ルナの涙

入江 涼子

1話

  私の友人はルナと言ってすごく可愛い子だ。


  ルナは白銀の髪に琥珀の瞳の背の高い美人で。すごく凛々しいお姉さんと言った感じの外見だが。中身は明るくて茶目っ気のあるうさぎが大好きな可愛い性格の女性である。

  反対に私はくすんだ感じの灰色の髪に黒い瞳の外見だった。よく人からは「お子様」と言われている。まあ、ルナを守るためには仕方ないかと思っていた。

  今日もルナは男性から声がかけられた。けど彼女はいつもこう言って断る。


「……あの。ルナさん。俺と付き合ってください!」


「ごめんなさい。あたしにはマリーアンナがいるから。今は男と付き合う気はないの」


  ルナがはっきり言うと男性は目を見開いて私を見た。まじまじと見られて気まずい。私とルナは学園の中にある渡り廊下を歩きながら図書室を目指している途中だ。


「そうですか。マリーアンナさんと言ったらカートン公爵の娘さんですね」


「……何か?」


  男性の睨みに怯みながらも問い返した。私は本名をマリーアンナ・カートンという。公爵家の長女だ。兄が二人と妹が一人いるが。ルナはちなみに私のすぐ上の兄、つまりは次兄の婚約者でもあった。本名をルーミリー・リエラという。リエラ侯爵の一人娘で五人兄弟だ。男ばかりの中の唯一の娘と言う事で侯爵様はすごく溺愛していた。普段はニックネームとしてルナと呼ばれていた。


「……君。ルナさんとは親しいようだけど。どういう関係なんだい?」


「どうって。ルナさんとは友人ですよ」


「本当に?」


  妙に今回の男性は私に絡んでくる。けどこの人はどこかで見かけた事があるなあ。そう考えていたら不意に思い出した。

  この人は我がランスロット王国の王太子のアラン殿下じゃないか。忘れてた。ルナはこの男性の正体に気づいていない。それも仕方なかった。アラン殿下は本来、濃い群青色の髪に淡い翡翠色の瞳の極上の美男だが。今は黒い髪に茶色の瞳の目立たない外見でいる。

  私は小声でルナに忠告した。


「……ルナ。あなた、わかっていないようだけど。この方は王太子殿下よ。あんまりむげな扱いをすると不敬罪になりかねないわ」


「え。それ、本当なの?」


  私は残念ながらと頷いた。アラン殿下は見かけは穏やかだが。なかなかに気性の激しい方だと聞いている。ルナはそれを思い出したのかさっと顔を青ざめさせた。


「……あの。わたしには婚約者がいますので。失礼になりますが。他を当たってください」


  ルナが敬語で言うと殿下はにっと笑った。


「ルナさん。俺は婚約者がいても気にしないよ。むしろ、婚約解消でもしてくれたら清々する」


「あの。ちょっといいでしょうか?」


  雲行きが怪しくなりそうなので私は無理に二人の会話に割り込んだ。すると殿下は不満げな表情になる。


「何だ。カートン殿には用はないんだが」


「いえ。本当にルナさんには婚約者がいます。ちなみに私の次兄のダニエルさんです。何故、王太子殿下ともあろう方が婚約者のいる令嬢に声をかける必要があるんですか?」


  ずばり言うと殿下はぐっと押し黙った。私より年上のはずだが。ちなみに私とルナは18歳で殿下は20歳であったはずだ。次兄のダニエルは21歳になる。

  さて、殿下はどう出るだろうか。そう思いつつも様子を伺う。


「カートン殿。君は俺のことを見破っていたか。なかなかやるじゃないか。だがお子様はお引き取り願いたいね」


  私はお子様という言葉に殿下への敬意が失せるのを感じた。ルナも呆れたと言わんばかりの表情だ。


「……殿下。アンナはこう見えてわたしと同じ18歳ですよ。お子様は言い過ぎです」


「ルナさん。カートン殿は置いて二人でどこか楽しい所へ行こう。何だったらこの学園のサロンなんてどうだい?」


「殿下。あたしの話は聞いてくださらないんですね。友人を置いて行けません」


  ルナがはっきり言うと殿下はむっと顔をしかめた。そして驚いた事に彼女の腕を掴んだのだ。強い力でやられたのかルナが痛そうに眉を寄せる。


「うるさい。お前は俺の言う事を聞けばいいんだ。こっちの女は放っとけばいいじゃないか。元々、ダニエルは気に食わなかったんだ。あいつの妹というだけで反吐が出る」


「……殿下。ルナの腕を離してください。でなければ、兄を呼びますよ」


「はんっ。あのダニエルでも呼ぶ気か。お前、俺に楯突けばどうなるかわかっているんだろうな」


  私は仕方ないとため息をつく。そして地毛ではないカツラを外した。ぱさりと床にカツラが落ちる。灰色の髪ではなく見事なルナと同じ白銀の髪が露わになった。


「……殿下。僕の事はご存知でしょう。ルナの婚約者はここにいます」


  高めに出していた声を元の低さに戻した。ルナも殿下も唖然としている。

  --そう、何を隠そう僕は女装して体の弱い妹の身代わりをしていた。本物のマリーアンナはカートン公爵邸にて療養中だ。

  僕とマリーアンナは双子である。幼い頃からこの事はカートン公爵家、近い親戚の人達、リエラ侯爵家の人達などごく一部の人しか知らない。マリーアンナは僕とそっくりな白銀の髪と濃い群青色の瞳の儚げな美人だ。性格も穏やかで優しい子で僕やルナとも親しい。が、王家はマリーアンナが隣国の王女の血筋である事に目をつけた。父上にしつこく妹を王太子の妃にと手紙を送っていたらしい。父上は根気強く断っていたが。

  下手するとマリーアンナは王妃の手によって監禁される恐れもあった。そこで父上は僕に妹のふりをしてルナと一緒にいるように言いつけた。ルナも王家から婚約者にとの打診を受けていたらしい。けど僕と妹の事を他人に知られたら厄介だ。


  何でかと言うと。ランスロット王国では双子は不吉の象徴と言われていた。昔から双子が生まれると一人は生家に残しもう一人を養子に出すという事が頻繁に行われていたからというのもある。下手すると双子の片方の命を取るという恐ろしい話もあったらしい。


  僕はそこまで考えると呪文を唱えた。封印を解く呪文を。


「……今、変化の術を解き奉る。真の姿を我に与え賜う……」


  そう唱えるとパキンという何かが割れる音が響いた。一つずつ変化や封印を解いていった。殿下とルナの視線を受けながら最後に僕は片足をだんっと踏み鳴らした。白と黄金の眩い光が僕を包み込む。そしてそれが消える頃には一人の少女ではなく細身ながらもルナより頭半分は背の高い男の姿に戻っている。


「ああ。ダニー。ごめんなさい。あたしが至らないばかりに!」


  ルナが放心している殿下の手を振りほどいてこちらに泣きながら駆け寄ってきた。僕は彼女の肩に手を置いた。


「……大丈夫だよ。落ち着いて。ルーミリー」


「……ダニー」


「もう、僕も覚悟はできているよ。君との結婚が早まっただけだから。アンナの身代わりにはさせない」


  僕はそう言ってルナ--ルーミリーの涙をポケットから取り出したハンケチーフで拭う。何故、マリーアンナもルーミリーも王家に嫁ぐのを嫌がっているのか。それは現国王が無類の女好きだからだ。王妃も嫉妬深くて有名だった。僕はどうにかしてルーミリーと妹を守らないといけない。それに長兄の娘である姪っ子もだ。これは父上と長兄、リエラ侯爵様と話し合わないとな。ルーミリーを宥めた後で僕は教室に戻った。二人で教科書やノート、筆記具などを学生カバンに入れる。そのまま、馬車の寄せ場に向かったのだった。


  馬車で自邸に戻るとルーミリーを一時的に邸に帰した。僕は中に入ると早速、父上の書斎に行く。家令に簡単に帰った事を伝える。そうした上で二階に上がった。

  書斎の前にたどり着くとドアをノックする。返事があったので開けて入室した。


「……父上。ちょっといいでしょうか?」


「……何だ。マリーアンナではないのか」


「父上。もう忘れてしまったんですか。僕ですよ。次男のダニエルです」


  そう言うと父上は絶句してしまう。顔を上げて僕を見ると目を大きく見開き、わなわなと震え始める。


「お、お前は。あんなに正体を明かすなと言ったのに。その言いつけを破るとは。何を考えているんだ!」


「落ち着いてください。説明をするので聞いてほしいんです」


「……ダニエル。お前が男の姿に戻っているという事はただ事ではない。とりあえず、説明は聞く」


  父上は深いため息をつきながら諦めたように椅子に深く体を預けた。仕方なく僕は今日あった事の顛末を説明したのだった。



「そうか。ルーミリー殿に王太子が目をつけたと。それでお前は彼女を守るために封印や変化の術を解いたと。成る程な」


  父上は僕よりも濃い群青色の瞳を曇らせた。眉間には深いシワができている。ふうむと唸って考え込んでしまう。


「それで。父上、これからどうしたらいいでしょうか。僕だけでは手に余るので知恵を貸してほしいんですが」


「……わかっている。お前だけで処理しきれる事柄ではないくらいはな。とりあえず、リエラ侯爵にも連絡を取る。ダニエル、お前は部屋で休め。術を解いたから反動がその内出てくるはずだ」


「わかりました。では失礼します」


  僕は書斎を出ると自室に戻る。二階の東側の部屋が僕の部屋だ。そこに入るとメイドに男物の衣服などを用意するように言う。メイドはひどく驚いた表情をする。それでも頷いて小走りで衣服などを取りに部屋を出て行った。

  しばらくして僕は肩まで伸びた髪をメイドに切らせた。短く刈り上げた状態で長兄のお古だが男物の衣服に着替える。鏡でチェックした。そこには白銀の髪と群青色の瞳の青年が映っている。すぐに寝室に行くとベッドに寝転がった。


(……さて。明日になったらアラン殿下はどう出るかな?)


  そう思って瞼を閉じる。ルーミリーとマリーアンナが気掛かりだ。だが母上も心配しているだろう。母上は現在、王都ではなくカートン公爵領にある邸にてマリーアンナと一緒にいた。看病のためだ。妹が領地にいてくれて助かった。ふうと息をついて眠りについたのだった--。



  翌日にリエラ侯爵ご本人が我がカートン公爵邸に来た。

  僕と父上でリエラ侯爵を書斎に案内する。中に入り僕と父上が一人掛けのソファにそれぞれ座った。リエラ侯爵は向かい側の三人掛けのソファに座る。

  そうして三人で今後の事を話し合う。


「ダニエル君。久しぶりだな。今回は君とルナ、妹のアンナ嬢の事で話し合いたいと父君の手紙にはあった。詳しく説明をしてくれないか?」


「はい。実は……」


  僕は昨日にあった王太子殿下との一件を説明した。聞く内に侯爵は険しい表情になっていく。それでも辛抱強く聞いてくれる。説明が終わると侯爵はふむと唸った。


「……成る程。ルナにそんな事があったのか。あの子は顔立ちが美人だから王太子が目をつけるのは分からなくもないが。それでもダニエル君という婚約者がいながら声をかけてくるとは。正気の沙汰とは思えん」


  けっこう酷い言われ様だ。が、アラン殿下は女性関係では評判が悪い。中には人妻に手を出して夫君を怒らせ、流血沙汰になりかけたと聞く。侯爵はそれをよく知っている。


「侯爵様。その。僕は今後どうしたらいいですか?」


「そうだな。ダニエル君はルナと早めに結婚する事だな。マリーアンナ嬢もランクル公爵家のジェームズ君と婚約していたから。二人とも結婚したら王太子も手出しをしにくくなるだろう」


「……はあ。後、これは僕の提案ですが。今回の事を陛下と王妃様にお知らせしたらどうでしょう。失脚まではいかずとも謹慎くらいにはなると思うんですが」


  そう言うと父上と侯爵はほうと意外そうに僕を見た。過去に実は王太子殿下は未婚の令嬢に酒を飲ませて無理に乱暴を働いたらしい。そのせいで令嬢は婚約者の男性と別れざるを得なかった。しかも彼女は妊娠がわかり王太子の子供を産んだ。が、王太子はその子を認知せずに放ったらかしだという。おかげでこの令嬢の両親は激怒して国王陛下に直談判した。王太子殿下は二カ月の謹慎を食らった。けども両親と令嬢の怒りはおさまらない。結局、令嬢は隣国の公爵家の息子に嫁いだらしい。


  今回の事を国王陛下方に知らせたら王太子殿下もたまったもんじゃないだろう。僕は父上と侯爵と話し合う。すると二人ともこれは使えると言った。

  数日後に国王陛下と王妃様のお二方に書状で知らせたのだった。


  一週間後、国王陛下と王妃様はカンカンに怒り王太子殿下--アラン殿下に廃嫡を申し渡したという。くだんの令嬢が産んだ子は男の子だったので国王陛下が養子として引き取り王妃様と育てる事にしたらしい。アラン殿下は表向きは病気だと言い、王宮にある罪人が入る塔に幽閉された。今回の事で国王陛下と王妃様の堪忍袋の緒が切れたのだと父上は言っていた。


  一ヶ月後には僕がルナ、ルーミリーと結婚式を挙げた。学園は既に卒業していたので無事に終わらせる事ができた。妹のマリーアンナもジェームズと無事に結婚して今では仲良く暮らしている。


「……ルーミリー。新しい王太子にルイ殿下がなられたようだよ」


「え。本当?」


「うん。ルイ殿下はまだ8歳だけど。聡明で利発な方だと聞いたよ」


  結婚してから二カ月が経った。今日になってアラン殿下の息子で現在は国王陛下の養子になったルイ殿下が新しい王太子になった。まだ、幼いが能力と性格は問題ないという。ルーミリーと二人で今はサロンで話している。紅茶を飲みながらゆっくりとしていた。


「でも良かった。ダニーと無事に結婚できて。アンナも元気になったし。そういえば、アンナが妊娠したって聞いたわよ」


「え。それは初耳だな。アンナが妊娠したって」


「本当よ。アンナが手紙で知らせてくれたの」


  僕はルーミリーとマリーアンナが文通をしていた事を思い出した。そうだ。二人は幼なじみで親友だから。ルーミリーが知っていてもおかしくない。


「そうだったのか。じゃあ、お祝いを贈らないとな」


「うん。あたしも手伝うわ」


  二人して頷きあう。その後、マリーアンナへの贈り物を一緒に考えたのだった--。


  終わり

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