おまけor番外編

第一話【おまけ編】:その善意は悪を知らず

コレは、恩讐に身を焼いた。

心優しき狐の、愚かで哀れな、叶わぬ願いの物語。


「今から話すのは、神の使いになったばかりの、どこまでもお人好しで、愚かで哀れな狐の話じゃ……」



[昔昔のその昔、今から千年以上も前、幼く善良な神の使いの狐がいた。

その狐は、人の手助けをするよう、仕える神様からのめいを受け、現世うつしよ彷徨さまよっていました。


そんな最中さなか、大地は枯れ作物は育たず、近くに川はない。

水は山の奥へ行かなければならない、今にも滅んでしまいそうな、廃れた村を見つけました]



「見つけてしまったのは是非もない、じゃが、そこで助けてやろう。

などと考えてしまったのが、そもそもの間違いじゃったのかもしれぬな……」


うつむき、眉間にしわを寄せてはいても、どこか懐かしそうに続きを語る。



[神に仕え始めたばかりで、何も知らない狐は、純然じゅんぜんな善意から、あるじからたまわった人智を超える力を使い、村を救ってあげました。


雨を降らせて川を作り、育たなかった作物を蘇らせる等、その強大な力で、万象を塗り替え、ただ滅び逝くだけだった村の運命を、変えてしまいます]



「あろう事か、その愚かな狐は、滅ぶはずだった村の運命を、変えてしまったのじゃ。

村人の見ている前で……な……」


話に出てくる狐を、鼻で笑うように呟き、溜息混じりに語り続ける。



[村人達は、狐の力に驚きつつも、初めは大変感謝していました。

感謝され、調子に乗った狐は、村人に頼まれるまま力を振るい、村は目を見張るほど豊かになりました。


豊かになった村を見て狐は思いました。

もう自分は必要ない。

そうして村の長へ、めいを果たすため、旅に出る事を伝えます]



「何も言わずに居なくなれば良かったものを、どこまでもお人好しで、

誰かの役に立てる事が、至極の喜びじゃと、実に哀れな狐じゃな」


両手のひらを広げ、嘲笑しながら続ける。



[しかし、人間は強欲です。

一度得た贅沢を手放す事へ嫌悪し。

まるで穴の空いた器のように、より贅沢にと、飽くなき欲を吐き、一番楽に得る為なら手段を選ばない。


それを知らない狐は、食事に毒を盛られ、意識を失った所を、拘束されてしまいました。

目を覚ましてからは、力を使わなければ、暴力を振るわれ、たとえ力を使っても、まともな食事は得られなかったのです]



「使いになったのなら、自身で拘束は外せなかったのですか?」


どの神に仕えようと、振るう力は神の使う神通力、人の作った拘束なんて、力を行使すれば容易く壊せるはず

出力が落ちたとしてもそれは変わらない、なのにどうして使わなかったのかしら?


「問に答えを出すのなら、神の力も万能では無い。狐が仕えているのは、愛と豊穣の女神。

壊したりとかは専門外じゃ」


顔の横で左手をヒラヒラさせ、巫女子の無知を嘲笑する。

笑ってはいるが、なおも部屋の空気は重たく、お狐様の目に光は灯らないままだった。


「続けよう……」


笑っていたお狐様は、少し沈黙した後、軽く深呼吸をしてから話を続ける。



[食に飢える日々が続き、半年が経った。

その頃には、みすぼらしい程に、身体は痩せこけていた事で、拘束が緩み逃げ出す事が出来ました。

命からがら逃げ出した狐は、衰弱しており、

毒の影響もあって力を振るう余力など、ありません。

弱りきった狐は、神の使いになる前のように、野生を生きる獣を、狩ろうとします。

ですが、歩く力すら殆ど残っていない狐は、既に力の尽きた獣を食べ、抱いた怨念だけをかてに生きながらえていきます]



「腐肉を食し、泥水を啜り、惨めに意地汚く、生へ執着し続け、当時は復讐を成す為だけに生き続けた。

じゃが、神の力を持っていようと、世の中そう上手くは、いかぬものじゃ」


元に戻った尻尾の毛繕いをしながら語る。

お狐様をチラチラと見ながら、手に持つ人形をサラシで丁寧に、隅々まで拭きながら聞く。

しかし、暫く続きが始まることは無く静かな時間が流れる。


「………?お狐様?」


づくろいに意識が向いてしまい、尻尾をいじるお狐様の顔を少し眺めた後に呼んだ。


「む!すまぬ。

戻った尾が気になってしまった。

……話を続けよう」


ハッ!として直ぐ、申し訳なさそうに向き直り、再び語りだす。



[それから一年以上が過ぎ、その頃には体力も、全盛ほどでは無いにしろ回復し、力もある程度使えるようになっています。

万全ではありませんでしたが、復讐に駆られ正気を失っている愚かな狐は、その力を使って村を呪い始めました。


それから、村は順調に元の廃れた村へ戻って逝き、村人達は病に伏せ、川は汚染され大地は枯れて逝きます]



「村の人間共を殺すまでには至らなんだ。

奴の邪魔さえ入らねば、いづれワシの復讐は果たせと言うのに……。

尾を失うことも無かったじゃろう」


かつて切られ、取り戻した尾を撫でるお狐様の声には、怒気が入り交じり、肌がビリ着く。


その事を知ってか知らずか、尻尾を撫でる手を止め、巫女子の頬に垂れる汗を他所よそに語り続く。



[病に伏せる人が増え、村人達は祟りだと騒ぐ中、あやかし退治を生業に旅をしている、と言う法師が現れました。


狐は法師を見て、勝てないと本能で悟り、その場から逃げようと、走り出しました。

しかし逃げる事を察知した法師は、まるで場所を知っているかのように、狐を追ってきました]



「今考えれば、何か術を使ってたんじゃろうな。

あの時は何故、気付かれたのか、場所がわかるのか……まるで検討もつかなんだ。

それも相まって、先手を取られたのじゃ」


ギリッ……と噛み締める歯が音を鳴らし、少しだけ尾や耳の毛が逆立つ。


「……」


巫女子は口を閉じ平常を装うが、人形を握る手には力が入る。

村のために尽くし、豊かにしたお狐様にした仕打ち。

恩を仇で返す村人達へ覚える、無意識の怒りを、深呼吸でいさめ、持っていた人形をお狐様の方へ向け、机に座らせる。



[追い詰められた狐は、法師に襲い掛かります。

ですが、法師の持っている錫杖しゃくじょうには先端に槍が着いており、襲いかかる狐を刺し貫き、斬り刻み、ついには立ち上がる力すら失ってしまいました。


このままでは、復讐を果たす前に死んでしまう状態となった時、恩を仇で返した村人の嘲笑あざけわらう記憶が駆け巡ります。

『それは嫌だ、まだ死ねない、コイツを殺して、村人も殺す!殺す!殺す!!殺す!!!』

身を焦がす恩讐を気力に立ち上がり、最後の力を振り絞って、法師の首へみ付きます。

その時、何処かから石が飛んできました。]



「飛んできた石の先には、武器を持った村の人間共が立っておった。

武器と言っても、刀や槍等ではなく、ただの農具じゃったがな。

それでも、殺意が溢れるには、充分すぎる条件じゃった」


空気がきしむ。

逆立っていた尻尾や耳は、不自然なくらいの落ち着きを見せていた。

その時、ピキッピキキッ……と異音が部屋の中に響き、結晶と水晶の入った硝子棚に、亀裂が出来ていました。


「すっすまぬ!!この様な事を、するつもりではなかったのじゃ!!」


亀裂を見たお狐様は、慌てて硝子棚へ駆け寄ります。

あわあわと焦る、お狐様を見て思わず、笑いが零れ逼迫した空気はなくなっていました。


「フフッ……そのくらい、大丈夫ですよ。

放っておいても、時期に直りますから」


すると、冷や汗を流し、罪悪感からか顔は萎れ、尻尾や耳は下がり、肩を落としたまま、座布団へ座る。


「それより、続けてください……それとも、ここで終わりますか?」


きしんだ空気は、一瞬にしてなくなり。

打って変わって、少し暖かい空気が辺りを包む。


「い、いや……まだ少し続く故、付き合ってたもれ」


そう言って大きく息を吸って続きを語り始める。

すると再び緊張感が部屋を満たす。



[狐は法師の喉を咬み切り、我を忘れ村人の方へ走り出します。

すると、満身創痍となった法師は、狐に向かい、持っていた錫杖しゃくじょうを投げました。


投げられた錫杖しゃくじょうは、狐の尾を切り落とし、胸を貫いて、狐を地面に縫い付けます。

貫かれた狐は、村人へ吠え続け、次第に叫ぶ力も無くなってしまいます。

しかし、なおも死なない姿を見た法師は、最後の力を振り絞ります。

命を賭して狐を封印するために。


封印される最中さなか、村人は狐の尾を拾い、狐の目の前へ投げ捨てました。

微かに意識の残ってい狐は、動かない身体を無理やり動かそうとします。

しかし、村人達はニヤニヤと笑いながら、持っている松明で尾に火を付けたのです。

自身の燃える尾を最後に、狐の意識は途切れ暗闇に包まれてしまったのでした]



「それより後は、眠っておったゆえ、わからぬ。

じゃが、今から六十年ほど前に、封印が弱まった故か目が覚め、以降は力を取り戻すため、現世を彷徨っていたわけじゃ。

そんな時に、この場の噂を聞き、今に至ると言った所じゃ」


これは。

悪を知らず、人間を信じ力を使った狐が、人間の欲に触れ。

黒く邪悪な者達を怨み、復讐に身を焦がすが、その悉くを邪魔され、最終は死することすら許されず封印されてしまった……


神の使いとなったばかりの、

幼く、愚かで、哀れな、心優しき狐のお話。

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幽屍ノ万物屋 アマザケ @susukaburi

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