第38話 名前呼び

 昼休みになり、いつも通りご飯を食べている場所に向かうと見るからに機嫌が悪そうな二人が座っていた。


「葉山さん遅いですよ!」

「鏡花から話は大体聞いたわよ」

「だから、本当に誤解だって」 

 

 案の定、今日のことをいきなり問い詰められる。何が何でも誤解を解かないと絶対めんどくさいことになる。


「でも、委員長のことを沙織って呼び捨てで呼んでましたよね」

「それはまぁ……呼んでたけど」

「じゃあ黒じゃない」

「これにも色々事情があってだな」


 俺は週末にあった出来事を二人に説明した。沙織がオタクっていうのは隠しながらだけど。


「というわけだからたまたま仲良くなったんだよ」

「ふぅん」

「なるほど……」


 二人は納得していないのか、少し考えるようなそぶりを見せてくる。


「でもそれだけで名前呼びになるのはおかしくない?」

「それは向こうが委員長って呼び方あんまり好きじゃないって言ってたから」

「なるほどね」

「なら私たちも呼び捨てで良くないですか?」

「確かに、委員長より仲良いでしょ?」

「それはそうなんだが……お前たち忘れてないか?」

「うん?」

「何のことですか?」

「初めてお前らが挨拶してきた時のこと」


 もう随分も前のことのように思えるが、あの悲惨な出来事は忘れてはならない。あの後のことを思い出すと今でも夢に出てきそうになる。

 

「俺を殺す気か?」

「別に教室では呼ばなきゃいいだけじゃない」

「私たちももっと葉山さんと仲良くなりたいんですよ」

「それに、お前らだって俺のこと名字呼びだろ? そんなに焦らなくてもいいと思うんだ」


 俺はもう沙織って呼ぶのでも充分恥ずかしいのに、二人まで名前呼びにしたら恥ずかしすぎて名前呼べなくなるぞ。


「なら、私たちが名前呼びしたら呼んでくれる?」


 彩花から思ってもいなかった反応が返ってくる。一瞬頭の中がハテナだらけになったものの、すぐに気を取り戻して聞き返す。


「二人ともはそれで大丈夫なのか?」

「いいに決まってるじゃない」

「私も大丈夫ですよ」

「そっか」


 そんな簡単に呼べるのか。沙織の時と言い、恥ずかしがっているのは俺だけなのかと少し悔しくなる。


「ならわかった、二人が呼べたら俺も名前で呼ぶよ」

「本当!?」

「本当ですか?」

「ああ男に二言はない」


 もうこうなったら開き直ってやる。だんだん自暴自棄になりつつ二人の提案を呑んだ。


「つ、司」

「司……さん」

「おお…………」


 余裕だとたかを括っていたはずの二人はとても恥ずかしそうに、俺の名前を呼んでくる。

 なんかとてもグッとくる。二人のこんな表情なんて見たこともない。


「ちょっと! 何か反応してよ!」

「めちゃくちゃ恥ずかしいんですから!」

「そうは言われても二人ともが可愛すぎたから……」

「なっ!」

「何を言ってるんですか!」


 思わず本音をこぼしてしまい、二人から罵倒を受ける。すでに赤かった顔が、もう沸騰しそうなほど赤く染まっていた。

 二人揃ってポカポカと殴ってくるけれどとても優しく全然痛くない。逆に微笑ましくなってしまうほどだ。


「ご、ごめん。つい本音が出ちゃって」

「ほ、本音って」

「てことは……そう思ってる……ってことですか」

「ま、まぁ」


 あの表情と仕草を見て可愛いと思わない奴がいるはずがない。いたら俺がうんと頷くまで問い詰めれる自信がある。

 

「い、いきなりそんなこと言うなんて卑怯です」

「も、もう葉山なんて知らない!」

「ちょっ!?」


 二人はそう言葉を残して去っていった。

 

「二人には悪いことしたか……」


 やはりいきなり可愛いなんて言うのはまずかったか……。

 でもあの反応を見たらしょうがないと思う。

 そんな謎の言い訳をしながら、二人が置いていった弁当箱を一人で片付けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ネトゲで求婚してくる二人組は学校でも有名な美人双子だった件。現実ではいつも悪態をついてきていたのに、オフ会をしてから急にデレてくるようになったんだが!? 鳴子 @byMOZUKU

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ