬く間に笑顔を咲かせ、俺の左の手のひらとを重ねた。なんの握手かはわからないが、やってやろうじゃないかっていう気合いが籠もっているのかもしれない。
慣れないことはするもんじゃないってよく聞くけど、やってみなければ結果がどう転がるかなんてわからないんだ。あとで後悔するのならすればいい。
「あ、そういえば君の名前を聞いてなかったな。なんて呼んだらいいかわかんないし、よければ教えてほしいな」
ずっと「君」とか「少年」って勝手に呼んでいたから名前まで気が利かなかった。
普通「どなたですか」とか名前ってはじめに尋ねるものだよなあ。
まあ、鏡の奥まで来て常識人でいれるかどうかって別な気もするけど。
「……えっと、高野ちとせ。お兄さんは?」
(……えっ)
驚きだ、まるで時が止まってしまったかのようにゆっくりと世界を感じる。
高野千歳。こうのちとせ。
うん、正真正銘俺と同じ名前。つまり同棲同名ってわけだ。
心臓が痛いくらい胸を叩くので、汗をかく左の手で胸を抑える。
こんなこと本当にあるのだろうか、思わず生唾を飲む。だが、俺も少年と同じ境遇だったことがある。それに、この公園も幼い頃に何度も訪れていた。
じゃあこの世界は。目の前のちとせは。
幼い頃の
「お兄さんの名前はなんていうの?」
答えなければ。
「俺の名前は……」
もし、君が本当に過去の俺なのだとすれば。あの頃の俺と話ができるのだとすれば。
俺は君の涙を拭うためにここに来たんだ。
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