第9話 退屈の牢獄

 気管挿管のパイプも抜け、紙オムツもパンツ型に移行し、自分でトイレに立てるようになると入院生活は一変する。手術直後の恐怖や悲壮感は消え去り、後は傷跡がちゃんとくっついて失われた体力がある程度回復するのを待つだけとなるのだ。ほんの一週間前まで「畜生、俺は死ぬのか! こんなところで死ぬのか!」とパイプを喉に突き刺され声の出ない状態で、心の中に絶望の雨を降らせていたとは信じがたいほどの変化である。


 まあまだこの時点で声は元通りになっていないので医師や看護師との会話はスムーズには行かないが、それでもある程度の意思表示はできるようになった。先にも書いたがコミュニケーションが取れるようになると看護師たちの態度も大きく変化するのだ、入院生活はまるでホテル住まいのように快適なものになって行く。


 ただ。


 この頃になると問題になるのが、退屈だ。入院生活には何の刺激もない。朝昼夕の食事を楽しみにする以外、何のアクセントもない平板な時間を延々連日繰り返さねばならないのである。もうヒマ。恐ろしいほどヒマでヒマで仕方ない。


 もちろんこうなることは入院前に予測できたし、対処も考えていた。病院内にはフリースポットのWi-FiがあるのでタブレットPCを持ち込み、アマプラを見たり電子書籍を読んだりして時間を潰そうと考えていたのだ。しかし、これがなかなか。


 確かに最初はそれで時間が潰せる。だがタブレットPCを手で持つだけで体力を使うなあ、と感じたが最後、何か面倒臭くなってしまい、ベッドに寝転んで天井を見つめている方がマシなのかも知れないと思うようになってしまった。


 やっぱり病院は所詮他人のテリトリーだからな、自分の部屋でPCを眺めているような感覚では楽しめない。映画を観ようとアニメを観ようと小説を読もうと、面白さが半減する。虫けらの場合は午前二時とか三時とかに目が覚めたので、周囲に物音がしない集中しやすい環境でアマプラとか見ていたのだが、それでもダメだった。


 退屈は頭の働きを鈍くし、創造性を奪う。いまこれを読んでいる方は大半が小説など文章を書いていると思うが、入院するとこの力が削られてしまうと考えた方がいい。ポメラのような小型ワープロが手元にあるなら持って行くべきだろう。本当にビックリするほど頭が動かなくなるから。

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