第10話 現状維持と未来
いまこれを書いている時点で、退院から一週間経っている。いまだ気力は回復せず、体力も戻らないままだ。口腔から鼻腔にまで大穴の開いた虫けらの口の奥にはガーゼが詰められ、それを隠すように入れ歯が被さっている。食べにくいし飲みにくいし話しにくい。水を飲めば鼻から水が噴き出す。なのでもう今後普通に飲み食いしたり他人と話したりはできないものと考えている。友人と外食に行くなど不可能だろう。
口の奥のガーゼを交換するために、週に一回病院に通わねばならない。将来的にガーゼは減らして行くらしいが、いずれガーゼなしで入れ歯だけで大穴をカバーできるようになるのかは不明。
週一の病院通いは大変に面倒臭いのだが、治療費が何千円もかかる訳ではないので、まあ許容範囲と考えている。いずれこの回数も減ってくれると有り難いのだけれど。
今回の大手術でガンを綺麗さっぱり完全に除去できたかどうかは、現時点ではわからない。いつかまた検査を受けねばならないはずだ。そのときもし転移が見つかったら、果たして虫けらはどうするだろう。
実際のところ、もう金がない。クレジットカードのキャッシング枠もリボ枠もほぼ使い切ってしまった。カードを三枚作っておいてよかったと心から思ったが、これから借金を返していかねばならないことを考えると頭が痛い。ましてやそこでガンの再発などあった日には。ガンより先に借金がこの身にトドメを刺すやも知れない。
とは言え、な。取らぬ狸の皮算用をしても意味などないのだ、まだ来てもいない未来に絶望するのはやめておこう。まかり間違っても夢いっぱいの明るい未来を思い描くことはできないが、まだやれることはあるはずだ。
でもこの先もしガンが再発したら、待っているのは放射線治療か抗ガン剤治療だ。どっちも嫌だなあ。できれば再発しないでくんないかなあ、と思う五月の早朝。
ここまで読んでいただいた方には心より感謝する。もしこの駄文が将来的に誰かにとって何らかの参考になったなら、ある意味幸いだ。もちろん参考になるような事態が発生しないのが一番いいに決まっているのだけれど。
ガンはいろんなものを奪って行く。手元には何も残らない。だがそれを承知で戦いを挑み懸命に足掻けば、光が見えることもあるかも知れない。やってみなければわからない部分が多いとは言え、やるだけの価値はあると思う。このエッセイに書かれたことが、誰かの折れそうになる心を支える一助になれば、これに勝る喜びはないと考える次第である。
虫けら、ガンに遭う~令和五年口腔ガンとの遭遇の記録 柚緒駆 @yuzuo
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